(33)
地面に頭をこすった時に切れたようだった。
軽く体を上下左右に振りながら、男はこっちに向かってくる。
俺は人差し指を伸ばし、手で銃の形を作ると、指先から霊弾を撃った。
的は大きいはずなのに、まったく当たらない。
『次で仕留める』
音は全く理解不能な外国語だ。頭に直接話しかけてくるから、そう理解できるだけだった。
「そんなことを宣言したってっ!」
と、言う俺の言葉も、向こうにはたぶん理解不能なのだろう。
大男は大きく振りかぶった。
両手を、左右開くように。
「えっ?」
両拳で挟むつもりか? そんな軌道で力が入るのか? 相手はもう打撃のモーションに入っていて、俺に考える猶予はなかった。
足…… は動かない。バックステップすれば挟まれずに済んだかもしれないが、もう足運びで避ける時間はない。
上体反らししかない。
背中から倒れるぐらいの勢いで体を反らす。
大男の拳が、反応して少し奥に軌道修正する。
ガツン、と建築機械が何かを掘っているような、大きな音がした。
俺は上体を反らしながら、大男の拳と拳がぶつかり合うのを見た。
おそらく、手の甲から霊力を発しているのだろう。音とともに拳がぶつかったところから閃光が起こった。
俺はそのまま頭の先に手を伸ばし、地面を捉えた。
足が地面をけると、体が回転して再び手が地面を離れた。
大男と少しだけ距離が生まれた。
『じゃ、次だ』
俺は手の指を絡めるように両手を合わせて伸ばし、先端から霊弾を放つ準備をした。
巨大で、強力なやつだ。かすっても大怪我するような……
『無駄だよ』
その声をトリガーに、俺は霊弾を放った。可能な限り大きくて、威力のあるものを。
放たれた霊弾は、まっすぐ大男の腹に向かって進んでいった。
着弾したか、と思った瞬間、ボディブローを繰り出すように、短いモーションから左手を振るうと、俺の霊弾が弾かれた。
霊弾は倍のスピードで俺に返ってくる。
避けることも、撃ち返す間もなかった。
「……」
球体である霊弾の中心が腹に当たり、胸、足と上下に接触箇所が増えて行き、体が曲がって行く。
全身くまなく被弾すると、霊弾が中心からはじけたように消え去った。
俺は宙を何回転かしたのち、地面に叩きつけられていた。
『とどめ』
何とか仰向けに向き直ったが、それは大男が俺にに向かって拳を振りあげた瞬間だった。
終わった……
俺は恐怖に目を閉じてしまった。
『なんだお前は』
『宅配業者ですよ。Amaz〇nからお届け物です』
明らかに別の男から、大男と同じ理解不能な言語が発せられた。と、同時に俺に意味を伝えてきた。
どうやら、何者かがこの屋敷の敷地に入ってきたらしい。
俺は薄目を開けた。
『だんなが、受取人かい?』
緑色の帽子をかぶった配達員は、俺と大男の間に割って入って、大男に受取のサインを迫っていた。
大男は配達員に殴りかかるわけでも、押し戻すわけでもなく、ただ後ずさりする。
『知らん知らん、受け取るとしたら、そこに寝転がっている奴だろう』
『そうですかい』
緑色の帽子をかぶった配達員は、俺の方に向かってきた。
この配達員も同じように俺に意味を伝えてくるということは、霊術を使う者なのかもしれない、と俺は感じた。
何かを感じて、大男はこの配達員に手を出さないのだ。
『寝転がってるだんな、ここに受け取りのサインを』
全身の痛みがまだ続いている。
「無理……」
『じゃあ、この国では拇印でもいいことになってるんで失礼して』
配達員は俺の指を紙に押し付けた。
『受け取り完了。荷物をお出しします』
何もない空間が、配達員の頭のあたりで円を描いて裂け、そこから長細いAmaz〇nの箱が降りてきた。
ゆっくり降りてきた箱が地面に付くと、裂けていた円に配達員が手を突っ込む。
『それでは、失礼します』
配達員が突っ込んだ手は、その奥にいる何者かに引き上げられ、配達員が裂けた円に消えていく。
俺はまだダメージが深くて起き上がれない。
また状況はもとに戻ってしまった。
『こんどこそ、とどめ』
大男が俺の真上に来ると、大きく腕を振りかぶった。
また俺は目をつぶってしまう。
すると今度は、バリバリバリっと、段ボールが裂ける音がした。
俺が薄目を開けて確かめると、再び大男はモーションを止めて、アマ箱の方をじっと見ている。
『今度はなんだ』
アマ箱がゆっくりと倒れると、そこにはカチューシャをした金髪の女性が立っていた。
女性は長く、真っ黒なコートを着ていた。
「……」
大男が判断に迷っているところを、俺は体を回して地面を転がり、大男から距離を取った。
霊弾の力で、服のあちこちが裂け、血が出ていたが、ようやくなんとか立ち上がった。
『ワタシハマリア。ウケトリニンノセイメイヲマモリマス』
「はあ?」
『!』
大男は金髪カチューシャの女性に向かってファイティングポーズを取る。
金髪女性は身動き一つ、というか瞬き一つしていない。
左右に小さくステップしながら、大男が金髪女性に襲い掛かる。
ビュン、と女性の顔面目掛け、腰を軸にして回転した高速の左フックが決まった。
いや、決まったかに見えた。
女性は顔の横で拳を受け止めている。
ただそれだけではない。
最小限の動作で、だ。
「?」
大男が固まったように腕を戻さない。
手の震えから、そのまま振り切ろうとしているのだ。
俺はおかしなことに気が付いた。
体重差だった。
二メートル超えるかという大男の、体を使ったパンチを、右手一本で、立っている体勢を変えずに受け止める。
足のしたに杭でも打ってあって、相当鍛えているのなら別だ。
そして、今も大男は押し切ろうとしている。
もし、そういうギミックが無いのだとしたら……
『コナイナラ、コッチカライクワヨ』
金髪の女性は、右手で押さえた拳を握り返しながら、押し戻していく。




