(34)
大男は、力を振り絞っているせいか、あるいは拳に痛みを与えられているのか、顔に汗をかき、小刻みに震えている。
その時、ピーと音がして女性の動きが止まった。
拳を抑えていた右手が開き、左手とともに体側に戻った。
女性は『気を付け』の姿勢になった。
「?」
大男は左手の状態を確認してから、金髪女性の様子を確かめた。
音が出ずに、頭に意味だけが入ってきた。
『ウケトリニン、ジュウデンヲ』
「?」
流れからして、この金髪の女性が言っている、のだろうか。しかし、充電って……
『ゴゾンジカトオモッテマシタ』
「どういうことだ?」
大男は、俺が突然声を出したので、とっさにこっちを見たが、何もないと分かると、女性を持ち上げた。
女性は『気を付け』の姿勢のまま持ち上げられている。
本人が言ったように、彼女は本当にアンドロイドなのだ。
俺が受取人であるのかは不明だったが、俺を助けてくれようとしていたのは間違いない。
救わなければ、という気持ちが俺の中に湧き上がる。
『ぶち壊してやる!』
大男は、棒状に固まった女性を持ち上げた。
そして、叩きつけようとしたところですっぽ抜けたように女性を放してしまう。
「うわっ……」
女性は頭、足、頭…… と交互に地面につけ、縦に回転しながら俺に向かって転がってくる。
勢いよく頭が来たところを、俺は抑えた…… と思った。
実際は、止めることすらできず、女性の体にしがみついて、一緒になって回転していた。
「わわわわ……」
俺はもっと早く気が付くべきだった。この金髪の女性、アンドロイドは大男の全力を受け止められるだけの重量を持っているのだ。回転し始めた彼女を、俺ごときが止められるわけもない。
「わわわわ……」
頭、足、頭、と交互に地面を蹴りながら、転がるアンドロイドとそれにしがみついている男。
林の中に入り少し転がったところで、ようやく止まった。
なんとかアンドロイドにつぶされずに住んだ。
俺は『気を付け』の姿勢で横たわっているアンドロイドに近づく。
『ジュウデンシテクダサイ』
その意味が頭に入ってくるとともに、充電の差し込み口の位置がイメージとして俺に送られてくる。
生々しい肌色をした女性の映像、そして、男が一番興味がある足の付け根のあたりが点滅する。
「なっ!」
俺は慌てて回りを探した。
「で、充電器ってどこ?」
『キンキュウジュウデンニハ、ジュウデンキハイリマセン。アナタノレイリョクヲソソイデクダサイ』
「はぁ?」
『コエガオオキイ』
俺は手で口を押えた。
痛みがあるのか左手を抑えながら、大男は林の外から俺たちを探し回っている。
『ハヤク……』
ガチャ、という機械音と同時、膝を立てて足が開いた。
「えっ……」
引く。リアルな女の子にこうされても、興奮する前に、引くだろう。
長いコートが開けて、レザーのミニスカートが見える。
白い足が膝を立てて左右に開いている。
『オネガイ……』
アンドロイドが直接俺の頭の中に呼びかける。すぐさま頭の中がエロい感情で満たされていく。
わざとそういうものに変換されるように伝えているに違いない。
俺は勝手に興奮させられ、立てたひざのあたりから、手を這わせ始めた。
股を這い上がっていく左手とは別に、俺の顔は目を見開いたまま微動だにしないアンドロイドの顔に近づいていく。
キスでもしようというのか、俺は。
ああ、まったく。俺はこんなところで…… 何を……
頭がぼーっとなってきた。
アンドロイドが下着をつけていることが分かった。
そして、巧妙に作られた箇所を抜けていくと、俺は指先で霊弾を撃つ要領で力を込めた。
と、アンドロイドは俺の手を押しのけ、スムーズに立ち上がった。
『オーナートウロクケン、キンキュウジュウデンガカンリョウシマシタ!』
「はぁ?」
さっきまでの戸惑った感情ではなく、もっと楽しませてくれないの? とすら思えた。
いや、ちょっと待て、今変な単語が付け加わっていたぞ。オーナートウロクとかなんとか。
『ワタシハオーナーノセイメイヲマモリマス』
音声は相変わらず外国語だった。
林の外にいた大男は、アンドロイドの姿を見て怯んだ。
『……マモリマス』
俺はマリアを中心にして、大男の反対側になるように動いた。
『ぐっ』
大男は左拳を右手で押さえながら、アンドロイドと一定の距離を保つ。
そして大男の手の先に急に霊光が輝くと、それはアッと言うまに大きくなった。
「うっ!」
もしや巨大な霊弾、と俺はとっさ下がる。
まぶしいほど光輝いた後、あたりが真っ暗に戻った。
「?」
『マモリマシタ。ジュウデンガキレマス……』
「えっ?」
ピーと鳴ると、再び『気を付け』の姿勢になり、アンドロイドは停止した。
俺はアマ箱の中に入っていた説明書と充電器の入った箱を見つけた。
充電器の箱には、ユニバーサル用のプラグ変換器がいくつか、ACケーブル、大きな変圧器。そして変な充電口に差すための、男性器のようなコネクタ。
「どういう趣味してんだ」
俺は、また緊急充電をして歩いてもらうべきか、箱ごと運び出すか考えた末、GLPから『黒王号』を出して、アマ箱を運んでもらうことにした。
アマ箱とアンドロイドを玄関まで運んで、呼び鈴を鳴らす。
何も応答がない。
しばらく待って、もう一度呼び鈴を鳴らす。
ガタガタ…… と中で動き出す音がする。
扉の奥で灯りが点く。
「今頃何?」
秘書の中島さんだった。
「実は……」
中島さんは話の途中でこれは判断つかない、と思ったらしく冴島さんを呼びに行く。
俺とアンドロイドは玄関で立ったままだ。
扉が再び開くと、部屋着の冴島さんが立っている。
「は? 自分の部屋に帰りなさいよ」
俺とアンドロイドの姿を見た瞬間、扉が閉まり始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
俺が手を伸ばして、扉に挟まれそうになると、今後はアンドロイドが手を伸ばして扉を止めた。




