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俺と除霊とブラックバイト2  作者: ゆずさくら


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(64)

 部屋の左隅から光が差したかと思うと、人の影が見えた。

「こちらです」

 警備員が言うと、その人影は頭を下げた。

「担当医の横山です。よろしくお願します」

 そう言うと、扉が閉まった。

 再び薄暗い部屋に戻った。警備員は医師とは反対側に進み、小さい扉を開いた。

 同じように明かりが漏れ出てくる。

「面会時間が終わったら、また地上までお連れしますので」

 そう言って警備員は扉を閉めた。

 暗い部屋に目が慣れてくると、横山医師の姿が見えてきた。

 白衣に大きな黒縁で四角い眼鏡をしている。

 髪はたっぷりの整髪剤で無造作に後ろに撫でつけられおり、医者として見ると不潔に思えた。

記世恵 (きよえ)に用って、あんた達、霊能者?」

「面会の申請のときに伝えているはずですが」

「ああ、ごめん。俺ニ週間ほど連続勤務しているから、ニ週間以内の入館申請だったら、みれてないんだ」

 橋口はニ週間と聞いて、漂うにおいがこの男のせいだと思った。

「二人とも除霊士なんです」

「へぇ。霊力はあるの? あるんだろうな、こいつに会いに来るほどなんだから」

 横山医師は、暗い部屋の正面にある、大きな扉の(かんぬき)をずらしている。

「かんぬき? ここまでは電子ロックなのに?」

 橋口の言葉に横山は反応した。

「何言ってるの。あんた達ならわかるだろう?」

「!」

 橋口が飛び退くように後ろに下がり、冴島の影から扉の様子を除く。

「誰がこんな強い封印を」

「まあ、それだけ強い霊を持った奴がなかにいるってことだ。俺は信じてないから、これだけ封印されていても、簡単に開けれるんだけどな」

 横山医師が閂をずらし終わると、扉を押した。

「ちょっと手伝って…… って、そうだよな。霊力のある人には無理だよな」

 横山医師が、息をきらせながら押し開ける。

 暗い部屋の先に、さらに暗い闇があった。

「このくらい開けば通れるだろう? ほら、入って」

 橋口は棒立ちになっている冴島に言う。

「ほら、麗子行きなさいよ」

「……」

 橋口は一向に動く様子のない冴島の足が、小刻みに震えているのに気づく。

「麗子……」

「大丈夫。大丈夫だから……」

 冴島が自身に暗示をかけている。

「ねぇ、一度来たことがあるって言ってたじゃない」

「あの時は…… 彼が一緒だったから」

「彼って…… あの弟子のこと?」

 橋口は自分のあごに手を当てて、何か考え、答えを出した。

「そうか。だからあたしが一緒なんだ」

「……」

 冴島は無言でうなずく。

「面会時間がなくなるぜ」

 冴島と橋口は横に並んで手をつなぐ。二人で扉の方へ進み、扉の隙間を通るときは、冴島が先に通る。

「うっ」

 天井から小さな電球がつるされている。床はうっすらとしか見えない。

 橋口はつないでいない方の手で鼻をつまむ。

 横山医師は、すぐそのことに気が付いて、言う。

「ああ、ここはトイレとかないから、奴の排泄物は、ここに垂れ流しだ。たまに清掃するが、においは消えない」

 しばらくあるくと、すり鉢状に床が傾いていた。

 そのすり鉢の中心に、ぼんやりと人影が見える。

「人権無視、とか言わないでね。多分、ここに入るときに何度も書類にサインしていると思うけど」

「……」

 床が低くなっているために、高い位置から鎖が垂れ下がり、そこに腕がつながっている。鎖は腕からさらに床まで伸びて、すり鉢の中心部に吸い込まれている。

 腕から体は、力なく釣り下がっている。足は膝が床につくかつかないかという状態で、髪は伸び放題で顔は見えない。顔を上げているのか、うつむいているのかもわからない。

記世恵(きよえ)

 横山医師が呼びかける。

 片足ずつ、床につき、ゆっくりと立ち上がる。

「……」

「面会だ」

 言い終えると、横山医師がパッと手を横に突き出す。

 冴島と橋口は、ハッとして後ろに退()く。

 ガシャン、と鎖が突っ張る音がする。

 目が慣れてきた橋口は、何が起こったかに気付く。

「あっ……」

 足でけりだしたわけでもない人の体が、冴島たちの方へ飛び込んできたのだ。

 手をつなぎとめている鎖は、ピンと張った状態になっている。

 橋口は、そのxxxの姿を見た。

 こけた頬、こぼれ落ちてしまうのではないかと思うほど飛び出した目。骨の形がわかるような四肢。妙に膨らんだ腹。老婆のそれのように皮だけの胸。

 目をそむけたくなるほど顕著な、栄養失調の状態だ。

 しかしこの体が、鎖を引っ張るほど前へ進む力を出している。尋常ではない霊力を感じる。

「記世恵」

「……」

 冴島が名前を呼ぶと、記世恵は力なくすり鉢状の中心に戻っていった。

 鎖で吊り下げられるままに、ゆらゆら揺れている。

「記世恵、大災害のことを教えてくれ」

「……」

 橋口には記世恵の目が、光ったように思えた。

「大災害……」

 橋口は声がどこから聞こえてきたのか、声の出所を探した。 

「あれほど言ったのに、誰も私の言うことを信じなかった。精神病と決めつけ、こんなところに閉じ込めるから、霊力のバランスが崩れた」

「精神病なのは間違いないさ」

 と横山医師が口を挟む。

「何度も予言したはずだ」

「そんなもの、狂言と区別が……」

「シッ」

 冴島が口の前に指を立て、横山医師にしゃべるな、と合図する。

「記世恵、大災害のとき、影山醍醐という名の男は……」

「いない」

 橋口は眉間にしわを寄せた。いない…… って、なぜ即答するの? 問いを予想していた?

「……いや。影山醍醐は、死んだ」

「大災害で? 大災害で死んだのか? そうなんだな」

 冴島が問うと、記世恵は手で髪を後ろに払った。

 髪で隠れていた顔が見える。その目で見られると、凍り付いてしまうのではないかと二人は思った。

 橋口と冴島は必死に互いの手を握っていた。

「死んだのは、お前たちの言う、影山醍醐ではない」

「何? どういうこと?」

 それまで喋れなかった橋口が、力を振り絞って言った。

「死んだのだとしたら、あたし達の近くにいる影山醍醐は、反魂の術を使った結果、死人がよみがえったものなの?」

「ちがう」

 カシャン、と震えるように鎖が鳴る。

「それは……」

 風もないのに髪が舞い上がり、記世恵の顔を覆った。

「お前たち、すぐさまここを立ち去れ」

「記世恵、いいから教えろ」

 冴島はそう言いながら、口元につけていた人差し指と中指を記世恵へ伸ばす。


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