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それは確かに、モダンな事務所のインテリアにあって、初めて来た人の目を引く、異質なものだった。
「ああ、あれ? あれは冴島さんってこの除霊事務所の所長である除霊士のおじいちゃんらしいんだよね」
「えっ? 人間?」
「あっ? 何か言い間違えた?? 人形だよ人形」
加藤さんは俺を不思議そうに見ている。
「どうかした? 俺の顔になんかついている?」
首を振る。
『シャリーン』
部屋に錫杖音がした。錫杖の先端にいくつかついている金属の輪がぶつかり合い、音を立てたのだ。
俺は加藤さんに聞こえたのか確かめたくて、知らんぷりをした。
「えっ?」
「……」
中島さんがジュースをトレイに乗せてやってくる。
グラスをそれぞれテーブルに置くと、加藤さんが言った。
「いま、その人形の錫杖が動きましたけど、何か電動の仕掛けとかが……」
俺は加藤さんの顔は見ないようにして話を聞いていた。
中島さんが言う。
「仕掛けは、ないですけど…… ここは除霊事務所なので」
「除霊事務所なので?」
「それなりに霊的現象はあるということです」
中島さんはトレイを胸の前に抱えて、笑った。
俺はちらっと加藤さんの顔を見た。
納得したような、しないような、ポカンとした表情だった。
「ウッ」
中島さんが、うめき声をあげると、トレイを床に落とした。
俺は瞬間的に立ち上がった。
中島さんは体を硬直させた状態で、倒れかけのボーリングのピンのように、ゆらゆらと頭で円を描くように振れた。
俺は慌てて抱きとめる。
「どうしました?」
白目をむいていて、俺の声にも応答がない。
「中島さん!」
俺は中島さんを抱えながら、部屋の端にある長いソファーに連れて行き、中島さんを横に寝かせた。
「な、何があったんですか?」
「俺にも分からない。中島さん、なんか病気持ってたっけ?」
俺はスマフォを使って冴島さんにメッセージを送ろうとした。
「あれ?」
何度指でなぞっても、フリックどころか、タッチすら誤認識される。
文字どころか、メッセージアプリすらまともに開かない。
なんだろう。
GLPを付けた腕に違和感がある。
何かここにいるのか?
「あっ、いやっ! やだっ!」
加藤さんが、急に右に体を捩った。左の上から、何かに襲われているような恰好だ。
だが、加藤さんの左上側に何かが見えるわけではない。
「加藤さん? 加藤さん、どうしました?」
呼びかけるけれど反応がない。必死にその左上の何かを避けようとしている。
けれど、足は動かない。
俺は加藤さんの体に触れ、避ける方向に体を動かした。
「来ないで、来ないで」
そこにいるモノを見ているのではない。何かを見せられているのだ。
「あっ!」
加藤さんはそう言うと、中島さんと同じように体を突っ張らせてしまった。
「加藤さん!」
俺の呼びかけに、加藤さんの応答はなかった。
加藤さんを支えたまま、俺は周りを見回した。
加藤さんを寝かせる場所が無いので、打ち合わせ用のテーブルの上に載せ、寝てもらった。
さっきからGLPがずっと腕を刺激している。
俺は部屋の中を見渡し、言った。
「いるな?」
除霊士の見習いである俺が感じるほどの霊力を感じた。
つまり、相当強い、大きい霊だということだ。
「なんとなくわかるぞ」
俺はすり足で移動しながら、恐怖を紛らわすために言った。
「加藤さんに取り憑き、加藤さんから霊が出ていく。次はもっと強い霊を憑ける。そうやっているうちに、加藤さんの中の霊の器のようなものが、どんとんと広がっていったんだ。そして、いま、その器が空になっている。害のない霊なら問題なかったんが、何しろ器が大きくなっているから、強い霊が入り込もうとしたって訳だ」
見えない。
天井にも床にも。
『シャン』
人形の錫杖が鳴った。
俺は僧の恰好をした人形を振り返る。
そこに右手で銃の形を作って狙いをつける。
「自ら形を作れない霊は、こういう器に入り込んで、自分のしたいことを成そうとする」
左手もその右手首に添えて、狙いがブレないようにする。
何も見えない空間に狙いを定めるように、ゆっくりと動かす。
「最初は間違えて中島さんに入ろうとした。次に加藤さんに。幸い、どちらも失敗したようだが」
『うるさい!』
音がないのに、意味だけが俺に聞こえてきた。
俺は右、左、と直感のまま右手で作った銃を向けるが、どこにもその姿は見えない。
「!」
強く足を払われた。
アッと言う間に足が前の方向に浮き、上体が床に向かって動き始める。
体をひねって払われた足のあたりをみる。
……何もいない。
ひねって伸ばした手のひらを床について、膝をついた。
周りを見回しながら、ゆっくり立ち上がる。
「ずっとそんなところに隠れて、どうやって戦う気だ?」
『見えてないくせに、強がるなよ』
霊がそう伝えてくる。
俺のはったりがバレていた。
「ほら、もう一度足を払ってみろよ」
『よっぽど恐れているようだな』
どうすればいい…… どこを撃てば……
「うっ」
急に腹に拳が入ったような衝撃があった。
次は背中を打ちつけるような打撃。
俺は床に伏せてしまった。
「!」
たまたま顔の前に出した腕に、強い打撃が入った。
床にうつ伏せになった俺の顔を、蹴り込んできた、と考えて間違いなかった。
『へぇ…… 勘はよさそうだな』
俺は素早く立ち上がった。
その霊がやっている手口は、格闘家のようなやり方だった。
ローキック、ボディブロー、両手を握って、背中を打ちつける。
そこに一人の格闘をする人間がいる、という想定でやればなんとかなりそうだった。
例えば、関節技とか寝技に持ち込めれば……
問題は、霊の姿が見えないことだ。
打撃に徹されると、見えていない分、俺が激しく不利だ。
「う、う…… ん」
急に声がして、振り向くと、加藤さんが、机の上で足を開いていた。
「えっ?」
スカートの奥に、加藤さんの下着が見えた。
「!」
霊は俺の一瞬の隙を…… いや、結構な時間見ていたかもしれないが…… 逃さなかった。
ボディ、顔にジャブ、ジャブ、ときて、下からアッパーカット。
不意に突きあげられた最後のアッパーで、俺は反りかえるようになりながら、そのまま倒れてしまった。




