(2)
再び四人が怪しい、と言ったCAが手を上げる。
「この人は、本当、みたまんまだったわ」
『げー!』
「静かに!」
最後に全員の顔を確認して、言った。
「席を一番後ろに替わってもらったら、着陸態勢に入ってもらいます。着陸後もちゃんと見て、先に下ろさないように」
「はい」
「よろしい。ではあなたは私ときなさい」
四人が怪しい、と発言したCAと便のCA長が問題の四人のところへ向かった。
「すみません」
金髪の男がCA長に気付いたように目線を送ってくる。
「よろしければ、こちらでお話があるのですが」
金髪の男は窓際に座っていて、通路までの二席には無関係な乗客が座っている。
しばらく何か考えたようにCA長を眺めていると、突然立ち上がった。
「良いですよ。出来ればデートのお誘いとか、色っぽい話であるといいんですが」
「こちらにいらしてからお話させてください」
「……」
通路側の二人が席を立ち、金髪の男を通す。
「ご協力ありがとうございます」
誰も座っていない列に金髪の男を座らせると、その横にCA長が座る。
「空港から連絡が入りまして、お客様を出迎える方が少々大人数になっておりまして」
「出迎えが? 俺の?」
「そうです。そこで、ちょっと飛行機を降りる順番を変えさせていただきたいのですが」
「なら先に通して……」
「いえ。すみません。乗る前に分かっていればそれも可能だったのですが」
「一番後に降りろってことね」
「申し訳ありません」
「条件があるよ。あそこ」
金髪の男、ピートは機内奥にいるCAを指さした。
「あの娘が誘導してくれるならかまわないけど」
CA長はちらりと確認してから、やんわりと断る。
「可能な限りそうさせていただきますが、出来ない場合もあります」
「知ってるだろ? 俺だけじゃないんだぜ」
「はい」
「交渉を俺がやってやる。あのCAに担当させろ」
「……」
CA長は、四人が怪しいと発言したCAに無言で合図する。そのCAは分かったらしく、金髪男が指名したCAに話をしに向かう。
「わかってるじゃん」
そう言うと金髪男はシートのリクライニングを最大限後ろにし、腕を頭の後ろにくんだ。
「ピート様。三人もこちらのシートに移動していただけるよう、お願いします」
「だから、あのCAが……」
「宜しくお願い致します」
金髪の男が指名したCAがそう言った。
金髪の男は、驚いた顔、指名したCAの後ろに立っているCAに視線を送った。
「どういう交渉をしたの?」
「企業秘密です」
「……」
男は一拍おいてから、笑った。
金髪の男、ピートは約束通り、エリー、トーマス、エリックの三人を最後部の座席に移動させた。
そして自らの隣の席には、お気に入りのCAを座らせて話し込んでいた。
飛行機が着陸すると、四人を残し、乗客がすべて下りるのを待ってから、四人を空港内に案内した。
VIP用の特別通路へのドアが開く。
教会の大物の登場、と大勢の人間が息を呑む。
開いた奥には、ピート、エリー、トーマス、エリックの四人が真横に並んで立っていた。
後ろからの照明が明るく、映画やドラマの演出のように、出迎えの人間から四人はシルエットとして見える。
まず、一番背の高いトーマスが、オートドアをくぐるようにしてフロアに入る。
パッ、と小さい拍手がすると、連鎖するように拍手が始まってたちまち大きな音にフロアが包まれる。最後にエリックが入ると、オートドアが閉まった。
後ろからの照明がなくなったせいで、全員の姿がはっきりと見えるようになる。
スッとトーマスが腕を振り上げると、高い天井に手が届くのでは、とその場にいた全員が思った。
その手は開かれ、そして閉じた。
何を感じたのか、歓迎の拍手がピタリと止んだ。
トーマスはゆっくりと腕を降ろし、うしろに組んだ。
「歓迎ありがとう。我々は……」
少し考えるように言葉を止めた。
「我々の信徒を増やす為、この国にやってきました。ご協力が必要になるかと思いますが、よろしくお願いします」
待っていた司教たちは、一部の者を除いてその発言が理解できなかった。
トーマスは母国語で話しており、その場に居た誰もが通訳できなかったのだ。
一部、トーマスと同じ言語圏で育った者がいて、言葉を直接理解できた者がいたが、それをこの国の言葉で伝えるには知識が足らなかった。
静寂が終わり、再び拍手が始まった。それを見て、ピートが言った。
「おい、トーマス。こいつら分かってやがるのか?」
トーマスは表情も変えずに話を返した。
「お前はどう思うエリック?」
「どうでもいい」
エリックはニヤリと笑った。
頭の後ろで腕を組んだピートが言う。
「こいつら、わかってないと思うぜ」
「その通りね。分かっているとしたら、内容がつまらないことぐらいかしら」
「エリーもよく言うぜ」
「いいかエリー。さっきは、つまらない内容を言わなきゃならん場面だ」
「いいから、もう行こうぜ退屈過ぎる」
そう言って、エリックが大股で歩き始めた。
大勢の歓迎の人々が、サッと直線状に通路を空けた。
ピート、エリーと続き、トーマスは手を振りながら最後尾をゆっくりと歩き始めた。
四人は空港に迎えに来ていたリムジンに乗り込む。
金髪のピートがタブレットを取り出すと、何やら簡単な設定を行い、タブレットで通信を始めた。
「現地のエージェントと合流しました」
タブレットに映る表情は静止画らしく、顔の表情は変わらない。
「そのようだな」
と、タブレットから声が流れた。奪うようにしてエリーがタブレット取ると、それに向かって文句を言う。
「小さい国。秒で嫌になった。こんなところに四人もくる必要あったのかしら」
「……時が来れば分かるだろう」
エリーはタブレットを放り投げると、一番の大男のトーマスが慌てて受ける。
「時が来れば? 四人必要なのは、カゲヤマ、の為ですか?」
「……」
大きい体のトーマスが、心配そうな表情を浮かべる。
短髪の男は、眉毛を引っ張りながら奇妙な形にカールさせて遊んでいる。
「大丈夫だトーマス。俺が撃ち抜いて終わりさ。カゲヤマの百メートル以内に近づく必要もない」
「はっはっはっ。エリックは余裕そうだな。期待しているぞ。では通信を切断する」
タブレットの画像が消え、『Disconnect』と表示された。
トーマスがタブレットをピートに戻すと、言った。