(4)
「可能な限り……」
「はっはっはっは」
リムジンから、エリーが出てくる。
「やめなさいよピート。からかう前に、その女性にたずねることがあるでしょう」
ピートの頭から背中が、吊られたように一瞬、ピンとなった。
「ああ、分かっているよ」
ヒヤマは何が起こったのか理解できなかった。
「俺たち食事がしたいんだが」
ヒヤマの視線を感じたのか、畑山が言う。
「あっ、俺は除いてくれ」
「上の階にレストランがございますが」
「それでいい。確認してくれ」
ヒヤマがうなずいて電話を掛け、小声で調整をとる。
しばらく話をすると、笑顔でピートに答える。
「ご用意できます。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
俺は蘆屋さんが化粧室の場所が分からない、ということでレストランを出てホテルの化粧室へ案内した。
蘆屋さんが化粧を直すのか用をたすのかは分からなったが、とにかく出てくるまで近くで待っていた。
すると、エレベータが止まって数人が下りてきた。
下りてきた連中は真っ黒な服装で、十字架をかけていた。最後にホテルの従業員らしい、胸に名札をつけたスーツの女性が出てきて、その人たちを案内していた。
俺は壁に背中を付けて、スマフォを見ていたが、誰かの視線に気づいた。蘆屋さんが出てきたのか、と思い化粧室の出入り口を見るが誰もいない。
気のせいかと思ってスマフォに視線を戻すと、突然耳に息を吹きかけられた。
「!」
とっさに反対側に体を曲げるとともに、吹きかけられた方向を見た。
そこには黒髪の女性が立っていた。服装は上下真っ黒で、首から十字架をかけているから、さっき出てきた一人だ、と気づいた。女性の目鼻立ちから考えると、ここアジアの人種ではなく、西欧の人のようだ。
息を吹きかけたままの状態で、じっとこちらを見ている。
「なんですか?」
女性は答えず、ただニッコリと微笑んだ。俺は思わず女性の顔を凝視した。
すると、黒髪の女性は人差し指を床に向け、クルリ、と時計回りに円を描いた。
「?」
少し遅れがあって、呼応するように俺もクルリ、と化粧室の方を向いた。
俺が向くと同時に、そこから蘆屋さんが出てきた。
「あれ? 待っててくれたの? あ、ありがと……」
俺は蘆屋さんに何も言わずに後ろを振り返った。
そこに西欧の女性の姿はなかった。
「な、なによ。私だって『ありがとう』ぐらい言うのよ」
俺は慌てて蘆屋さんの方に向き直った。
「いや、今のはそういう意味じゃなくて」
「もういい!」
蘆屋さんはレストランの方へ一人で戻っていってしまった。
俺はさっきの女性を探しながら、ゆっくりとレストランに戻った。
三人が座っていると、給仕が扉を開けると、エリーが入ってきた。
その部屋はレストランの中の個室だった。
大男のトーマスが言った。
「どうした?」
小さい声だったが、部屋全体に響いた。
「私達はついているわよ」
「どういう意味だ」とトーマス。「こんな極東に派遣されてついているとか気がくるってる」はエリック。「良い男でもいたのか?」とピートが言った。
エリー手を振ってどれも外れ、という残念な表情を浮かべる。
「違う。今、ターゲットのカゲヤマに接触したわ」
「どこにいる?」はトーマス。「殺ったのか。ラッキーだな。それならもう帰っても問題ないな」とエリック。「早く終わったとしても、せっかく来たんだ。最低宿泊日数分は楽しませてもらうぞ」とピートはしばらく居座るつもりらしい。
「殺さなかったけど、仕掛けはしたわ」
「人形使いの仕掛け、か?」とトーマス。「そんなことしてないでさっさと殺りゃ良かったんだ」とエリックが言い、「抜け目ないな」とピートが言った。
「何も手持ちがなかったから、簡単なやつだけよ。そうそう。そんなに霊力が強い、って感じではなかったわ。ただの冴えない男の子」
「……油断は出来んが」はトーマスで、「ボーイかよ。それは確かめたのか?」はエリックが。「アジアは若く見えるらしいぜ」とピート。
すると、エリックが言った。
「失敗するに20コイン」
トーマスもピートも黙っている。
「なんだ賭けにならんな」
エリーが怒ってテーブルを叩く。
「ふん。私信用ないのね。なら、自分で掛けるわ。40コインよ」
「上手くいく方にかけるよ。5コイン」
「ピート、その額は信用していないって言ってるのと同じ」
表情一つ変えないトーマスが、掛けの根本的なところに疑問を投げかける。
「仕掛けの成功と失敗はどこで区別するんだ」
エリックがニヤリと笑って、右手で銃のような形を作って、言った。
「この部屋まで連れてこい。俺が仕留めてやる」
「簡単すぎるわね…… けど……」
エリックが両手を左右に広げ、言った。
「ちょっとまて、失敗に掛けてるやつがいるんだぞ。追加だ。食い物を吐き出させてから、ここに連れてくる」
エリーはあごに指をあて、その手の肘をもう一方の手で受け止めるように腕を組んだ。視線が天井を泳ぐ。
なにか計算をしているようだった。
しばらくして組んだ手を広げると言った。
「……ん。いいわよ。それで行きましょう。で。トーマスは」
トーマスは二つ並べた椅子からも体がはみ出ていた。
微動だにせず答える。
「成功に5コインだ」
「……」
初めてこのレストランでこの肉を頼んだ時のように、何度も何度も切り出してもらっていた。
「こうしていると、あの時を思い出すわ」
冴島さんの目が、俺の後ろを透かしてい見ているようだった。
「あの時は、お腹いっぱいになる前に肉を止められてしまいましたけど」
「!」
冴島さんは、現実に引き戻されたように言った。
「そろそろ空気読みなさいよ?」
「はい……」
俺はそう言ったものの、まだ足りなくて給仕の人にお願いしてしまった。
肉を食っている横で、橋口さんはスマフォをいじっていた。
「麗子。さっきだけど、変な霊圧の変化があったわ」
「……こんなところで仕事の話?」
「仕事? まあ、仕事と言えばそうなるけど、違和感、感じたでしょう? 気にならないの? 強さから言って浮遊しているようなものじゃない。実体化しているか、人に降霊している。むき出しの波動は、犯罪者である可能性が高い」