(18)
「記憶喪失してるんでしょ?」
「そこの記憶はあるんですよ。だからここじゃないのは間違いないんですが」
「既視感ってやつね」
「なんですかそれ?」
「聞いたことぐらいあるんじゃない? 見たことないはずなのに、見たような気になることよ。それって、関連付けられた記憶が思い出せないからもやっとして、見たんじゃないかと錯覚するらしいわよ」
「何か思い出せてない…… ですか」
それなら俺の今の状態にぴったりくる。たぶん全部明確に思い出せれば、ここではない、ということがはっきりするはずなのだ。
思い出そうと必死にあたりを見ていると、急に寒気がした。
まずい。何かわからないが、良くないことが起こる。
「!」
その時、女性が叫ぶ声が聞こえた。
居酒屋の喧噪の中では、それは大したことではなかった。
だが、もう一つ、野太い声が聞こえてくると、状況は一変した。
「早く警察を呼べ! 店長が!」
俺は両手のひらを見つめた。
ブルブルと震えている。
「これだ……」
そうだ。この座敷の光景。手のひらの包帯を取って、完全に治っている手を見た時の驚き。そして冴島さんとの出会い。バイトしていた居酒屋で感じた空気…… 雰囲気…… 何か共通する部分があるのだ。
「何かあったのかしら」
紫宮さんが飲み物を置いて、立ち上がって店内の様子を見る。
店内の喧噪は、不測の事態を見極めるための情報に変わる。
「やばくね」「血だらけの包丁もった男が」「逃げよう」「逃げなきゃ」…… 「会計!」「いいよ、逃げようよ会計してたら殺されちゃう」「まじか」……
次々出口に殺到する客の流れをみていた紫宮さんが、俺を振り返る。
「……カゲヤマくん、どうしたの? 手を見つめて」
「あの時、俺が感じた何かって……」
「?」
俺は立ち上がって、紫宮さんを通り過ぎると、靴を履いた。
「強い霊を憑けた人が、暴走した。そうか…… あの時もきっと」
座敷で呆然と立ち尽くしている紫宮さんが言う。
「何言ってるのカゲヤマくん」
振り返ると、出口を指差す。
「安全な場所に逃げてください」
「……って、カゲヤマくんは?」
「俺は除霊士見習いなんで」
「そ、そうなんだ。初めて聞いた」
「飲みは、また今度」
「……」
「早く逃げて」
紫宮さんはうなずくと、靴を履いて他の客の後を追って店を出て行った。
あの時は俺も訳わからなくなっていたが、今の俺なら……
俺は人のいなくなった店の奥側を見つめた。
厨房に問題の男を見つけた。
あの時と同じように両手に刃物を持って振りかざしている。
するすると厨房に近づいていくと、床に倒れている人がいた。
「大丈夫ですか」
「うう……」
意識はあるようだった。
俺は逃げかけていた店員を一人引き止め、その人のことを頼んだ。
「わかりました、あの、それより……」
奥に女性が残っているという。その人を助けてくれ、ということだった。
俺は厨房に入り、体を低くして刃物を持った男に近づく。
「!」
物音は立てていないつもりだったが、いきなり気付かれた。
『なんだお前は……』
男の声ははっきりとわかる言葉と、唸り声のような雑音が交じり合っていた。
人差し指を伸ばし、親指を立てて銃のように構えると言った。
『霊弾を使うのか…… 待て、ちょっと待て』
包丁を俺の方に向けた。
『お前、同じ悪魔じゃないか』
「俺が悪魔だって?」
男は両手を広げて、首を傾げた。
『……表現が違うのか? 幽霊、か? お前らの言葉は分からん』
「いいから、包丁を捨てろ」
『……やる気なら撃てよ。それがルールだろ』
男は俺を無視して、あたりを見回した。
『いたいた……』
厨房の隅で、甲高い女性の声が聞こえた。
聞き覚えのある女性の声。女性は、その場所で立ち上がった。
「由恵ちゃん!」
以前働いていた時のバイト仲間の由恵ちゃんだった。なんでこんなところで働いている?
疑問が湧き上がると同時に、そのバイト先で店長が暴れた時の記憶が蘇ってきた。
店長に襲いかかられ手を貫かれた後、まったく記憶がなくなった、あの時。
あの時もまさに今のような状況だった。
俺は調理台を飛び越えて由恵ちゃんの前に立った。
『なんだ邪魔すんのか』
何か強い霊に支配されている人を、霊弾で撃ち抜いても大丈夫なのだろうか。
純粋な霊体を撃ったことはあったが、降霊された人を撃ったことはなかった。
俺はGLPをクルクルと操作して『助逃壁』を選択した。間髪入れずにその竜頭を押し込む。
光り輝く壁が広がり、男の方へ進んでいく。男の体はその光の壁に押されるように後ろに下がっていく。
人間の体なら何の問題もなくすり抜けるが、霊体はこの光の壁を通れない。光の壁はさらに大きくなりながら進んでいく。
『ククッ……』
同時に、うなり声のような男の声が聞こえた。
すると、男の体は『助逃壁』の光の壁をすり抜けた。
「まさか……」
すり抜けたのだとすれば、体から霊体が抜けたことになる。
進んでいく『助逃壁』が厨房の壁をすり抜けて去っていくと、俺は気づいた。
『気付くのが遅いよ』
男の後ろに、押し出された『ところてん』のように細長いひも状になった霊体が伸びていた。
そしてその『ところてん』のような霊体が再び男の体に収まった。
「!」
俺の胸骨の隙間に、男の包丁が縦に並んで刺さっていた。
まじか…… 心臓を…… 貫かれて…… しまった……
何も見えなく、何も聞こえなくなった。
気がついた時、俺は居酒屋の座敷に寝かされていた。
警察が入って、あちこち写真にとったり、一人一人話を聞いたりしている。
あとがきにこんなことを書くものなのかわかりませんが…… 大晦日なので。
今年の投稿はこれで終わりです。
ありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。




