(31)
「あっ、あのさっ!」
そう言いながら、俺は自分がどんな顔をしているのかが分からなくなっていた。
怒っているのだろうか。
「俺のこと…… 俺のこと好きなんだ、と思っていたのにさ…… なんで、なんで合コンなんか……」
「ごめんなさい!」
蘆屋さんが泣きながら俺の方に体を預けてきた。
「ごめんなさい。いつもあたしが束縛しているのに、あたしだけ勝手なことして……」
俺が抱きとめていないと、倒れ込んでしまいそうだった。泣いているせいか、呼吸が、鼓動が激しくなっている。
俺はその震える体をぎゅっと抱きしめた。腹を立てていた感情が、次第に別のものに変わり始めていた。
そして、蘆屋さんは大きい声で謝り始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
蘆屋さんが繰り返しそう言っていると、急に壁から『ドンドン』と音がした。
こっちの壁側って……
『うるさいわよ』
壁越しで、くぐもった声だったが、間違いなく冴島さんの声だった。
俺が言うより早く、蘆屋さんが壁に向かって言った。
「すみません」
『あなた泣いてるの? そっちいくから待ってて』
「いえ、結構です。大丈夫です」
蘆屋さんは慌てて涙を拭って、そう言い返した。
しかし、聞こえていないようだった。
部屋の出ていく音と、こっちの部屋をノックする音が聞こえた。
蘆屋さんは慌てて玄関に言って断る。
「大丈夫ですから」
「影山がなんか酷いことしたんでしょう。とっちめてやるから部屋に入れて」
「あの、だから大したことじゃないので」
「大丈夫だって、ほら、入れて」
蘆屋さんの脇をするりと抜けて冴島さんが部屋に入ってくる。
「影山くん。なんで蘆屋さんに酷いことするの」
「あの、カゲヤマは別に……」
「あんたは本当に女心ってのが分かってないのよ」
「……」
どういう意味だろう。俺は答えることが出来なかった。
「鈍感っていうか、とにかく鈍い」
「そうよ」
なぜか蘆屋さんが冴島さんの意見に乗っかってきた。
「『合コンなんかするな、俺がいるだろ』の一言が欲しかったのに」
「……」
冴島さんは振り返って蘆屋さんの方を見た。
俺もそのまま、蘆屋さんの顔を見た。
冴島さんは俺の方に向き直る。
「どういうこと? 蘆屋さんと影山くん、いつから付き合ってるの?」
「いえ、つきあってなんかいません」
「ふぅーーーー 良かった」
と、冴島さんは胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「えっ? 今、良かったって、言いました?」
冴島さんは口に手を当てて横を向いてしまう。
今度は蘆屋さんが俺の方に近づいてきて言った。
「どういうことよ?」
「えっ?」
「付き合ってるでしょ?」
「蘆屋さんと俺が?」
断じて、付き合ってはいない。さっき一瞬、蘆屋さんと付き合っているみたいな錯覚を起こしかけたけれど、付き合っている、という状態ではない。
「ねぇ、同じ部屋に寝泊まりしていて、あたしたちが付き合っていないってどういうことよ?」
俺は手を振る。
「何も起こらないように毎日結界を張って寝る訳じゃないですか。付き合うも何も何も起こりようがない」
「さっきだって、あんなに強く抱きしめてくれたのに……」
蘆屋さんが両手で顔を覆って泣き出したようにしゃくりあげ始めた。
「抱きしめたって…… 影山くん?」
そう言うと、今度は冴島さんが俺の方に近づいてきた。
「さっきの付き合ってない宣言とか、結界があるから間違いは起こらない、というのは嘘なの?」
「えっと、さっきは確かに……」
「抱きしめた、それは認めるのね? 付き合ってもいない娘を抱きしめるの? しかも強く」
俺は、冴島さんを抱きしめた。
蘆屋さんにそうしたのと同じぐらいの強さで。
「あっ…… ちょっ、ちょっと……」
「このくらいです。これは付き合ってないとダメですか?」
「ねぇ、影山くん、えっと、ほら……」
俺は冴島さんの顔をまじかで見た。
「……」
冴島さんは目を閉じて、少し俺の方に顎を出してきた。
その時、蘆屋さんが叫んだ。
「あっ、何してんの!」
冴島さんが、どん、と俺を両手で突き放した。
「べ、別に」
「どさくさに紛れてキスしようとしたわね」
「……」
蘆屋さんは手を腰に当てて、上体を突き出した。
「冴島さん、いくらあこがれの除霊士だと言っても、他人の男に手出しをするのは許しませんよ」
「さっきの話じゃ、蘆屋の男って訳でもなさそうだけど」
「キスしそうでしたけど、あたしは屋敷の入り口でもっとすごいことしたんですから」
俺はハッと思い出した。
屋敷の鍵を開けるために、蘆屋さん、いや、さやかだ…… その、さやかの体に……
「違う!」
二人が俺を睨んだ。
「したのは、あれは『さやか』だ。なぜなら、さやかが屋敷の鍵だから」
「した、って何を……」
冴島さんの問いに、蘆屋さんの顔が真っ赤になる。俺も顔がほてってくるのが分かる。
「いえない」
「じゃあ聞くわよ」
冴島さんは人差し指と中指を伸ばして口元に当てる。何か呪文を唱えた後、指を俺に向けて伸ばす。
「した、というのはAですか?」
間髪入れずに蘆屋さんが突っ込む。
「Aって、中学生かっ!」
俺は命令が入ったせいか、その突っ込みに笑う事も出来ない。
すこし間をおいて、ブルブルっと首を振る。
「うそっ、まさか、Cなの?」




