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「大丈夫…… ブッ!」
マリアが足を上げすぎて、短いスカートの中も見えてしまう。
横で見ていた蘆屋さんも、俺の視線の先に気付く。
「ちょっと! あんた変態なの?」
「いや、足裏がロボットっぽかったら上履き用意しとかないとヤバいと思って」
「嘘っぽい……」
俺はマリアに靴を履くように言って、歩き始めた。
「これなら、上履きなくても、小教室、中教室の近くまでは入れるよね」
「けど、小教室、中教室は、中に入るのは無理ね。それでなくても、このアンドロイド、外人感が半端ないし」
俺の後ろから、外国語が聞こえてくる。
『ソノ、ガイジンカンハ、ドウシタラナクナリマスカ?』
同時に俺と蘆屋さんには意味が流れてくる。
「目鼻立ちを見てみなよ」
俺は振り返って自分の顔をマリアに見せる。
俺は、自分の顔を指でいろいろと触りながら説明する。
「目のくぼみかた、鼻の高さ。全体的な輪郭もやっぱり少し違う」
「それもあるし、言葉」
蘆屋さんがそう言った。
『オンセイノコトデスカ?』
マリアがのどを指さしてそう言った。
「それそれ。だから外人感を消すことは出来ないわよ」
「俺の言う通りの位置で待機できれば、つまみ出されることはないと思うんだ。オープンな大学だし」
俺は、教室毎に、マリアの立ち位置を決めた。
小・中教室では廊下の端。大教室では俺の隣に座らせることにした。
先生に気付かれたり、声を掛けられても返事をするなと指示する。
「守れるね?」
『ハイ、オーナー』
「あっ、ダメダメ。今からだよ。もう一度」
『……』
言葉で返さず、マリアは首を縦に振った。
「そうそう。その調子で頼むよ」
俺にはもう一つだけ心配ごとがあった。今、充電器を持って来ていないのだ。
バッテリー切れの心配がありながら、なぜ持ってこなかったか、というと、あの妙な形の充電器を見られたら、変態と思われてしまうからだった。バッグに入れる勇気がなかった。
「マリア、充電状態は?」
マリアはパッと手を広げて、それを少しすぼめた。
最初に広げた大きさが満充電の状態を示していて、次にすぼめた手と手の間が、現在の充電状態だ。
表現が大雑把だったが、九割以上残っていると分かり、少し安心する。
「説明書上だと、満充電から一週間もつっぽいんだけどな」
「……そんな省電力な設計には見えないけど」
蘆屋さんがマリアをしげしげと眺めながらそう言った。
「……」
そうこうするうち、大学の門が見えてきた。
大学の門では、警備員はいるものの学生証のチェックをするわけではない。
マリアも俺もすんなりと通過する。
蘆屋さんと別れると、自分の受ける教室へ向かう。
靴を脱いで上履きに履き替える。
まずは、小教室。
俺は廊下の立ち位置を指さすと、マリアがそこに立って、俺を見てうなずく。
突然、後ろから、ポン、と肩を叩かれた。
「!」
「どうしたよ、なんでそんなにビクついてる? おっ、蘆屋さんじゃない女にも手ぇだしてんのか?」
蘆屋さんの合コンにいた男。佐坂だった。
佐坂はそう言いながら、マリアの方にちらっと視線を向ける。
「ああ、この娘か、違う違う。ちょっと行くとこないっていうから一緒にいるだけだ」
「いくとこないなら、俺の部屋で引き受けてもいいぜ」
「本当にそういう娘じゃないから」
「……ふーん」
横目でマリアを見ながら、佐坂がそう言う。
「つうか、お前こそなんだよ」
「影山、代返たのめない?」
「小教室だぞ?」
「お前上手だからさ、頼むよ。昼飯奢るから」
そんな条件で俺が代返をする…… と思われている。昼飯…… 昼飯代が浮く。腹減った……
「A定な」
「サンキュー」
佐坂はハイタッチを求めてくると、廊下を走っていった。
待っていた三人と合流してどこかに行くらしい。おそらくだが、四人で雀荘にでも行くのだろう。
俺は、とにかく少額でも節約しないと、除霊士になる勉強代もかかる為、除霊事務所のバイトだけでは暮らせないのだ。
席につくとしばらくして授業が始まり、俺は佐坂の代返をこなした。
授業が終わり、教室の外を見ると人だかりができていた。
廊下にも、外の様子を見ようとする生徒が大勢いて、騒ぎのようになっていた。
「やべ、マリアが何かしたか?」
俺は慌ててその様子を確かめる。
マリアは騒ぎから少し離れたところにいて、俺を見つけて近づいてきた。
じゃあ、外で何があったのか、と見ようとすると、マリアが言った。
『ミナイホウガイイ。ジサツノシタイ』
マリアの声はすごく小さい声で、騒いでいる周りには気付かれていないようだった。
「へっ?」
『アシヤサンジャナイカラ、シンパイシナイデ』
「いや、そうじゃなくて」
俺が現場を見下ろしたときには、青いビニールシートが掛けられていた。
とりあえず、次の授業が休校になっているかどうかを確認する。
不謹慎だが、誰かが飛び降りれば、休講の可能性もあると思ったからだ。
「さすがに、すぐは休講にならないか……」
俺はつぎの授業へ向かった。今度は大教室なので、マリア教室に入ってもらった。
人目を引くようだったが『誰だよ』とか騒ぎ立てる者もおらず、すんなりと講義に入った。
講義の途中で、救急車の音が遠くで聞こえてきた。
俺はさっきの自殺者を運んでいったのだ、と思って気にしていなかったが、マリアが俺の袖を引っ張った。
そして小さい声で言った。
『マタトビオリタ…… ナニモノカガシクンダノカモ』
「!」
俺はノートに書いてマリアに伝える。
『そんなことがなんで分かるの? それと、何者か、ってどういう意味?』
マリアが書く字は、外国語ではなく、こっちが読める言語で書き出してきた。なんだ、紙と鉛筆があるなら、これで会話した方が目立たなかったな、と俺は思った。
『アンドロイドノスグレタチョウカクト、カイセキノウリョクデカイセキシタケッカデス。ナニモノカ、トイウノハ、レイテキナジュツヲツカウモノノシワザ』
霊的な術を使う何者かの仕業?
『人を操るとか?』




