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「なっ……」
背後で声がした。俺は慌てて振り返る。
蘆屋さんが軽蔑するような目で俺を見ている。
「何やってるの? 相手はアンドロイドよ?」
「誤解だ誤解」
そう言って俺は手を振った。
「誤解なら手をどけなさいよ」
「緊急充電って、こうやるんだよ。蘆屋さん、代わりにやってくれる?」
蘆屋さんは首を横に振る。
「いやよ。第一、なんで充電がなくなったのよ。こんなところでアンドロイドに変な事させたからじゃないの?」
「そんな訳ないだろ」
「……いいから手をどけなさいよ」
『キンキュウジュウデンカンリョウシマシタ』
俺は慌てて手をどける。
マリアが体を起こし、これまでの経緯を蘆屋さんに説明し始めた。
マリアと蘆屋さんと俺は、大学から最寄り駅まで歩いていた。
「エリーはどこでその髪の毛を撒いたのかしら?」
俺が答えようとするとマリアが遮る。
「オーナー」
「マリア、ちょっとまて。俺は今蘆屋さんと話してるから待って。後、オーナーって呼び方何とかならないのかな?」
「デハ、オーナーアラタメ、カゲヤマ、アソコヲミテクダサイ」
「だから今、蘆屋さんと話して」
蘆屋さんも突然叫ぶ。
「あっ! あの女っ!」
「蘆屋さんまで、どうしたの?」
「いいからあそこを見なさい」
俺は蘆屋さんの指差す方向を凝視した。
そこにはパペッターのエリーが立っていた。
「エリー? だよな」
「間違いないわ」
七、八階建てのビルの、最上階からこっちを見下ろしている。
「まさか、あそこから髪の毛を飛ばしたのか?」
「さすがに効率が悪すぎるわ」
「じゃあ、何であんなところに」
「知らないわよ」
「とにかく捕まえる」
と、走り出そうとする俺を、蘆屋さんが引き留める。
「証拠はないわ」
「ぶん殴ってでも白状させる」
「自白は証拠にならないのよ」
「だって……」
「とにかくだめ。今関わったら……」
俺はもういてもたってもいられなくなっていた。
蘆屋さんの制止を振り切り、通りを走り出していた。
俺が近づくと、ビルの最上階にいるエリーがニヤリと笑った気がした。
少しして、ガチャ、と鍵の開く音がする。その近くの窓が開く。
その開いた窓から人間が落ちてくる。
「えっ?」
当たる、と判断した俺は足を踏ん張って止まった。
ゴトッ、と鈍い音がした。
落ちてきた人が…… 俺の目の前にで、ぐしゃりと割れていた。
赤い体液が道に広がる。
時間が止まったような気がした。
『カゲヤマ、キケン!』
マリアがそう叫んだ。
パリン、とガラスが割れる音がした。
見上げると、ビルからガラスが降ってくる。
その後を追うようにその窓から人が飛び降りてくる。
「まさか、これ、アイツがっ!」
エリーが他人を操って、まるで花瓶でも落とすかのように、人間を降らせているに違いない。
俺が何かしても間に合わない。ただ叫んでいた。
「マリアっ!」
『カゲヤマ、タスケル!』
勢いよく走って、ジャンプする。
マリアは俺の頭の上を滑空し、落ちてくる人を受け止め、着地する。
「ありがとう、マリア!」
俺はビルの最上階を見上げる。
見えてはいないが、そこにエリーがいる。
「許さない!」
俺はビルの入り口から中に入る。
再びガラスが割れる音がする。
まさか、まだ人を落としてくるのか……
『コッチハナントカシマス」
マリアの声を信じて、俺は階段を駆け上がる。
最上階。
息が切れていたが、頭に血が上っていて気にならなかった。
「どこだ、出てこい!」
そのフロアはレストラン街になっていて、俺は店員に止められた。
「どけっ!」
店員を押しのけて店内に入る。こっちを見下ろしている場所は……
「だめです、そこはお客様が……」
俺は個室の扉を開けた。
「いない」
俺は並びの個室の扉を次々開けていく。
そこには誰もない。
俺は最初の部屋にもう一度入る。窓を開けた形跡がある。
「くそっ……」
「えっ? そんなはずは」
と言って店員が俺を追って入ってくる。
俺は店員を振り返り言う。
「ここに居た客って、こんな感じか?」
スマフォで四聖人の写真を見せる。
店員は個人情報を言っていいのか悪いのかわからず、それとなくうなずいた。
「……」
俺がビルを降りたころ、通りには警察車両と救急車が止まっていた。
警察が現場検証を始めている。
俺がビルの一階に降りた時には、警察車両と救急車がやってきていた。
警察の現場検証も始まっていた。
「君、君が第一発見者だね」
短髪、スーツのおじさんが、俺に向かって警察手帳を見せる。
「……」
俺は通報した訳でも、誰かに助けを求めたわけでもない。何故俺が第一発見者ということになっている。不思議に思いながらも、ここに落下してきた人のことを言った。
「第一発見者かどうかはわかりませんが、人が落ちてくるのを見ました」
「何か変わった様子はなかった?」
俺はビルの上階を見つめながら手を広げる。




