(66)
トーマスは異変を感じて振りかぶった腕を止めた。
丸く開いた輝きの中から人影が降りてくる。一人、二人。
「影山くん、大丈夫?」
冴島さん!
「このシステム怖いんだケド」
橋口さんも!
「その娘が人質ね?」
どうやったのか、この場の状況を理解した。
バシン、と大きなムチの音が響くと、ピートは女性を離して飛び退いた。
冴島さんが女性を引っ張ると、額に手を当てる。
一瞬で気を失う女性。
その間も何度も撃ち込まれるムチ。右へ左へ下がりながら避けるピート。
「悪いけど、こっちは撃つから」
俺はトーマスに向かって霊弾を放つ。
大きな光球が渦を巻きながらトーマスへ向かう。
「……」
トーマスは霊光が不十分ながら拳を俺の方へ振るう。
俺の光球と衝突して、あたりが明るくなる。
光が強くて、何も見えなくなった。
「もらった」
そう聞こえた。
いや音が聞こえたのではなく、何か直接的な意味が頭に浮かんだのだ。
同時に、何かが俺の体を震わせ…… 何も見えなく、考えられなくなった。
二メートルはある大男が、川沿いの道に止まっていたワンボックスに乗り込む。
助手席には金髪の美形、運転席には額の広い、短髪の男が座っている。
「出せ」
「言われなくてもだすぜ」
「今回はエリックに助けられたな」
助手席の男がそう言った。
後ろに乗っていた大男が言う。
「ああ。最初からこうしていればよかったのかもな」
運転席のエリックが、ニヤリと笑った。
「トーマスがあの零弾に対し、かわすに徹したからな、もしあれを食らっていたら」
「どのみちエリックがとどめを刺していただろう?」
エリックは笑い出した。
「零弾を弾いたときの光がなければ撃ち抜けなかったさ」
「さすがにあれで生きてはいまい」
運転席でエリックは、額に指を立てた。
「幻を見せられているのでなければな」
トーマスは椅子を後ろに下げて、寝てしまった。
「はぁ? そんなことあるわけ」
エリックが助手席のピートに同意を求めようとすると、ピートはドアに肘をついた手で、口を押えてしまっている。
「……」
「まさか、大丈夫だよ。おれはスコープで確認したんだからな」
車は、川沿いの道を曲がって、大きな通りを帰っていった。
「何今の?」
「弾丸? いや、零弾? とにかくカゲヤマが撃たれたんだケド」
冴島は女性をマウンドの上に横にし、影山の方へ走った。
「影山くん、返事して」
「うわっ…… 全身ボロボロじゃない。そのせいで、どこを撃たれたのか分からないんだケド」
「零弾を放ったんだから、すくなくともそこまでは生きた」
橋口は冴島の肩に手を置く。
「息してるの?」
冴島が頬を影山の顔に近づける。
呼吸が頬に当たるか、呼吸音が聞こえると思ったのだ。
「……」
「麗子? ねぇ、どうなの?」
冴島は返事をしない。
「とにかく救急車呼ぶんだケド」
橋口が電話をかける。マウンドで横たわっている女性と、影山のことを告げる。
そして場所を告げる。住所がわからないから、河川の名前が書いてある看板があること、左右の端の名前、野球のグランドがあることを伝える。
しばらくすると、河原の土手を超えて、救急車が下ってくる。
橋口が大きく手を振る。
「麗子?」
橋口が見ると、冴島は影山の手を握って涙を流している。
「ねぇ、麗子。しっかりして」
橋口が言うと、冴島も立ち上がり手を振る。
救急車が『確認しました』と言う。
広い場所で救急車をとめ、ストレッチャーをおしてやってくる。
救急隊員たちが、女性と影山の状況から優先する方を判断する。
「こちらの男性から運びます」
隊員たちが影山を載せて救急車に向かいながら、言う。
「知り合いの方であれば、載せていきますが、どうなされますか?」
「麗子、あんたがいきなさい」
「……」
冴島は肩を押されて、ようやく歩き出した。
「乗るなら、早くお願いします」
走っていく。
救急車に乗り込むと、後ろのハッチを閉めた。
サイレンを鳴らして走り始めると、交代するようにもう一台の救急車が土手を下りてきた。
「……」
橋口は冴島と影山の乗った救急車が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
消毒用アルコールの匂いがする。俺は、長く続く廊下においてあるソファーに座っていた。
同じソファーにも、遠く離れた方のソファーにも、誰もいない。
その廊下の、ぼんやりと光の差し込む方向をみていると、そちらから人影が向かってくる。
シルエットから判断して、女性だった。
内向きに少しカールしている、長い髪。
俺は立ち上がる。
『冴島さん?』
『彼の恨み……』
『えっ?』
どこかであったような女性が俺を睨みつけている。
アッという間に近づいてきて、俺に向かって拳銃を構える。
『な、何するんですか?』
女性は躊躇せずに引き金を引く。
俺は撃たれた方向とは垂直になっている壁に背中を付けて、背中をするように座り込んでしまう。
『エリーの恨み』
女性だったはずの人影が、二メートルはある大男に変わっていて、俺の腹を何度も蹴ってきた。
『エリーの恨み』
腹が足の裏で押し込まれるたび、口からいろんなものを吐き戻してしまう。
『やめろ、俺じゃない』
言いながら、何度も零弾を大男に放つが、男に実態がないかのようにすり抜けてしまう。
『大丈夫ですか?』
「?」
「影山さん、大丈夫ですか?」
「えっ?」
キラキラと何か光が見えた後、目の前にあるものが何か、わかってきた。
何か、天井を見ている。
自分の呼吸音が聞こえてくる。
目の隅から、女性が呼びかけている姿が見える。
ナースキャップを被っているショートカットの女性…… 看護師だろうか。
「気が付きましたか?」
「……えっ?」
「気が付いたんですね?」
「……ええ」
「私のこと、見えますか?」
ああ、何度かお世話になっている病院の…… 確か…… 看護師の赤井さん。
「ああ、ごめんなさい無理にしゃべらないで。安静にしていてください」
さっきまで見ていたのは、きっと俺の記憶だ。
事実としては、トーマスに叩きのめされ、俺に恨みを持つ女性にはめられ、冴島さんが突然現れるものの、何者かに撃たれてしまった。
見ていたのは、順番や誰に何をされたとか、事実とは異なりバラバラだったが、脳が記憶の整理をしている過程をみていたのだろう。
ノックの音がして、扉が開いた。
音に反応して、俺は扉の方を向くと、入りかけたその女性は、立ち止まった。




