(20)
橋口さんが蘆屋さんを制して言った。
「ほら、いいからやめなさい」
紫宮さんが前のめりになって、言った。
「……あの。お名前をお聞きしていませんが、あなたはカゲヤマくんの何なんですか?」
「!」
明らかに表情を変える蘆屋さん。橋口さんが抑える手に力が入る。
「同居人ですけど!」
俺は慌てて両手を手を振る。
「あっ、えっと、同居って誤解のないように説明しますけど、住んでた家が焼けちゃって、しかたなしに……」
「仕方なしだからって同じ部屋に若い男女が住むかしら?」
「えっと、寝るところは結界で分けられてて」
「黙れクソが!」
低い声で橋口さんが、そう言った。
皆が一斉に橋口さんを振り返る。
橋口さんの震える体から、オーラが立ち上るのが見えたような気がした。
「いいかしら?」
『はい』
と、三人の声がシンクロしたように重なった。
橋口さんは、ゆっくりと視線を紫宮さんに向け、言った。
「じゃあ聞きますね。紫宮がカゲヤマを居酒屋に誘った目的はなんですか?」
『!』
俺は橋口さんの言葉を聞いてすぐ、紫宮さんを見た。
紫宮さんは、少し頬が赤くなっているように思えた。
「面白い方だな、と。お話したいな、という感情からです」
「好意を寄せている?」
「その通りです。橋口さん、でしたかね。あなたは、そういうことはありませんか?」
橋口さんが口を開こうとした時、蘆屋さんが割り込んだ。
「好意ですって? カゲヤマに? 本気で相手にされる訳ないのに」
「なんですか、そのトゲのある言い方。まるでこっちは遊びで、自分が本命だと思っているみたいですけど、いつ逆転されてもおかしくない関係だと思いませんか?」
机をバン、と叩いて蘆屋さんが言う。
「逆転なんてしてないのに、逆転したみたいな言い方しないでください」
「結界で何もされないようにしてるなんて、カゲヤマさんが可哀そう」
「結婚もしていない男女なのだから、当然のことでしょう?」
「その考えが不自然なのよ。私が、カゲヤマさんに求められたら……」
そう言ってから紫宮さんは視線をそらし、手で自身の顔を扇いでいる。
「えっ」
と言った俺の方をちらっと睨んで、蘆屋さんが言う。
「紫宮さん? 適当に答えをはぐらかさないで。どうせその場になればあたしと同じ決断をくだすはずよ」
紫宮さんと蘆屋さんの肩に手をかけ、二人の間を開きながら、橋口さんが言う。
「やめなさい。ここで痴話げんかするのは。まあ、いいじゃない。好意をもつぐらい。けど、問題は時間よ。昨日出会ったばかりなんでしょう? 紫宮さん、はやすぎませんかね」
「……早くはないですよ。個人的なことですが、丁度、さみしい時期でしたし」
橋口さんも蘆屋さんも、はっとしたような表情を浮かべてから、すぐに普段の表情に戻した。
「紫宮さん、個人情報は必ず守るから、悪いんだケド、あなたの霊波、計測させてもらってもいいかしら」
「あのっ!」
何かが命令してきたかのように、俺は自分の意識に反して、そう言った。
「紫宮さんっ!」
続けてそう言うと、紫宮さんの両胸に手の平を当て、そのまま畳に押し倒していた。
馬乗りになると、俺は手を激しく動かしていた。
「痛いっ! カゲヤマさんやめて!」
「あっ、あのっ!」
今度は自分の意志でそう言った。
「ごめんなさい。何故かこんなことをしてしまっているんです」
「カゲヤマっ!」
そう言って蘆屋さんが俺の胸倉をつかむ。俺は反射的にかつ、意識に反して、蘆屋さんの手を強く払った。
「痛い!」
「ご、ごめんなさい。俺じゃないんだ!」
「!」
橋口さんが立ち上がって、トレンチコートの中からムチを取り出した。
輪の形のまま、ムチを俺の体にかざすと、何かを探すように動かし始める。
「早く気付くべきだった」
「痛い! カゲヤマさん」
胸がつぶれるほど強く触ってしまっているのだろう。紫宮さんの表情が苦痛で歪む。
「ごめんなさい」
ブルっとスマフォがバイブするように、橋口さんのムチが振動した。
「ここね」
橋口さんが、俺の背中のあたりに手を当てる。
「熱いっ! なにしたんですか!」
同時に、紫宮さんの胸を痛めつけていた手の動きが止まっていた。
「あんたを操っていたやつの髪の毛が燃えたのよ」
「髪の毛…… 操っていた…… 人形使いエリーの仕業?」
「まあ、間違いないわね。なぜ今操り始めたのか、それともずっと操られていたのか、それすら分からないけど」
「カゲヤマ、手を外して、そこを退きなさいよ」
「えっ?」
蘆屋さんに言われて、俺は自分のしている格好を見直した。
「あっ、す、すみません」
「私はいいのよ。求められるなら…… けど、本番の時はやさしくしてね」
「ほ、本番って」
俺は立ち上がってから、紫宮さんを引き起こした。
「ゆるさないっ!」
蘆屋さんが俺の前に来ると、頬を叩かれた。
「カゲヤマ帰るわよ」
俺の手を引っ張って、蘆屋さんが座敷の外に連れ出そうとする。
振り返って橋口さんの表情を確認する。
手の甲を俺に向け、掃うような仕草をした。
「あっ、カゲヤマさん……」
「あなたにはまだ質問が残ってるんだケド」
俺を追ってくる紫宮さんを橋口さんが捕まえようとする。
「カゲヤマさん待って」
紫宮さんは橋口さんが捕まえようとした手をするりと抜けて、靴を履き替える。
蘆屋さんに引かれるまま、俺もどんどん居酒屋の出口に向かっていく。
「待てっ!」
橋口さんがムチを振るう。
その先端が紫宮さんの足首にからみつく、かと思った瞬間、素早く蹴りだした足はムチをすり抜けてしまう。
「うそっ……」
蘆屋さんと俺が居酒屋を出ると蘆屋さんが立ち止まった。
「ねぇ、昼間の話ってこの女と会う話だったの?」
「えっと……」
「居酒屋のあと、どうするつもりだったの?」




