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「そんな細工ができるような技術、俺にはないですよ」
「けど! 実際に……」
「……確かに自分自身の霊なので、俺に惚れるとかはあるのかもしれないですけど」
「ほらっ! 白状した! ねぇ、なんとかしてよ。このまま一緒に暮らしてたら私頭おかしくなっちゃう」
『おかしくなっちゃう』などと女性に言わせるなんて、男冥利に尽きるところだが、今回は俺の悪意を疑われているわけで、そんな風に感じることはできなかった。
とても自分で解決できることではないので、もう一度立ち上がり、冴島さんに電話した。
『はい』
「冴島さんですか。あの、相談があります。加藤さんが」
『えっ、どうしたの? 霊が抜けちゃった?』
「違うんです」
『じゃあ、どうなったの? 霊圧は安定しているの?』
「霊圧は安定しているんですが、加藤さんが……」
俺は冴島さんに今状況を話そうとして、『抱かれたい』などと言えないことに気が付いた。
電話でそんなことを言って、『えっ、何て言ったの?』と返されたら、聞こえるまで言い直さねばならないし、どんどん大声で言わなければならない。
「ご、ごめんなさい。メッセージを入れるので見てください」
『わざわざ電話してきてんだからそのまま言いなさいよ』
「本当にごめんなさい。一度切りますね」
俺は座ってメッセージアプリを起動し、冴島さんに顛末を伝えた。
加藤さんが手を伸ばしてきて、俺の腕を引っ張った。
「どうですか?」
紅潮した顔。さっきの言葉のせいで、加藤さんが俺を求めているかのように錯覚する。
しばらくして、はっ、と自分を取り戻す。
「ちょっとまってて」
『……ある程度予想はつく内容だわ。影山くんの一部であるものが加藤さんを埋めているわけだから。けど、時間がたてばそれは加藤さんの一部として昇華されるわ。我慢して待つしかない』
結局、対応方法がなくて、待つしかない。ということか。
言い出しづらい。
「ねぇ……」
加藤さんは俺の腕を離していなかった。
うるんだ瞳、ほんの少し開いたつややかな唇。俺を求めてくるような手。
体を求められている、と思うと変なところを意識してしまう。
「嫌いなの。あなたは嫌いなんだけど…… からだが……」
その言葉で、天国から地獄に突き落とされた。
何日かすると、加藤さんの様子は落ち着いてきた。
食事が出来ないマリアには外を巡回させて、俺と蘆屋さん、加藤さんの三人でいつものように学食にいた。
「うん。霊圧も安定している」
「……」
加藤さんは何か浮かない顔だった。
「体調悪いんですか?」
「ううん。そんなことはないんだけど」
俺は『抱かれたい』と言っていた件があるので、踏み込んだ質問を控えていた。
「そういえば、加藤さん、夜寝れてる?」
蘆屋さんがたずねた。
加藤さんは慌てた様子になる。
「えっ、急に何を言うんですか。寝れてますよ」
「けど、昨日の晩、夜中にちょっと目が覚めたんだけど、加藤さん、ロフトで寝てなかったでしょ?」
加藤さんは、手を膝に乗せ、縮こまったようになり、
「と、トイレよ」
と言う。蘆屋さんが続ける。
「だと思ってたんだけど…… しばらく後も帰っていなかったし、トイレにしては長かったような。トイレで流す音が聞こえれば、あたし、目が覚めちゃうし」
「や、やぁ、ねぇ…… 私、トイレは蓋閉めて流すから聞こえないんじゃない? あ、あと、トイレが長いとか『男の人』の前でそんなこと言わないでよ」
「大丈夫、他の人には聞こえないよ。聞こえてのは影山だけだからいいじゃない」
加藤さんの顔が赤くなる。
俺はこの一連の流れをどう受け止めていいのか悩んでいた。
「とりあえず、体調は悪くないんですね」
「う、うん……」
午後の授業が始まると、俺と蘆屋さんはそれぞれの講義の教室に入り、マリアと加藤さんは一緒に図書館に入った。
俺は、受けていた授業が終わると、図書館に向かった。
近道だったので、校内でも使う人の少ない小道を歩いていると、後ろから抜いていく人影があった。
「?」
その人影は、俺の前に出ると、行く手をふさいだ。
「あなた、カゲヤマね?」
それは女性だった。髪は茶髪のショートで、小柄な人だった。
「なにかようですか?」
女性は、俺を睨みつけていた。
ポケットに手を突っ込み、スマフォを取り出すと、何かが映っていた。
「見なさい!」
女性が見せながら近づいてくる。
誰が撮った動画なのか、俺の後ろ姿が映っている。
その前には、ビルが見える。
「このビル……」
エリーが最上階にいた、あのビルだった。
「校内で二人。ビルで一人。わが校の学生が『自殺』したわ……」
俺は、この後に起こった駅のホームでの惨事も、頭の中に蘇っていた。重苦しい、自責の念が心を塞ぎ始めた。
「この、落ちてきた人…… わたしの彼だった。就職も決まって、明るい未来が待っていたのに。自殺なんかするはずないわ!」
俺には何も返せなかった。ただ橋口さんの言葉が思い出された。
『エリーが人を操った、というのは言わないで。これ、絶対に守って欲しいんだケド。私たち除霊士や、エリーとその仲間のような力は、一般の人間が理解出来る力ではないから、絶対に誤解されるから』
自殺じゃない、エリーという『人形使い』の能力で操られたんだ、と説明はできない。
そもそもそんな映画や漫画のような力を、理解してくれないだろう。
「私知ってるわ。彼が死んだ理由、あなたのせいだって」
「えっ……」
エリーたちが俺を狙っている、俺を狙っているから、エリーは人を操り、人をビルから落とした、つまり、それは俺のせい……
「責任を取ってもらう。罪を償ってもらう」
かざしていたスマフォをポケットに突っ込むと、女性は斜にかけていた小さなバッグから光るものを取り出した。
「あっ、いたいた! カゲヤマ、なにやってるのよ!」
図書館の方向から蘆屋さんの声がする。
目の前にいた女性は道を外れ、全速力で走り去っていった。
「……」
「誰かここにいなかった?」
蘆屋さんはそう言って、女性がいたあたりに立ってあたりを見ていた。ちょっとして、マリアと加藤さんもやってきた。




