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『飛び込ませるぞ』
操られている人々が一斉にそう言うと、正気な人たちがそれを目を白黒させて見ている。
とにかく、ホームに飛び込めそうな位置にいる人から、先に助けないと。
俺は順番的に次に入ってくる側に抜け出て、行動の怪しい人に手をかざす。
学校で仕掛けた人とは違って、髪の毛が憑いている位置が一人一人違うようだ。今度は襟元で髪の毛が燃えた。
『やめろ』
電車が来るまでは、殺そうとしても殺せないだろう。俺はそう思っていた。
『とびこませるぞ』
エリーの目の前、階段の開口部の壁に、スーツに眼鏡をかけた男が、よじ登った。
『ここから落ちれば、落下地点の人か、こいつか、どっちかが傷つくだろう。何人も落とせば、いずれ誰か死ぬ』
駅にいる操られていない人々も、この階段付近の様子が異常なことに気付き始めていた。
「なんかおかしいぞ」
「あいつ、飛び降りるぞ」
「狂った連中の集団自殺か」
正常な人が、操られている連中の行動の異常さに気付く。
「逃げろ」「やばいぞ」「逃げよう」「早く」「どけ、そこどけ」
操られていない方の人間へ、狂気が伝搬していく。
恐怖にかられた人間が、危険を察知し、慌てて行動をする。
操られている人の体に、手を当てている俺に向かって声がかかる。
「お前、何やってんだ」「なんかの術じゃね」「お前がこの集団を操ってんのか」
俺は後悔した。
少し、少し考えればこうなることは分かっていた。
エリーに集団を制御されたら、勝ち目がないと。
「こいつを警察に突き出せ」
すると、操られている連中が俺を取り囲む。
あっちからこっちから、おれの首に向かって手を伸ばし、突き立てる。
あごを突く多くの手で、足が浮いてしまった。
「苦し……」
手で払おうとするが、次から次へ腕が突き立てられてきりがない。
「まっ、まずい……」
このままだと、足が付かないまま、首を突かれて窒息死か、入ってくる電車に投げ入れられてしまう。
ホームに電車が入ってくる。
ホームの様子が明らかにおかしいせいで、叫ぶようなアナウンスが駅に響く。
『死ね』
操られている集団が、一斉にそう発声する。
落とされる……
その時、ホームの端にいる人間から順に落ちて行ってしまう。
電車も急ブレーキをかけるが、間に合わない。
鈍い音と、さらに車両にぶつかる人間が数人。鉄の塊に殴られ、首があらぬ方向に折れ曲がっている。
「落ちる……」
俺が電車に投げ込まれそうになる寸前、電車は停止した。
しかし、すでに何人かが電車ぶつかっている。死んだか、大怪我を折っているだろう。
俺は叫んだ。
周り中から突き上げてくる腕を、全力で払った。
「なんてことしたんだ!」
俺の周囲に穴が開いたように人が退いた。
俺の中で、どんどんエリーに対する怒りが湧いてきた。
自分の愚かさに対しての怒りも、とにかくエリーに対しての怒りに転嫁していく。
「お前がいなければ、お前がいなければ……」
『そいつを捕まえろ!』
また操られた集団が叫ぶ。
俺は拳に力を込め、言った。
「目を覚ませ!」
拳の先から、霊弾が放たれる直前のように光が集まってくる。
あっという間に何も見えないほど大きくなり、音が消えた。
「?」
パッと元の明るさに戻ると、あちこちで発火現象が起こった。操られた人々に付いていたエリーの髪の毛が燃えたのだ。
「……」
辺りにいた人々が突然一直線状に分かれて退き、エリーの姿が俺の正面に見えた。
エリーは声が出ないのか、口を動かすだけだった。
そして目を見開くと、反対側に入ってきた電車へ飛び込んだ。
ドン、と鈍い音がして、その列車も緊急ブレーキをかけた。
線路の砂利がぶつかるような音がして、電車が止まった。
「どうして……」
エリーがなぜ電車に身を投げたのか分からない。
だが、それに至るまでに何人が怪我をし、何人死んだのか。
俺がエリーに気が付かなかったら。エリーを無視して、蘆屋さんの助言を聞いていたら、こんなことにはなかった。
現実は俺は駅に降り、大勢の人が巻き添えになった。
取り返しがつかない。
「なんてことを……」
俺はぽっかりと出来た円形の人垣の中で、膝を突き、手を突いた。
真っ黒く汚れたホームの床を見つめながら、何度も何度も後悔した。
エリーはワザとここで待ち伏せていたのだ。
大勢の人間をコントロールする。
それが狙いだったはずだ。
少し考えればわかったはずなのに……
「!」
と、人の声がした。
「救急車」「駅員を呼んで」「電車が止まった」「何があったんだ?」「大丈夫か?」
手をついていた俺は、ホームを行き来する人間に何度も踏みつけられた。
俺は踏みつける足を払うわけでもなく、罰だと思って受け入れた。
踏みつけられた痛みはいつか消えるが、死んだ人は帰らない。
俺は…… なんてことを……
「……手線は駅構内の人身事故の影響により内回り、外回りともに運転を停止しています。現在事故復旧作業を行っており運転再開の見込みはたっておりません。繰り返します……」
俺の手の前にハイヒールが並んで止まった。
俺はゆっくりとその足を上に追っていった。
「影山くん」
「冴島さん」
冴島さんは、手を差し伸べてきた。
泣いていた俺は、手を伸ばしかけて、またホームの床に視線を落とした。
「ほら、立ちなさい」
「俺のせいで……」
「違う。誰がどううまくやっても同じような犠牲が出たわ。犠牲者はエリーの仕業で亡くなったの。影山くんが殺したんじゃない」
「いえ、俺の判断ミスです」
「……自分を責めても誰も帰ってこないのよ」
俺は冴島さんの顔を見上げた。
「とにかく立ち上がりなさい。この膝をついていたら、周りの人に怪我をさせてしまうわ」
「……」




