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『ソウ。パペッッターノヨウナ』
パペッターって…… まさか、四聖人の『エリー』じゃないのか?
『まさか、エリーの仕業ってこと?』
『カノウセイハアル』
俺がマリアの顔を見ると、目を合わせてうなずいた。
そのまま立ち上がって教室を出ていく。
マリアも無言で付いてくる。
教室を出ると、外の喧噪が聞こえてきた。
大学構内まで救急車が入っていて、飛び降りた生徒を乗せたストレッチャーが入るところだった。
「君、何をする!」
俺は強引に救急隊に近寄って、ストレッチャーに乗っている生徒の、頭から足先まで手をかざす。
ポッ、と足のあたりで小さく燃えるものがあった。
「ほら、邪魔しないで」
「すみません」
救急車のハッチが閉じ、サイレンを鳴らさずに構内を走り、構外にでるなりサイレンを鳴らして走り出した。
マリアが俺の後ろにやってくる。
「今のは……」
『カミノケデスネ。タンササレナイヨウニ、ツヨイレイリョクニフレルトショウシツスルヨウデス』
「……手口が同じだ」
ホテルのレストランや、居酒屋で俺を操った時も、蘆屋さんの式神が暴れた時も、髪の毛が付着していた。
そして、今回の飛び降り自殺した生徒の靴からも、同じように髪の毛が出た。
同じ髪の毛か、証拠はない。証拠を残さないように燃してしまうのだ。
どの場面にもエリーがいたのか、というとそれも同じく証明できない。
しかし、やれるとすればパペッターのエリーに違いない。
可能性がいくら高くても証拠がない。
『オーナー。カンガエテイルヒマハナサソウデス』
「なんだって?」
俺は思わず聞き返した。
「うっ!」
刃物を持った生徒が、俺に向かって近づいてくる。
その生徒に向かって、マリアはものすごい勢いで拳を振り下ろす。
「マリア、やめろ!」
アンドロイドのパワーで叩き落としたら、骨折してしまう。
打撃直前で、ピタッとマリアの手が止まる。
『シカシ……』
「強く握って刃物を取り上げろ」
『ハイ、オーナー』
マリアは刃の部分を指でつまんで取り上げた。
スピードが速すぎて良く分からなかった。
『マダキマス』
どれが操られている生徒かは分からなかったが、俺の方にゆらゆらと向かってくる学生が何人かいる。
人影に隠れている者も合わせれば、十数名いるだろうか。
同時に来られたら、今と同じように、一人一人対応していたら刺されてしまう。
「どうすればいい?」
マリアが俺をヒョイと脇に抱えると、言った。
『トリアエズ、ヒロイバショニニゲマショウ。ヒロイバショ、ドコデスカ?』
俺は河原の方を指さすと、マリアは俺を脇に抱えたまま、どこにぶつかるわけでもなく、素早く構内を出た。
道を細かく教えないにも拘わらず、マリアは河原までたどり着く。
「は、速いね……」
『マダ、ハチワリイジョウパワーヲセーブシテイマス』
ーーー(77)
「そうなんだ。わかったから、おろしてくれない」
マリアは俺をチェスの駒を置くかのように軽々と立たせてくれた。
『ケレド、モウ、オイツカレソウデス』
確かに学校からの道に、大勢の学生がゆらゆらと肩を左右に振って歩いてくる。
奴らの目は、俺に向かっている。
「霊力で髪の毛を焼けばいいんだよな?」
『アノシュウダンニツッコムノデスカ? ワタシデモ、オーナーノイノチノホショウハデキマセン』
「……」
だとして、どうすればいい。
個別にやるには、隠れて不意打ちを掛けなければならない。
そうだ、GLPに……
「『助退壁』を使う事は出来るか? あれで、全員の髪の毛を取り除くことは……」
俺は腕のGLPを指差しながら訊いた。
マリアが答えるために何か考えている。
『シミュレーションシマシタガ、カミノケガチイサイタメ、『ジョトウヘキ』ノメニカカラズ、コウカガアリマセン』
「まじか…… マリア、なんかない?」
『ワタシノレイアツヲカイホウシマス。タダシ、レイアツガニゲナイケッカイガヒツヨウ』
結界?
『デンシレンジナカノヨウニ、カイホウシタレイリョクガモレズ、キントウにアタルヨウニスルヒツヨウガアリマス』
蒸し料理を作るときのようにきっちり蓋をして、蒸気が漏れないようにするのと同じ意味だろうか。
「結界の作り方は?」
『ケッカイノツクリカタハワカリマスガ、ワタシニハツクレマセン』
「どういう意味?」
『ワタシガカタチヲエガキマスカラ、オーナーガケッカイヲツクッテクダサイ』
「わからないよ!」
マリアは俺を引っ張り河原にある野球グランドに連れ出した。
マリアがピッチャーマウンドに立ち、俺の方を見下ろした。
『ワタシガエガクトオリニ、オーナーガユビデナゾッテクダサイ』
「指で?」
俺が言うと、マリアがうなずいた。
程なく、マリアの目が昨日壁に映像を映した時のように変化した。
俺のいるグランドに円形の図が描かれる。
「これ、魔法陣?」
『ケイッカイデス。スバヤクユビデエガイテクダサイ』
指で? 俺は手を付いて地面に円を描き始めた。
自分の足で消してしまったり、マリアからの投影が俺の体に当たって分からなくなったり、そうこうしているうちに図は描けた。
指は砂だらけな上に、切れて血が出ている。
見上げると、操られた連中が河原の土手を越えてきた。
ここに来て、ようやくこの作戦の欠陥に気付いた。
「ちょっとまて、この結界、連中が入ってきたときに消されてしまう」
『エガキナオシテクダサイ』
マリアは冷たくそう返す。
「馬鹿を言え、全員が俺を狙っているんだぞ?」
『ソレシカアリマセン』
「つーか、そもそも、どうやって誘い込むんだ……」
声に出さなかったが、この結界が発動するかも分からない。
初めて作る結界だし、最後にこれを発動する方法も知らない。
『キマシタ』
俺は紙に自分の血を付けて、俺の姿の式神を作り上げた。




