(49)
「お待たせ……」
俺はそう言って、道路を渡る。
「話せるところ…… 誰もいないところがいいんだけどね」
俺はそのまま紫宮さんの背後を指さす。
「ここの中でもいい?」
紫宮さんは確認するようにチラッと後ろを見て、うなずく。
「じゃ、入ろう」
俺は勝手口の鍵を開けて、門を押し開けた。
紫宮さんが入ると、俺も入って鍵をかけた。
「ちょっと歩こうか」
屋敷に向かう通りを二人で歩き始めた。
何もなく、ただのどかに鳥が鳴く静かな道。
霊からの攻撃もなくこの通りをゆっくり歩くのは、初めてかもしれない。
『あの……』
俺と紫宮さんは同時に口を開いた。
俺は手を差し出して、発言を譲った。
「あのね。わたし…… 私、トウデクアの手先なの。火狼のサポート役をしているの」
「えっ?」
橋口さんも、冴島さんも言っていたことだった。俺も承知していることのはずだった。
「騙していて、ごめんね」
「いいんだ…… それより、それが確かなら除霊士に掴まらないうちに逃げなよ。抵抗すると浄化されて…… 消されてしまうかも」
紫宮さんは俺の手を取った。
「だめなの。私や過去にいた美紅や井村もそうだけど、逃げてもだめなのは同じなのよ」
「どういうこと?」
「火狼の波動を受けていないと死んでしまうように出来ているから」
「そんな……」
「火狼から逃げたら、生きる為の波動が弱まって、死んでしまう。死んでしまえば、肉体のない私達は消えてしまう」
「肉体が…… ないだって? ほら、手を触れてるじゃないか」
霊感のない普通の人にも見えている。この娘に降霊した霊を取り除けばいいのではないのか。
紫宮さんは首を横に振る。
そして手の甲を俺に見せるように顔の前に上げた。
「私のようなのを、完全霊体っていうの」
「!」
俺は思い出した。
美紅さんも、井村さんも死体はなかったという。
肉体のように見えていたものがキラキラと光って、消えていくのだ。
完全霊体。肉体が無いから、だから……
「俺が、俺が救う方法を探すよ。俺と逃げよう。どこか、だれとも会わないようなところへ」
このままの形を保つことが出来るかもしれない。
「……」
「きっと何か方法があるはずだ」
俺はGLPの画面を長押しして、音声アシスタントを起動した。
「完全霊体を助ける方法」
GLPの画面の模様がクルクルと回って検索している。
『ゴメンナサイ、オヤクニタテナイヨウデス』
検索結果がない時や、音声の意味が理解できなかった時にこういう答えをする。
「じゃあ、火狼の支配から逃れる方法」
またGLPの画面がクルクルと回る。
「こんなものが何か答えを知っているの?」
「GLPを作った企業は、最先端の霊体技術を持っていると言われてるんだ」
GLPの何分の一の機能しか使えていない俺が言っても説得力はないが。
『ホロウノシハイ。ホロウハセイテキナムスビツキヲツウジテ、シュジュウノケイヤクシマス』
俺と紫宮さんは顔を見合わせた。
俺はGLPの発言が理解できていなかった。
「どういうこと?」
「えっ…… 聞こえなかったんですか?」
俺はうなずく。
紫宮さんは困ったような顔をした後、視線をそらして言った。
「もう一度問い合わせてみてはどうですか?」
もう一度問う。
『ホロウハ、セイテキナムスビツキヲツウジテ、シュジュウノ、ケイヤクヲ、シマス』
「せいてきなむすびつき?」
俺がそう言い直すと紫宮さんと目が合った。
頬が真っ赤だった。
「せいてきなむすびつきって?」
「私に聞かないで」
「けど、完全霊体なのは紫宮さんだし、紫宮さんが知らない訳ないでしょ?」
「それ、セクハラですよ……」
視線を逸らす紫宮さんを抱き寄せた。
俺は紫宮さんの鼓動を感じながら、その耳に小さい声で言った。
「じゃあ、その結びつきを俺とすればどうなる?」
「……」
俺の肩を見ているばかりで、何も答えなかった。
紫宮さんの体が、ブルっと震えた。
「!」
俺は紫宮さん体を突き飛ばすようにして離した。
俺は背後に霊気を伴う殺気を感じた。
最初から火狼が近くにいたに違いない。
除霊士の訓練を受けている俺が、こんなに強い霊気が近づくまで、感じないわけがない。
「背後からガブリッってか?」
俺は素早く振り返った。
青い火狼。青い毛の狼。
巨大な姿は、足一本一本が、大人一人ほどの大きさだった。後ろ脚が前脚の近くに引き寄せられると、次は体を伸ばすように後ろ脚で蹴り上げ、飛び上がった。
アッと言うまに俺は上空を支配され、狼の大きく開いた口が俺にかぶせられた。
ガチッ、と牙と牙がかみ合う音がした。
「?」
歯ごたえがない、とでもいうかのように、青い火狼は警戒しながら左右を見渡す。
「カゲヤマは……」
紫宮さんも左右を見渡す。
俺は言った。
「ここですよ」
俺は屋敷の方に立って、向き合う紫宮さんと青い火狼を横から見ていた。
「自分でもどうやってこの力が出るのかわかってないんですが…… 井村さんを助けたいと思ったときに大きな柵を超えた経験があるんです」
青い火狼は、体を俺の方に向き直って唸り声をあげている。
「たぶん、霊力が肉体の動きをアシストしてくれるんですね。俺がこんなに運動できる訳ないから」
火狼の動きに先んじて、俺は右手で銃のような形を作り、人差し指から霊弾を撃った。
「当たったら痛いですよ」
前脚の動きを読んで、前に出てこないようにギリギリを狙って撃つ。
青い火狼は、出るに出られず、後ろに下がるばかりだった。
「霊弾を撃てるのが、お前ら除霊士だけだと思うなよ」
大きな狼の口が、そう言った。
すると、上あごと下あごの間に丸い霊光が光り始め、鼻で突くようなしぐさをすると、霊弾が発射された。
「さすが、大きいね」
俺はその霊弾を自らの霊弾で撃ち落とした。
火狼の放った霊弾と、俺の霊弾がぶつかると、不透明な暗闇が発生して、消えた。
光がなければ、向こう側の何かが見えそうなのだが、そう言ったものは一切見えない。それをどう言っていいか分からなかった。不透明というのは、そういう意味だった。
「お前が余裕をみせてる理由はなんだ?」
火狼が言った。
「まさか葵がお前の味方だとでも思ってるのか?」
「……」
紫宮さんが、拳銃のような形を作って、俺に向かって指先を向けている。
霊弾を撃つぞ、という意味だ。
俺も紫宮さんに指を向ける。
「俺が紫宮さんを撃たないと思っているのか?」
いや、撃たない。俺には撃てない。
俺が紫宮さんに銃を向けたのは、フェイク。撃つマネをしたのだ。




