(3)
「四人だぞ。それも普通の四人じゃない。我々四人だ。そういう判断なんだ」
金髪の男がブルっと震えた。
黒髪に真っ赤な口紅を付けたエリーがそれを見逃さない。
「ピート、ビビってんの?」
「ふん。警戒心がないやつは、真っ先に死ぬはめになる」
「ビビってんだ」
トーマスが割って入る。
「やめろ。エリー、さっきからの発言からすると、君も『ビビっている』ように聞こえるがね」
「何言ってんのよ」
「四人も必要ない、つまりは私は来たくなかった。それは、この国についた時から恐怖を感じているからだ」
「違うわ」
と言って、エリーはトーマスの腕に拳をぶつける。
「他人をビビっている、と囃し立てるのは、自分が一番ビビっていて、それを隠したいためだ。そうなんだろう」
「そう言ってるトーマス。あなたはどうなのよ」
「俺はもちろんビビっているさ。ただしどの任務の時も、だ。そして、十分慎重にビビっている、んだがね」
トーマスの落ち着き払った言い方のせいで、嫌味に聞こえる。
「ふん」
「エリー。だから俺が撃ち殺してやるって言ってんだろ」
「一番期待出来ないやつに言われたくない」
「大丈夫だ。一撃だからな。奴はこっちに気付く間もない」
「エリック。あんたは楽観的すぎる。一度相手のファイルを見たほうがいい」
エリックは爪を噛んだ。
「楽観的ぐらいでちょうどいいのさ。俺たちだって不死身じゃない。いつか死ぬんだからな」
「このリムジンはどこに向かっているの」
「都心のホテルだ」
「へぇ」
「少し遊びにでてもいいのか?」
「いいんじゃない」
「ピート、お前は言葉が出来ないのに遊べるのか」
トーマスに向かってピートいう。
「『遊び』は言葉でするものじゃない。フィーリングさ」
俺は不慣れな高級レストランで、以前食べたことがある高級な肉を注文し、それが来るのを待っていた。
目の前には、明るくつやのある生地で作られたドレスを身にまとった冴島さんがいた。
スーツの冴島さん、普段着の冴島さんとは違って、上品な良家のお嬢様のようだった。
注文の後、一切口を開かない冴島さんは、やはり普段と違っていた。
「……」
「どうしたんですか? 冴島さん」
俺がそう言うと、シャンパンを口に運び、テーブルに置くと、視線をそらしてから、小さい声で言った。
「影山くん。覚えてる?」
覚えている? と問われて、俺は必死に頭を働かせた。
実は、何故冴島さんが俺をこのレストランに連れてきたのか、分かっていなかった。俺は普段通りのコ汚い恰好であり、ちょっとこの場に不釣り合いだった。そのせいで店に入るときの店員の視線がきつかった。ドレスコードに反するということで、追い出される寸前だったのを、冴島さんに止めてもらってここにいるのだ。
周りを見てみると、すこしだけ、この場所に覚えがあった。特に、さっき注文した肉は覚えている。あの味は最高だった。
冴島さんはやっぱり俺に目を合わせようとしなかった。
「……覚えてるなら言ってみてよ」
そう言う冴島さんを見ながら、俺は思い出すスイッチが入ったようだった。
あっ、もしかして、今日って、俺が冴島除霊事務所と契約……
「ね。あたしたちを無視しないで欲しいんだケド」
横に座っていた橋口さんが、そう言った。
「冴島さんは、おにいちゃんに何を言わせたいんですか?」
と、橋口さんの正面に座っている蘆屋さんが、さやかの声で言った。
冴島さんはムッとした表情になり、低い声で話した。
「……さっきから何故あなたたちがここにいるのか理解できないんだけど」
「影山は動く霊源として貴重だから、あたしも利用したいんだケド」
「おにいちゃんの彼女になるのは、私が認めた女性だけです」
冴島さんは、シャンパンを一気に飲み干して、テーブルに戻し、まず、橋口さんを睨みつけた。
「かんな。影山くんを霊力の補充に利用するのは構わない。けど、だからって今日、あなたがここにくる意味はないじゃない」
「……」
橋口さんは頬を膨らませて、自分の足元を見た。
「蘆屋さん、じゃなくて、さやかちゃん。別に私は影山くんと付き合うとか全然そんな気ないし」
「……うそっ、じゃ、さっきまでの態度って、なんだったの」
冴島さんがギッと睨むと、蘆屋さんもうつむいてしまった。
「あと、言っとくわ。ここの食事代だけど、かんなは自分の分は自分で払いなさいよ。蘆屋さんは立て替えとくけど、後でおばあちゃんに請求するからね。いいわね」
指でそれぞれの顔をさしながら、そう言った。
俺は両手を開いて、落ち着かせるようにしてから、言った。
「冴島さん。覚えていますよ。俺が一年前冴島除霊事務所と契約して、ここで一緒に食事したこと」
「……」
冴島さんの顔が、パッと明るくなった。しばらくして、冴島さんの頬がチークの色ではなく、本当に赤くなったように思えた。
「麗子。なんなのよ、その態度」
「冴島さんはさえこの監査中です。まだおにいちゃんの彼氏には……」
「すみません」
その声に俺たち全員が一斉に口をふさぐと、四人の視線が、声の主に向けられた。
そこには給仕の為に、正装をした男が立っていた。
いまそこにやってきた、という感じではなかった。俺たちが気づかなかっただけで、ずっとそこに居たのだ。
「お食事の説明をさせていただいても、よろしいですか?」
四人は子供の様に無言でうなずいた。
リムジンがホテルに到着すると、ホテルマンがやってきて扉を開けた。
まず、金髪の男が出てきて、何やら話したが、ホテルマンには意味が分からなかった。
奥から、外国人応対の為か、スーツを着た女性が現れた。
「ピート・ウイリアムス様でいらっしゃいますか」
助手席から神父のような服装の男が降りてきて、言った。
「その通りだよ。ピート・ウイリアムス、エリー・フォックス、トーマス・ホーガン、エリック・ジャクソンの四人。それぞれ部屋をとっていたはずだ。荷物を部屋に運んでくれ」
「あなたは?」
「昨日から泊まっている畑山という者です。四人のお世話係ですよ」
ホテル側の女性は頭を下げた。
畑山は車のトランクから荷物を取り出すと、誰の荷物なのかテキパキとホテルマンに指示する。
ピートがホテル側の女性に近づいてくる。
「君は話が分かるのかい?」
荷物をさばいているホテルマンには理解できない言語だった。
女性はうなずく。
「はい。ミチコ・ヒヤマと申します。お客様を担当させていただきます」
「へぇ……」
ピートはヒヤマの顎を指で挟むようにして、クィッと上を向かせる。
「良かった。君が『担当』で。担当というのはどこまでお世話してくれるんだい?」
ヒヤマは嫌がるでもなく、落ち着いた表情のまま答える。