(5)
「……」
冴島さんが真剣な表情で橋口さんのスマフォをのぞき込む。
「圧が高いのもそうだけど、見かけない波動パターンね」
「カゲヤマの屋敷でみかけるようなパターンなんだケド」
二人が同時に俺を見た。
口いっぱいに肉があって、何も答えれなかった。
「波動パターンで照会出来ないの?」
「ああ、なんか日向がそんなことできるようになるって、昔言ってたケド」
「けど?」
「犯罪者の霊の波動パターンを取る、っていう意識が少ないし、波動パターンから捜査するときには、もう相手の姿が見えているんじゃないかって。あと波動パターンは個人情報にも相当するらしくて管理も面倒らしいし。そういう訳で、実用化になるか分からなくて、誰もシステム構築にお金を出せないみたいよ。だからまず、日向が個人的に作るって」
「あいつにそんな才能あるの?」
橋口さんは手を広げて上にあげた。
「知らないわよ。以前は作るって言ってた」
「!」
俺は立ち上がると同時に、自分の手を口からのどの奥に突っ込んでいた。
間髪入れずに吐き気がして、胃のあたりから激しい勢いで戻ってくるのが分かる。
「ちょっとカゲヤマ? わけわかんないんだケド」
「やめなさい!」
冴島さんの手がかざされた。
全身が呼応して、消化液とともに上がってくる砕かれた食べ物が、胃に戻っていく。
物凄いにおいだけが口、鼻の奥に広がり気持ちが悪い。
「ん、ん、ん……」
口のなかから出した手がどこに行っていいかわからず、ブルブルと震える。
「影山くん?」
冴島さんも立ち上がって、首をかしげなら俺の方にやってくる。
橋口さんが奥の扉を指さす。
「見つけたんだケド」
個室の扉が開いていて、こちらの様子を覗いている。
俺は、フラフラと一歩、また一歩とその個室へ歩きだしていた。レストランの他の客が、奇異な目を俺に向ける。
「待ちなさい!」
と言って、冴島さんの手が背中に当たる。同時に俺に命令が入る。
フラフラと出していた足の動きが止まった。
個室の方から、女性が一人出てくる。
真っ白い肌に、黒髪。目立つような真っ赤な口紅。
女は何か話すが、何を言っているかさっぱり分からない。
言葉を理解した給仕が、個室の方へ駆け寄るが、女性が指先を向けると、踵を返して行ってしまう。
背中に当てられた手が、熱く感じた。そして何かに動かされたように言った。
「エリー」
「それがあいつの名前ね」
個室の前に立っている女性は、見えないキーボードにタイプするように指を動かす。
すると俺の口が、また別の何かに動かされた。
「冴島」
「馬鹿!」
熱い! 俺の背中にあたっている冴島さんの手が、体温以上に熱く、直接触れているように感じる。
「見つけた」
冴島さんが、俺の耳に手を当てると、何かが炎を出して燃えた。すぐにそれは燃え尽きて、消えてしまった。
背中に当てられた手が、熱く感じなくなった。
「なんですか、今の炎?」
「髪の毛が燃えたのよ。影山くんに付いていた、あそこにいるエリーとかいう女の髪の毛」
「……ってことは、あの女は人形使い」
と橋口さんが言う。
「……すくなくともその要素は持っている、ってことかしら」
ムッとした顔をして立ち上がってきた。
「なら人形使いでいいじゃない」
「蘆屋さん……」
と、冴島さんは小さい声で蘆屋さんに何か指示している。俺は背中に手を当てられて、冴島さんの盾のような位置から動けない。
すると、背中の手を伝ってなのか、冴島さんの意識が聞こえた。
『後何人かが個室の中にいるわ。警戒して』
エリーの後ろの扉が開いた。
中の様子をみようと、体を動かすが、死角になって見えない。
扉から、大きな体を屈めながら男が出てくる。
扉の枠だけではなく、もう天井の照明に頭が付きそうだった。
男が出てきただけで、一瞬にして、あたりの緊張度が高まったのがわかる。
橋口さんはコートを手に取り、鞭に手をかけた。
大男が何か話し始めた。
だが、誰も分かるものがいない。大男は、エリーという女性に話かけた。
エリーは近くにいた給仕の手を取り、後ろ手にひねり上げるようにしてこちらに向けた。
大男が何か話し始めると、合わせたようい給仕の男が話しだす。
「我々は君たちと戦うことは望まない」
冴島さんが俺の後ろで言った。
「そっちから仕掛けたくせに」
俺は自然とそれを言い直していた。
「そっちから仕掛けてきたんだぞ」
大男がまたなにか言うと、エリーという女性に腕を取られている給仕の口が動く。
「すまない。少し賭けを楽しんでいた」
「掛けってなんだ」
「そこにいる男が思い通りに動くかどうか賭けていた」
「他人をなんだと思ってるんだ」
「君たちが何者かは知らないが、すまないことをした」
「……」
「すまない。あやまるから忘れてくれ。こちらも食事をしたい」
俺は小さい声で冴島さんに言った。
「どうします?」
「あの男、ものすごい殺気を秘めているわ。ここでやり合ったら勝ち負けを別にして、被害が大きすぎる。逃げるわよ」
冴島さんの選択は正しいと思えた。
俺はまた冴島さんの言葉を代わりに発した。
「わかった。戦わない。代わりにそっちも我々を追わない、ということでいいかい?」
「ああ。何もしない。ただ食事をしたいだけだ」
大男は両手を開いて、横に広げた。
「部屋に戻って」
「部屋に戻ったところを攻撃されてはたまらない。このまま動かないから、去ってくれ」
俺はうなずいた。橋口さんと蘆屋さんが俺と冴島さんの荷物を受け取った。
対峙しながら、後ずさりしてレストランを出ていく。
会計は冴島さんが一喝で払っていた。
俺は冴島さんの手のひらを当てられ、人間の盾のように、冴島さんの正面をガードしていた。