(19)
まえがきに書いていいことなのかわかりませんが。
本年もよろしくお願いいたします。
横になったまま、俺はその様子をみていた。
そして思い出す…… 急に突き出された包丁を、避けることも出来ず胸に受けてしまった。
俺は包丁が刺さっていないか、胸を触って確認する。そこに包丁はない。シャツが乾いた血でガサガサしているだけだった。
「待って待って、俺胸を刺された…… 刺されたんだけど! 警察の人! 救急車を呼んでくれ」
「大声出さなくても聞こえてるんだケド」
「!」
すぐ横に、橋口さんが座っていた。
いつものトレンチコートを着て、座ってウーロン茶を飲んでいる。
「は、橋口さん」
「その調子だと、記憶がなくなっているわね」
「どうして?」
「たまたま警察協力している時にここの事件が発生したのよ。異常に霊圧が高いからびっくりしてきてみればあんたの事件だったってわけだケド」
橋口さんが座り直した。少しずらしたふとももの間に、つい視線がいってしまう。
「目撃者の証言は集めてるんだけど、今市通したものがないの。知っていることを教えて」
俺はたまたま居酒屋に来ていて、事件に巻き込まれたことを説明した。
「……何も。何も感じないわね」
橋口さんはまた座り直した。その動きの一瞬を、俺はまたみてしまった。
「じゃあ、誰と来たの?」
「えっ、それは事件とは……」
「あっ……」
橋口さんが急に自らの両胸に触れ、エロい声をあげた、ように思えた。
「そ…… そこ。そこそこ。きっと、そこがポイントなのよ」
「ど、どうしてそんな声だすんですか」
「いいじゃない別に」
「プライベートな部分だから話せませんよ」
「……じゃあ、その前。その前に何かなかった?」
俺はエリーという人形使いを見かけて、追いかけ、式神を放ったことを話した。
「ふうん…… そっちもなんかあるわね」
橋口さんは立ち上がって、俺の近くに寄ってきた。
頭のてっぺんから、足のさきまで見て、頭の方に戻ってくる。
俺はまた邪な気持ちが働いて、橋口さんのスカートの中を見ようとしてしまう。
「うーーーん」
横になっている俺を見下ろしながら、顎に手を当てて考え始めた。
橋口さんが、重心を右足から左足、左足から右足に移す度、俺は気になって隙間に視線を向けてしまう。
「やっぱり専門外のことは難しいわね…… ということで、誰にも話さないから誰と来たか」
「……なぜそれを」
橋口さんが俺の胸のあたりにのしかかって、俺の首を絞めた。
「そっちこそなんでこだわるの!」
「く、苦しいです」
いや、苦しいのは、どちらかというと、のしかかられている胸のほうだった。体は小さいけれど出ているところは出ているせいか、結構重い。
「話す?」
「は、話しますよ。他の誰にも言わないでくださいね」
橋口さんが、俺の腰のしたの方へどき、締めていた首を引っ張って引き起こした。
俺の上体が起き上がると、橋口さんの顔に急接近した。
「あっ、あのっ……」
俺の中の色々と敏感なところが一斉に刺激された。
「あっ! へんなとこたてるな」
橋口さんが飛び退くと、俺は正座をしてうつむいた。
「で? なんでここの居酒屋に来た?」
「えっと、この駅の近所に廃ビルのような建物があって、そこの調査に来たんです」
「ああ、トウデクアの拠点探しの話?」
「そうです。そのビルでちょっと知り合いになった女性と仲良くなりまして、今日、ここで飲もうということに……」
「なにそれ、いつ知り合ったの?」
「昨日」
「昨日の今日!」
橋口さんは俺を指差して非難するような目で見た。
「決まりね。その娘よ。トウデクアのアジトみたいなところで知り合ったんでしょ? 怪しいと思わないの?」
「けど、彼女は俺の言った通りさっさと逃げました。襲われたのはその後ですし」
「逆よ。ことが始まった時にはいた訳でしょ」
「……」
と、スーツを着た男性が座敷の入り口にやってきた。
「何?」
「お弟子さんだ、という方と、もう一人の女性がこちらをのぞき込んでいたので、連れてきたのですが、話しをお聞きになりますか?」
「弟子? それ蘆屋って娘じゃない?」
スーツの男性はうなずく。
「もう一人は?」
「紫宮あおい、と名乗っています」
「紫宮さん!」
言ってしまってから、慌てて口を手で押さえたが、橋口さんは俺を指差して言った。
「二人とも関係者よ。座敷に上げて」
「はい」
スーツの男が下がると、蘆屋さん、続いて紫宮さんが靴を脱いで入ってきた。
蘆屋さんはいきなり近づいてくると、俺の正面に座った。
「あんたあのビルのある街にくるなら……」
視線が俺の胸のあたりに向けられた。
「カゲヤマ、ちょっと! それ、大丈夫なの?」
蘆屋さんは俺のシャツを開けて胸を見た。
「えっ……」
傷一つない様子に驚いて、蘆屋さんは手を放してしまった。
紫宮さんが入ってきて、近くに座った。
俺はしずかにシャツのボタンを留め直した。
「さて。ちょっと話を聞こうかしら」
橋口さんは紫宮さんの方を見てそう言った。
俺は橋口さんを、蘆屋さんは俺を見ている。紫宮さんは、戸惑ったような表情で俺を見る。
「えっと、カゲヤマさん、この方ご紹介いただけますか?」
「公認除霊士の橋口さんです。霊的事件の時に、警察のサポートをするんです。橋口さん、こちらは紫宮あおいさんです」
蘆屋さんが割り込んできた。
「で?」
「……でって?」
蘆屋さんが目を細めて嫌味ったらしく言葉を発した。
「カゲヤマと紫宮さんとのご関係についての説明がありませんでしたが?」
俺は答える。
「友達です」
「友達!? 男と女で居酒屋に飲みに来るのは友達ですか? そりゃ、今は友達かも知れませんけどねぇ」




