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突然、蘆屋さんは上を向いて言う。
「言っとくけど、こいつ、誰とでも『いい感じ』になるからね」
「?」
「あんたも気を付けた方がいいってこと」
加藤さんがきょとん、とした表情で見下ろしている。
「……はぁ。ご忠告ありがとうございます」
そう言うと、加藤さんはロフトに引っ込んでしまった。
「フクハシアガリマシタ。カラダヲオネガイシマス」
マリアが裸にタオルを持って風呂場からやってくる。
俺はタオルを手渡される。
「カタクシボッタタオルデクマナクフイテイタダケレバケッコウデス」
俺は手渡されたタオルで、どこから拭いていいものか迷っていた。
「どこまで拭いてあるの?」
「ドコモフイテイマセン」
「だって、こういうところは自分のてが届くでしょ?」
「フクヨウニ、プログラミングサレテイマセンノデ、デキナイノデス」
「……」
そんな難しいプログラムでもあるまいに、と思った。
マリアがこの前やってのけた『ビルから落ちてきた人をキャッチする』為のプログラムの方がよっぽど難しい。
服を脱げないのといっしょで、プログラムそのものが無いのではなく、禁止されているか、出来ないようになっているに違いない。
「わかったよ。じゃ、どこから拭く?」
「カオカラオネガイシマス」
俺はタオルをマリアの顔につける。肌はやわらかく、とても160kgの重量のアンドロイドという感じはしない。逆に、華奢で、吹けば飛ぶような感じさえする。
輪郭をなぞるように拭いてから、額、目、鼻、ほお、口と下がっていく。
そのままの流れで、のど、首回りを拭いていく。
タオルを見ると、ほとんど汚れがついていない。
「キモチイイ、デス」
マリアは瞼を閉じてそう言う。
一つの山場が来ていた。
俺は、マリアの肩の上で手を止めた。
このまま、胸を触ってしまっていいのか、それとも両腕、手の指とかを入念に拭いた方がいいのかだ。
どちらもいずれはやらねばならないのだが、肩から手に移るか、肩から胸に行くかで蘆屋さんの突っ込みが入りそうだ。
「えっと……」
言いながら、ちらりと横目で蘆屋さんの表情を見た。
それは唾を飛ばしながら怒鳴り散らす一歩手前、に映った。
俺は手を肩から二の腕の方へ動かす。
「ちょっと手を前に出して」
チラチラとマリアの体に視線を動かしながら、少々不思議なことに気が付いた。
アンドロイドだから当然なのかもしれないが、体毛がなかった。もちろん、髪の毛、眉毛、まつげはある。
しかし、鼻の下や、耳のまわり、首筋、など、短くて小さな体毛は一切なかった。エステで処理したよりもすべらかに見えた。
アンダーに関しても、だ。
体毛がなければ、リアリティが薄れる。だが、そんなにじっくり見られることを無視すれば、見た目もきれいになるし、コストも下げられる。
どちらをとったのかは不明だったが、マリアはあちこちが、すべすべだったし、ツルツルだった。
「はい、次はこっちの手を出して」
マリアは無言で手を上げる。
俺もなにも言わずに指の間から、前腕、二の腕とタオルを滑らせていく。
さあ、肩に戻ってしまった。
もう、いくしかないか…… それとも下に行ってごまかすか。
俺はまた蘆屋さんの顔を確認する。
「!」
腕を組んで仁王立ち、俺にはそう見えた。
この状態でもう怒りがマックス近くになっているのだ。
俺は慌ててマリアの背中に回った。
「何やってるの? さっさと胸を拭けばいいじゃない。やりたいんでしょ?」
「……」
俺はマリアの体から顔だけだして、蘆屋さんの方を見た。
「いえ…… べつに。あっ、そうだ。蘆屋さん。蘆屋さんが拭いてもらえませんか?」
俺はタオルを差し出す。
「嫌よ」
間髪入れずに断られる。続けてマリアが言う。
「カゲヤマジャナケレバ、イケマセン。アシヤサンガヤルト、ワタシハテイコウシテシマイマス」
「抵抗って?」
「ナグッタリ、ケッタリ」
俺は観念して、背中を拭いた後、正面に回って胸を拭いた。
なるべく揺らさないよう、かつ、じっと見つめないように、そっぽを向いて拭いた。
それでもマリアは、感じたような声を出した。
「ご、ごめん」
俺はマリアに謝ると同時に、心のなかで背後にいる蘆屋さんに手を合わせていた。
そうやって、なんとか全身を拭き終わった。
すくなくとも俺はそう思って、マリアに服を着せようと思ってお風呂場に行くよう促した。
「カゲヤマ、マダノコッテイマス」
「全部ふいたよ」
「ジュウデンコネクタブブンガノコッテイマス」
ちょっと待て。
俺は固まった。
マリアの充電コネクタ部分、というのは、いわゆる女性自身…… なのだ。
アンドロイドは、そこを拭け、と俺に言ってきた。
いや、本当に他意はない。男がそこを触れるのは問題があるだろう、というだけの純粋な意味だ。
問題はもう一つ。そんなところを触ったら充電の時と同様、間違いなくマリアは声を出すだろうからだ。
俺は悩んだ挙句、一つ条件を出した。
「マリア、拭くのは別に良いんだけど、一つお願いがある。それを守れる?」
蘆屋さんは腕を組んだままピクリとも動かない。
「ナンデショウ。カノウナカギリ、シタガイマス」
「拭いている間、声出さないで。つまり喘がないで」
「……」
えっ? 返事が返ってこない。
このアンドロイドは、どういう指示が入っているのだ。
この間はなんなんだ?
「ワカリマシタ」
やっと返事が来た。
なにかアンドロイドの中で計算をしていたのだろうか。
俺は、そっとマリアの下腹部にタオルを持っていく。
そして、指を…… 入れる。
「ん……」
えっ、だから、それが喘ぎ声だって、と俺は思って慌てて手を引いた。
「やっぱり、声出さないようにはできない?」
「カゲヤマ、ダイジョウブ。リカイシテイマス」
ちらりと後ろを見ると、蘆屋さんは組んでいた腕をそれぞれ腰に当てていた。
表情は相変わらず怒っている。
「お願いだから、声は出さないで」
マリアはうなずく。
それを信じて、俺はまたマリアにタオルを近づける。
問題の場所を拭き始めると、どうしても場所と形状の関係で指を出し入れしてしまう。
「……」
マリアは体を曲げ、俺の方に顔を近づけてくる。
声には出ていないが、呼気が俺の耳にかかる。
やわらかい、むき出しの胸が当たる。
次第にマリアは腰が抜けたように俺にしがみついてくる。
「!」
俺の方が勝手に興奮しているだけだ、相手はアンドロイドで、感情による反応じゃないんだ、プログラムされているだけだ……




