(17)
振り返ったら、こっちの表情を読まれてしまうような気がした。
『そのつもりです』
『行ってらっしゃい』
『行ってきます』
これだけの会話の後、学食での行動が怪しかったからついて行く、とか、断りなさい、とか言ってこなかった。怪しいとは言っていたが、結局お金の話なんだ、と思ってくれたのだろう。そうでなければ、どこへ行くんだとか、誰と行くんだとか根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。
そんなことを思っているうちに、例の駅についた。
俺はスマフォで時間を確認すると、少し早いと思った。かと言って昨日行ったカフェに入ると…… 金がかかる。
何か金を掛けずに時間をつぶす方法を考えなければならない。
そんなことを考えながらも、結局カフェに足を運んでいた。
入るか、入らないか悩んでいる時、駅方向に歩いている人影が目についた。
あれっ……
その人影は、なんどか接触しているエリーという外国人だった。
俺はカフェに入るかどうかの問題を一旦保留し、何気ない感じを装って駅方向に歩き始めた。
何人かの人の間を縫うように抜けると、エリーの後ろ姿が確認できた。
またここで会った。あいつは、そもそもなんでこんなところにいるんだ……
紫宮さんと同じように勤め先でもあるのだろうか。それとも、宿泊先がここの近所だとか。とにかく、ここで見かけるのなら、ここで張っていればエリーの行動、目的を調べられるかもしれない。俺はそんなことを考えながら、エリーの後をついて行く。
駅ビルの中のデパートに入り、ディスプレイされている服の前で立ち止まる。振り返られたらマズイ。俺は自然なふりをして、別の店舗のエリアに入る。
そして、その店のマネキンの隙間から、エリーの様子を確認する。
「お客様? お連れの方をお探しでしょうか?」
「えっ?」
まさかの声かけに、俺は声を出して反応してしまった。
「えっと、自分で着るのを」
「……」
店員が一瞬、引いたような表情をした。何か様子が変だった。
「(大丈夫です。そういうご趣味の方もよくお見えになりますから)」
俺は視野の隅で、エリーを追うことをいったん忘れ、冷静に回りを見た。
俺のいるこの場所は…… 女性ものの下着売り場だった。
「あっ…… っとそいういう趣味では」
「(いいんですよ。ビックサイズのご用意もありますから)」
俺は店員と目が合わせられなくなって、手を振り続けながら店舗エリアを抜けた。
そして、エリーが立ち止まっていたあたりに目をやる。
いない……
こっちに気付いたか、気付かれてはいないが単に見失ったか。どちらにせよもうこれ以上の追跡は困難だった。
俺はトイレに走った。
トイレの個室に入り、紙に走り書きをする。人差し指と中指を伸ばして沿わせ、口元で念を込める。走り書きをした紙に指を触れると、紙が俺と同じ姿に変わる。
この前のビルと同じことをするのだ。
この式神がデコイとなって、エリーを探す。探せなくとも、逆にエリーの目に留まる。そうなればエリーがまたなにか仕掛けてくるはずだ。
どちらの結果となっても、それらの様子は、エリーの隠れ家や、入国の目的を知る為のヒントになるだろう。
トイレの中の音が静かになったのを見計らって扉を開けて式神を出す。
そして間を開けて俺も外に出た。
「!」
誰もいない、と思っていた男子トイレで式神と俺がトイレの個室から出てくるところ見られてしまった。
驚いたような表情の若者。
何か良い言い訳はないか……
「えっと、俺たち双子……」
言いかけて止めた。いや、双子だから同じ個室に二人で入るのか、というとそれは違う。
見られたことは忘れよう。
俺は手を洗うと逃げるようにその場を去った。
その後はエリーを見かけることもなく、俺は目的の居酒屋がなかなか見つけられなかったせいで、結局カフェによる時間はなかった。
ようやく居酒屋の場所を見つけた時、後ろから声を掛けられた。
「今来たの?」
振り返ると、紫宮さんだった。
「あ、良かった。この居酒屋で良いんですよね」
俺の表情を見てなのか、紫宮さんは笑い出した。
GLPを軽く抑える。明らかにこの腕時計型の機械は俺に何かを知らせようとしている。
「どうしたのそんなに焦って」
「いえ、なかなか居酒屋が見つけられなくて」
「小さい街だけど、この地下部分は複雑だからね。そんなに迷うなら、私がもっと説明しておけばよかった」
俺は手を振ってそんなことはない、と強調した。
「さ、はいりましょう」
紫宮さんと俺は居酒屋に入った。
威勢のいい挨拶が聞こえる。学生とか、若い人向けの低価格の居酒屋だった。
案内されたのは座敷部屋だった。
「椅子の方が良かったですか?」
「こっちでいいよ」
紫宮さんは靴を脱いで座敷に上がる。パンツなのでどっちでもいい、ということなのだろうか。
「足は崩させてもらうけど」
「もちろん」
お互い飲み物を頼んで、一緒にメニューを見ながら待った。
酒がくると、とりあえず注文をし、店員が離れたところで乾杯、となった。
「お疲れ様? っての変ね」
「二人の出会いに乾杯、というのは」
「キザすぎ。そんなたいそうな出会いじゃないじゃん」
「これからよろしく、の乾杯で」
「……ま、いっか。これからもよろしく。乾杯」
「乾杯」
そう言って、酒を飲み始めた。
あたりさわりのない世間話から、通っていた学校や、出身地の話をした。
残念ながら俺には、その手の記憶がないことも話した。
「こんなこと言ったら悪いけど、私、記憶喪失の人と初めて会ったよ。そんなのドラマだけだと思ってた」
「自分も同じように思ってました」
しばらく食べて、飲んでいると、初めて来たはずのこの場所が、見覚えのある場所のように感じた。
「?」
紫宮さんが俺をじっと見ている。
「どうした? カゲヤマくん?」
「えっ、なんのことですか?」
「君、さっきからここを確認するようにじろじろ見てる」
紫宮さんは座敷の周りを指差す。
「あっ、なんか自分がバイトしていた居酒屋に似てるな、って」
「えっ、ここで働いてたの?」
「いや、絶対ここじゃないんですよ。だって場所分からなかったじゃないですか」




