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「そこ感心するとこ?」
やっぱり学生だ。
何故、俺は被害者が学生じゃないか、と思ったのだろう。
何か理由があったはずだ。
「……そうだ。下駄箱」
「何を言い出すの?」
「エリーが髪の毛を仕掛けた場所さ」
「なるほど…… って、靴箱に向かって髪の毛撒いてたら相当変だけど?」
透きとおるような白い肌、真っ赤な口紅に、黒い髪。しかも相当美人ときている。
そんな女性がザルに自分の髪の毛を切って粉上にしたものをいれ、掴んでは下駄箱に撒き、掴んでは撒いている。
……確かに異様だ。
俺は首を振る。
「いやいや、そんなことしなくてもいいじゃない。履き替える時に靴下で足を置く場所、スノコ。あそこに適当に落として置けばばいいのさ」
「そうか」
靴下に付いてしまえば、上履きでも外履きでも操り放題だ。
服の上からついた髪の毛とは違って肌に近いから、コントロールの強さも強いし、風で飛ばされることもない。
「警察の人に言って、スノコを調べてもらおう」
「今から?」
「橋口さんにお願いしてよ」
「わかった」
俺たちは近くの駅で降りて、再び逆方向の電車に乗り直し、学校へ向かった。
すでに夕方近くになっていた。
電車が会社帰りの人たちで混雑し始めていた。
俺たちは車両の先頭の方に乗っていた。
停車するため、電車が駅のホームに入るとき、ふとホームを見ると黒髪の外国人女性がこっちを見ていた。
「!」
こっちを見て、ニヤリと笑った。
何も出来ない俺たちを、嘲笑っているかのようだった。
俺の雰囲気を感じ取ったのか、蘆屋さんが訊ねる。
「どうしたの?」
「蘆屋さん、今のエリーだ。四聖人のエリーだ」
「何を考えてるの? だめよ。何も証拠がないんだから、手出しできないわよ」
拳を握り込んで、震えていた。
こんなに強い感情が湧き上がってくるのは、人生の中で初めてだった。
「ぶん殴る。せめてそれくらいしても……」
「ねぇ、ダメだって」
電車がゆっくりとホームに停止する。
俺は戸口に立っていた。
「行ったらだめ。向こうの思うつぼよ」
「けどっ!」
電車の扉が開く。
俺は思わず降りてしまう。
蘆屋さんは手を引っ張って、車内に連れ戻そうとする。
「本当にだめ。殴るのもだめ。犯罪になったら、除霊士なんてなれないよ」
「……」
俺は腕を振って、蘆屋さんの手を振りほどいた。
「待って!」
蘆屋さんがホームに出てこようとした瞬間、電車の扉が閉まる。
俺は車両の後方側ホームにいるエリーを睨んだ。
ホームには大勢の乗降客がいた為にエリーが真っすぐ見える状況ではない。
だが、その先にいるであろう、エリーを睨みつけた。
バンバン、と扉を叩く音がする。
俺は蘆屋さんに言った。
「……ゴメン」
「何て言ったの?」
蘆屋さんはそう言ってから、またバンバンと扉を叩く。
電車はゆっくりと、そして次第にスピードを上げ、駅から離れていく。
俺はホームの先に歩き出した。
「エリー…… お前は俺が許さない」
反対側のホームに止まる電車から、再び大勢の人が降りてくる。
階段から大勢の人が電車に乗ろうと上がってくる。
ごった返したホームをゆっくりと進むと、ホームの端に付く前にエリーを見つけた。
「いたっ……」
エリーは階段から何かを落としている。
エリーの手にはハサミが握られていた。もしかして落としているのは……
「まさか、髪の毛?」
その声でエリーが俺に気付いた。するとエリーは何か言葉を口にした。
外国語で、意味は分からなかった。
周りからエリーの言葉に、何人かの人間が俺の方を向いた。
「まずい」
この人数の中で、エリーが人を操り始めたら……
階段から上がってくる人間が、エリーに操られて河原まで追ってきた連中のように、ゆらゆらと揺れながら歩いている。かなりの数だ。
電車から降りて、階段を降りようとする乗降客を押し返すようにして上がってくる。
エリーは降りようとする連中の上から、新たに切った髪の毛を振りかけた。
「逃げないと……」
もし一人一人が武器を持っていなかったとしても、一斉に首を絞めてきたら死んでしまう。
殴ったりけったりされても同じだ。数の暴力だ。
俺はエリーから離れるように、駅を移動し始めた。
『マチナサイ!』
操られている人々が一斉にそう言ったのだ。
俺は振り返った。
『逃げるなら、もうすぐ来る電車に飛び込ませるわよ』
男の声、女の声、若い声、おじさんの声。様々な声が重なりあいながら、俺を脅した。
エリーならやりかねない。
「……」
しかし、ここで立ち止まっていたら殺されてしまう。操った人間を使って、電車に向けて俺を突き飛ばしてもいいわけだ。これだけの人数を使えば、俺を殺すことはそう難しいことではない。
「なら、こうするしかない」
俺ははっきり操られている人に向かって、手を当てた。
頭の先から、足先まで。
手を当てて動かしていると、突然、その人の背中のあたりで髪の毛が燃えた。
これで一人、正気に戻った。
「一人一人やっていくしかない」
その階段付近は、エリーに操られた人が動かない為にどんどん人と人との隙間がなくなり、人がぎゅうぎゅう詰めになってきていた。
『うごくな』
「そう言われて止まる馬鹿はいない」




