(29)
俺は両手をあげ、抵抗をやめる仕草をした。
「クッケケケ…… ヤレっ」
元降霊師は奇妙な笑い声を発した。
俺は上から何かがかぶさってくるのが分かった、そして、あたりが闇に包まれた。
元降霊師の鬼は言葉をつないだ。
「バカな奴だ。止めたからと言ってお前を逃がす訳なかろう。甘いんだよ……」
その時、連続する破裂音が響いた。
闇の奥から『ウェ……』っと音がして、その奥から液体が俺の頭にかけられた。
そのまま俺は床に倒れ込んでしまった。
「何者だキサマ」
顔に何かが覆いかぶさっている為、うまく聞き取れない。
「俺か? 俺は鬼退治に来たんだよ」
再び、連続する破裂音がした。
「言い残すことはあるか?」
「……」
静寂の後、俺は足を引っ張られた。
そしてようやく、頭に覆いかぶさっていたものが取れた。
俺は見上げると、そこには鬼の顔があった。赤い血が口から流れていた。その血は俺の頭へとつながっている。
「えっ?」
「そうだよ。お前は鬼に食われかけたのさ」
声がする方向を見ると、一枚布を体にまとった、ロン毛の男が立っていた。
どことなく顔の輪郭にはおぼえがあった。
「助けなくても良かったんだがな」
俺は立ち上がった。
「もしかして日向さん?」
ポンチョから左手を上げた。
それは人の腕ではなく、マシンガンか何か、むき出しの銃器だった。
「えっ、そ、その腕……」
「ああ、これか。左腕は火狼に持ってかれた」
「火狼に? 腕を」
そうだ、日向さんは井村さんと火狼が襲ってきたところで、一人残って戦ったのだ。その時に……
「面倒だから、一度に話してやるよ」
日向さんが話し始めた。
日向さんと俺の間にもう一人、鬼が横たわっている。
「ええっと、コレは……」
「……って、いきなり話の腰を折るなよ」
「さっきの降霊師だ」
「死んでいるんですか?」
「面倒くさい奴だな君は。折角俺が身の上話をしようとしたのに」
「そう言われても……」
日向さんは電話している。
「ああ、かんな君? 良かった…… 早く、救急車と警察を…… そう、影山のバイト先」
「なんでそれだけで通じるんですか。つーか、そもそも救急車呼ぶだけなら俺も出来ましたが」
「多分、鬼に憑かれている。そのままでは病院に連れて行っても何も対処出来ないだろう」
「そ、それなんですけど」
「鬼はこういう盛り場のような場所には集まる習性がある。コブトリ爺さんの話は知っているかな?」
「コブトリ爺さんの話はしっています。そう言えば鬼が宴会をしていましたね。けど、人の宴会にあつまってくるんですか?」
日向さんは目をつぶってうなずいた。
「そんなもんなんですか?」
「昔話は全部がウソ、というわけでもないんだよ。ある程度想像がつく範囲で作っているんだからね。話の中に、いくつか事実があるわけだ」
「なるほど」
「人と鬼の距離も今ほどは離れてなかった。人数の違いもな」
「ただ、その後、人数を増やしていったのは人で、鬼は人ほど増えなかった。だからこうやってたまに出会うだけになってしまったのさ」
「へぇ……」
日向さんが片目を少し開け、俺の表情を確認したように見えた。
「信じるのか?」
「えっ? もしかしてウソなんですか?」
「いや、ウソじゃないけど」
俺は日向さんの表情をじっと見つめた。
「……とにかく、そういう訳だ」
良く分からなかったが、取り敢えず俺は頷いた。
日向さんは腕を組み、目を見開いた。
「じゃ、俺の話をしていいか?」
「どうしても話したいみたいですね」
「ものすごい痛みを伴ったからな。話して元を取りたいのかもしれないな」
その目はどこか遠くを見ていた。おそらく、途方もない苦労があったに違いない。
「お前たちと別れた後……」
日向さんは火狼に腕をもがれながらも倒すところまでを話した。
「……泣いてくれるのか」
俺は井村さんが死んだと確信して、泣いていた。わざわざ否定すると日向さんの気分を害してしまうだろう。真実は言わないでいた。
「俺は腕の処置が終わった後、すぐにヨーロッパに飛んだ」
そう言えば、この前冴島さんがパソコンで日向さんと話していたのは、ヨーロッパに居たからなのか。
「ヨーロッパには、銀の弾丸を発射する銃を扱え、かつ機械のように自在に動く腕の両方に長けた人物が居たからね」
「誰ですか?」
「もし君が知っていたら、逆にビックリするけど、どうだい? 知っているかい?」
なんで意地悪な質問をするんだ、と俺は思った。
「分かりません」
「その師匠は、西欧で、降霊や精霊、民間伝承とか、オカルトの研究をしている研究者でね。イオン・ドラキュラという名前なんだが」
「えっ?」
「ドラキュラとはいうものの、吸血鬼のドラキュラからは何世代か離れていて、もう純粋な吸血鬼ではないみたいだがね。ただ、まぁ…… 不老ではないが、ほぼ不死なんだ」
「不死……」
「老化する不死…… なんて誰も憧れないさ。不死は不老であるからこそ意味があるって、この師匠を見て実感したよ」
「ま、まぁ考えてみればそうかも知れませんね」
「実質、老化しているから、何日間も寝っぱなしなんだ。この腕を作ってもらうまでに物凄い時間がかかったんだ……」
日向さんはそこからずっと特注の腕を作って取り付けてもらうまでの苦労話(主に師匠が起きるのを見計らって仕事をしてもらった話)を続けた。
……もしかして、その苦労を聞いてもらいたかったのか。
俺はふと思い出した。その寝たきりの、降霊や精霊、民間伝承とか、オカルトの研究をしている研究者を聞いたことがある。
「その人、もしかして冴島さんも知り合いですか?」
「あ…… そうかもな。ヨーロッパ研修の時に会ったとか言ってた」
「ドラキュラ…… そりゃ、強い霊力もあるはずだ」
「なんだカゲヤマくん、結局知っていたのかな?」
日向さんは、ポン、と俺の肩を叩く。
「この前、冴島さんがその方にメッセージで問合せしてました」
「例の四聖人が何のためこの国にやってきたのか、ってかい?」
「おそらく」




