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「変わったもなにも、突然、俺を狙ったように落ちてきてるんです。様子なんてわかりませんよ」
「君を狙って落ちてきてる? なんでそう思う」
そこに食いつくのか。俺は口をゆがめながら言った。
「別に俺は何もしていませんよ。悪いことなんて一つもしていない。けど狙われてるんだ」
「……とりあえず話を聞こうか」
俺はビルを見ていて警察に言いたいことを思いついた。
「あっ、ちょっと待ってください。一つ思い出しました」
俺は最上階のレストランにいたエリーの事を話した。事件後、不自然に姿を消したことも。
警察は興味を持って俺を連れて最上階に上がった。
店員と話をしながら、俺の申告通りにエリーがいたであろう部屋に向かう。
「その女性客は、ほとんど言葉が話せなくて。ジェスチャーだけでした」
「その女性は、この部屋に」
「どうしてもここでなきゃいけないようでした。一人だったから本当はもっと中の席に案内したかったんですが」
刑事が個室の中を見る。
窓がきっちり締まっていないところに気付き、取っ手をしげしげと見た後、電話した。
「鑑識を最上階のレストランに回せ。調べたいことがある」
俺はここにいた女がずっと見ていたことを話した。
「君はその女性ともめていた?」
「別にそんなことはないですよ。一方的にその女性から恨まれているかもしれませんが」
「はっきり言いたまえ。金銭トラブルか? 男女関係のトラブルなのか?」
「どっちでもないですよ」
鑑識がくると、窓に指紋がないか、人のいた形跡らしきところを全部採取しておくよう命じた。
「すまなかった。どちらでもないとしたら、なんなんだ」
「説明しづらいな……」
俺が説明に困っていると、後ろから声がした。
「カゲヤマ、ここに居たのね」
刑事の方が先に反応した。
「は、橋口さん。本日はどうしてこちらに」
「霊的な事件だからよ」
「霊的な事件、ですか?」
俺は振り返って、橋口さんに言った。
「橋口さん、俺がエリーに狙われている理由を言っていいの?」
橋口さんは俺に向かって手のひらを向け、止めろ、といった仕草をする。そして橋口さんが言った。
「鈴木巡査。このカゲヤマは霊的な団体に追われているの。理由を簡単に言うと、カゲヤマの持っている能力が、他の団体には邪魔なの」
「そんなことで? というか狙われるほどの能力を持っているようには……」
「団体からすれば、その能力がなければ、大きな利益になるんだケド」
「……良く分からないが、その利益の為にこの男を消そうとしている」
「そうね」
「……」
巡査は、俺のつま先から頭のてっぺんまで何度も視線を往復させた。
「落ちた人の中で一人、助かった者がいたときいたケド」
「まだ下にいると思います。落ちる前から意識がなかったようで、助かった経緯をたずねても非常にあいまいです」
橋口さんが俺のところに来て耳打ちする。
「(あんた、どうやって助けたの)」
「(マリアが…… アンドロイドが受け止めたんです)」
「はぁ??」
橋口さんは驚いたように大声を上げた。
「(声が大きい)」
俺は指を立てて口に当てた。
巡査はわざと気にしない風に振舞い、鑑識の人に指示していた。
「(なによアンドロイドって)」
「(イオン・ドラキュラの作ったアンドロイドが、俺のところに来てるんです)」
「(あのじいさんが作ったアンドロイド!? ならあり得るわね)」
橋口さんは目を閉じて何度かうなずいた。
ビルの一階に降りると、鈴木巡査がフロアの椅子にぽつりと座っている男の所に、俺と橋口さんを案内してくれた。
男はくたびれた表情で俺たちを見上げた。
「彼が落ちてきたけど助かった人物です」
「ちょっと話をききたいんだケド」
橋口さんが言うと、座っている男はびっくりしたようだった。
そして顔を見るふりをして、橋口さんの胸を何度も見返していた。
「ちょうどいい、その椅子に横になってもらっていいかしら?」
そう橋口さんが言うと、
「ええ」
と言って男は横になった。
橋口さんがトレンチコートの中からムチを取り出した。
男は驚いたように、ビクッと反応する。
「何するんです」
「探査ね」
俺には橋口さんが何を始めようとしているのか分かった。
「ちょっと待ってください。過去の経験からすると、探査すると証拠が燃えちゃいますよ」
「うん…… そこは大丈夫」
輪になったムチを俺に向けた。
そしてその輪の内側をなぞるように指を動かした。
「このムチがアンテナね。ごく弱い霊波を当て、このムチで読み取るの。霊波が弱いから、燃えるほどの反応は起こらないハズ」
橋口さんは、横になっている男の体すれすれに輪になったムチを動かす。
横になっている方の男は、上体を傾けた為により大きく見える橋口さんの胸をみていた。もう、見ていることを隠そうともしていない。
「橋口さん、どうですか?」
「シッ。微妙な霊波を出し続けるのは意外と集中がいるんだケド」
輪になったムチが、男の足先に達した時、橋口さんの手が止まった。
「?」
さっとムチをトレンチコートの中にしまい、鈴木巡査の方に耳打ちする。
すると鈴木巡査が、鑑識を連れてくるとともにコンビニ袋を持ってきた。
「君、その靴下を証拠物件としていただけないかな。コンビニの靴下でわるいが、これを代わりにしてくれ」
もう問答無用で靴下をもらうような言い方だった。
横になっていた男は、慌てて靴下を抜いて、鑑識へ渡す。
鑑識の人はそのまま袋に入れるとともに、本人の足の方もいろいろな方向から眺め、気になるものがあると足をブラしで払って袋に落とした。
「ありがとう」
鈴木巡査が言うと、男は靴下をはいて立ち上がった。
「もういいですか?」
鈴木巡査が橋口さんに目配せする。
「もういいんだケド」
「ご協力ありがとう。もう帰っていいよ」
男は無言で会釈をするとそのままビルを出て行った。
「何かあったんですか?」
「わからない。あるとすれば靴下のあたりだから、証拠として取得したんだケド」
「……被害者の方の衣服も同じように調査していますよ」
と鈴木巡査が言った。




