(27)
ドリンク一杯無料の方が痛手が大きい。
「ほら、良美もこうやってお願いしてるじゃん」
俺は、連中の組み合わせが良く分からなかった。確かに同じ大学の連中だが、接点がない。
それとさっきから一人、俺の死角にワザと入っている人物がいる。
「カゲヤマ、ほら、お客様お通しして」
先輩の年上バイトに言われ、俺は連中を席まで案内する。
「こちらの席でよろしいでしょうか?」
「席は良いけどさ、サービスはあるのかな?」
しつこいな、と言おうとした時、死角に入り切れなくなった人物が、俺の目の前に現れた。
「蘆屋さん!?」
蘆屋さんは手首だけを少し上げ、小さく手を振った。
なぜこの男女の取り合わせに蘆屋さんが入っているのだ。
「あっ、お前蘆屋さん知ってるの?」
蘆屋さんが周りに気付かれないよう、俺を睨みつける。
「えっと、一コマ同じ講義取ってて…… それだけ」
「初音今の本当?」
良美がそう言うと蘆屋さんは俺から視線をそらして、小さく細かくうなずく。
「そうね。顔はみたことあるわ」
「……ふぅん。じゃあさ、今度の合コンの時は影山君も呼ぼうか?」
蘆屋さんが良美の口を押える。
俺は、蘆屋さんの行動をどうこう言える立場ではないのだが、なぜか腹が立っていた。
「飲み物の注文だけいただけますか?」
「その前にさ。なんかサービスしてよ」
もううるさい。自棄だ。
「わかったから、ドリンクの注文先にして」
「何サービスしてくれんの?」
「黙れ」
俺が言うと、なぜか急に、そいつが萎縮してしまって、声が小さくなった。
「生…… 4つで」
なんだろう、全員が俺を怖がっているようだ。
「中ジョッキですか?」
連中は全員、首を縦に振った。
俺は生中を4つ端末に入れて決定した。
「お待ちください」
そう言って俺は大学の知り合いの席を離れた。
厨房にはいり、店長に交渉する。
「店長。すみません、大学の知り合いが来ちゃって……」
「なんかサービスしろってか」
俺は頭を下げた。
「そこで注文間違えで戻ってきた唐揚げあるからよ、それ持ってけよ」
「ありがとうございます!」
と言って俺が唐揚げを持っていこうとすると、バイトのリーダー格の男が俺の肩に手を置く。
スポーツをやっているようで、体格がすこぶるいい。男らしい、逆三角形の体つき。
「いきなりバイト入って知り合い呼ぶなんていい根性してんじゃねぇか」
殴られるか、後でシメられるか。あまりいい反応ではなかった。
「別に呼んだわけじゃないんだけど、偶々顔を見られてしまって」
「知らねぇよ。今日、店終わりに厨房で待ってるゼ」
うわぁ…… これはヤバいやつだ。
店長も店長だ。入ったばかりのバイトに、唐揚げを渡さなければ、俺がシメられることはなかったはず。
いや、店長を責めるのはおかしいな。とにかく、この唐揚げは俺がシメられるのと引き換えに手に入れた貴重な品だ。ありがたく頂いてもらおう。
生中と一緒に唐揚げを連中のテーブルに持っていく。
盛り上がっているテーブルに俺がジョッキを置こうとすると、ピタッと話声が止まった。
なんだろう、さっきから様子がおかしい。
しかし何か聞くわけにもいかないので、ジョッキを置き、唐揚げを置いた。
「これはサービスだから」
「……」
引きつった笑いが四つ、俺の方を見た。
いらないなら持って帰る、と言いかけたが、あまりにも大人げないのでその言葉は飲み込んだ。
俺がテーブルを離れるとき、蘆屋さんがスッと俺の後ろを追ってきた。
「?」
振り返ると、蘆屋さんが俺の袖を引っ張った。
「さっきの、あれ、みんなは気づいていないけど『鬼』が現れてたわよ」
「えっ? なんですか? 『鬼』って?」
「あなた、除霊士になるんでしょ? 『鬼』も分からないの」
かみくう村での件は確か『鬼』の件だった。経験がないわけではない。俺は知っているふりをした。
「知ってるよ」
「じゃあ、あなたの中にいる『鬼』はなんなのよ。問題無いのか説明しなさいよ」
「えっ……」
俺の中にいる『鬼』だって? 『鬼』に憑かれるようなことはしていない。『鬼』が入り込んでしまうような、そんな考え方はしていない。
「私を含めたみんな、あなたの中にある『鬼』に気付いて萎縮したのよ。ちょっと言葉を発しただけで威圧出来るっていうのは、普通の人間じゃないわ。権力を握った者、または握れるほど強い人間がまとうオーラなの。影山くんがその部類の人間だ、というのなら納得はするんだけど……」
そうじゃない、小物だ、ということか。
「悪いけど、明らかに不釣り合いだわ。強い呪術で降霊して付けたとしか思えない」
強い呪術で、降霊し、付いた『鬼』……
まさか、さやかが楽しみにしていたイベント。あの日、父親が描いていた魔法陣のようなものは、俺に……
「どうしたの?」
「さやか、がカレンダーにしるしをつけた日を楽しみにしていたんだ。俺は漠然と不安を持ってその日を見ていた」
「なんのこと?」
「GPAで俺の記憶をサーチしていた時の話さ」
蘆屋さんはあくびをした。
「あなたのそのくだらない話、まだ聞かなきゃならない?」
「蘆屋さんが聞いてきたんだろ? 俺に『鬼』が憑いているとか」
「はぁ? あんたなんかに『鬼』がつくわけないじゃない。憑いているのに平静でいられるとしたら、相当タフか、超鈍感な人間だけよ」
どこかで聞いたような話だった。タフか鈍感。だとすれば、俺はその両方なのかもしれない。
「なんであたしが『鬼』の話なんかするのよ」
「みんな怖がっていたんだろ?」
「みんなが? 何言っているの?」
何言っているの、はこっちのセリフだ。俺は言い返そうとしたが、あまりにも蘆屋さんのとぼけ方が自然なので、俺は蘆屋さんを連れてテーブルに戻った。
「ほら……」
みんなは、唐揚げにレモンを掛けるかどうかを議論していた。
「……」
「どこが萎縮しているのよ?」
「黙れよ」
さっきみんなが完全に沈黙した時の言葉をかけた。
聞こえたはずだが、みんなは唐揚げとレモンの関係の議論に夢中だ。




