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以前、街を徘徊させたことがある。これに掛かれば、うまくこの結界に誘い込める。
後はどこまで結界を書き直せるか…… いや、どうやって結界を発動さえるか…… だった。
野球場のネットを避けるために、連中が大回りしてくる間に俺はベンチに身を潜めた。
マリアはマウンドからホームベース付近の結界方法を見下ろしている。
俺の姿の式神が結界中央で霊弾を撃つような構えをして挑発する。
連中は操られているせいか、足を引きずるように歩くから、侵入してきた方向は、確実に結界が消えてしまう。
後は俺の姿をした式神の動き次第となるが……
本当の俺の存在に気付かれない内に、結界を完成させられるかが勝負だ。
「かげやま……」
「かげやまをつかまえろ」
「そいつ、かげやま」
操られている連中がボソボソと何か言っている。
姿形は普通の学生なのに、動きかたはまるでゾンビのそれだ。
「つかまえろ」
一人、二人、…… と次々に結界の中に入っていく。
俺の姿をした式神が必死になって逃げ回る。
俺は姿勢を低くして、ベンチを飛び出し、連中が引きずった足で消された図柄を整える。
「イテテテ……」
傷がついた指先が痛む。
『オーナーケッカイヲハツドウ』
俺はどうしていいか分からなかった。
『ハツドウ!』
「どうりゃいい?」
『イメージシタカベヲタタイテ!』
俺に気付いた一人がこっちを睨みつける。
「ほんもの、かげやま」
「かげやま、こっち」
『タタイテ!』
俺は良く分からないまま、半球をイメージしてその壁がありそうな部分に手を叩きつけた。
「えっ?」
雷が落ちたような音がして、俺のイメージした半球状の部分に、光る壁が作られた。
俺は『やった』と思って思わず手を引いた。
『オーナー、オサエテ、オサエツヅケテクダサイ!』
そうか。俺が手を放すと消えてしまうのか。
もう一度、壁をバン、と叩くように振り込むと結界の壁が作り上げられた。
光が落ち着くと、シャボン玉のような薄い膜のように変わる。
『レイリョクチュウニュウシマス』
マリアは結界の膜を手で小さく開けると、腕を突っ込んだ。
そして目を閉じると、手のあたりから紫色の霧のようなものが出始める。
「電子レンジのイメージと違うな。毒ガス出しているみたいだ」
「かげやま、こわす」
結界の中で、俺の式神の四肢が引き裂かれた。
「これ、かげやまじゃない」
四肢がバラバラになった俺の式神は、元の紙きれに戻ってしまった。
操られている連中は、結界を作っている俺の方へ向かってくる。
「マリア、早く! 連中がこっちに来た」
紫色のガスは、まだ結界の中の数パーセントにしか広がっていない。
『モチコタエテクダサイ』
連中の引きずる足で、中の模様が消されている。
「マリア、図が消される……」
『ダイジョウブデス。オーナーガテヲハナサナケレバ、ケッカイハコワレマセン』
一度張った結界は、図としての『陣』が崩れても存在するということか。だが、一度結界を消してしまえば『陣』がないから次は張り直せない。
結界に触れている手が熱くなっていることに気付く。
結界を保つために、きっと俺の中の霊力を使っているのだ。
「かげやま」、「出せ、ここからだせ」
そう言いながら操られた連中が、どんどん俺の方に近づいてきて、薄いこの結界を叩いたり蹴ったりし始める。
割れるような感じはないが、叩かれるたびに手と体に衝撃が響いてくる。
「マリア、後どれくらいかかる」
『オーナー、アトモウスコシデス』
確かに、結界内部、全体にうっすらと紫色の霧がかかっていた。
中にいる操られた連中が、刃物を取り出して結界の壁をガリガリと削り始めた。
一瞬、刃先が結界を抜けて外に出たように見える。
「マリア!」
『ジュンビカンリョウ。ハツドウシマス!』
紫色の霧に雷のように細い光が走る。
次から次に伝わり、反射し、拡散していく。
細い光が隙間なく広がり始めて、あっという間に結界の中が溢れる光で見えなくなった。
「マリア!」
『……』
反応がない。
「マリア?」
結界の内側からくる衝撃に耐えられなくなって、俺は手を離してしまう。
「しまった!」
結界がなくなり、中の光が失われていく。
描いていた円の中に、十数人の学生が倒れていた。服や靴、帽子の一部に焦げ目がある。おそらく、マリアの霊波に反応して、消滅したエリーの髪の毛の跡、だろう。
俺は倒れている連中に触れ、呼吸をしていること、意識があることを確かめた。
「マリア?」
さっきからマリアはほとんど動かず、充電が切れた様子だった。
『オーナー、キンキュウジュウデンヲ……』
音声はほとんどなく、意味だけが頭に伝わってくる。
俺は思った。緊急充電ってあれだろ…… と、昨日の緊急充電のことを思い出した。あれは女性と行為に及んでいるようにしか見えない。したがって人目の多い場所では絶対に出来ない。
だからといって、今は日中。黒王号を出してマリアを家に運ぶわけにもいかない。大学で充電するにも、正しい充電器も持ってきていない。
緊急充電するほかなかった。
「ベンチまで行ける?」
あそこなら、ある程度遮蔽されている。
ここで寝転がっている連中が目を覚ましたら、見られてしまうが……
『イケマス』
マリアはゆっくりと歩き出した。
ベンチに入ると、奥の長いすにマリアを寝かせた。
例によって、スカートの中に手を入れて充電を始める。
『OH……』
どうして充電中に声を出すようにつくっているのか。俺は言った。
「マリア、声出さないで」
『リョウカイシマシタ』
とりあえず、声は出さなくなった。
ただ、AVのように腰を振っていて、俺自身は無駄に興奮していた。




