(16)
「学食の定食は一週間、栄養のバランスを考えて作ってるみたいだよ」
「けど揚げ物ばっかり」
俺はその揚げ物を、いままさに口にほおばっていた。
「いいひゃないでひゅか」
「口にモノを入れているときにはしゃべらないの」
口の中のものを飲み込んでから言った。
「ごめん」
その時、ポケットの中のスマフォが振動した。
俺は慌てて確認する。
紫宮さんからだった。
「ほら、食事中にスマフォ見ないの」
「ごめん……」
と、謝りながらも文面を読んでいた。『その時間は外出れないな…… 会社終わってから居酒屋とかは、どう?』そんな、と俺は思った。コーヒー一杯と思っていた金額が、どんどん増えていく。その逆に減っていく財布の中身を考えながらも、苦渋の決断をした。『いいですよ』そして目の前の食事を後悔した。
「……定食にするんじゃなかった」
ああ、バイト代が入るまでのこれから二週間、俺は何を食えばいいのか。
「だから、食事中にスマフォは…… って、定食食べきれないの? それとも体の具合でも悪いの?」
「いえ、違います。懐具合が悪いだけ」
「あっ、また無駄づかいしたのね。じゃあ、昨日だって、実は外に食べになんか行けなかったんじゃないの?」
いや、ちょっと前まではなんとかなる予定だったんですが…… と心の中では思っていた。今日、紫宮さんと会って、一緒にいく居酒屋の代金をおごったら、一万は飛ぶだろう。
「いえ、まだこれからの話なんですが」
「どういうことよ、これからのことって?」
「あっ、いえ」
と言ってから、俺はつい癖で手で口を押さえてしまった。
蘆屋さんは何か感づいたように目を細めて俺をじっと見る。
「なんか怪しいわね……」
「いやいや、何でもないです」
「……」
俺はこの先のことを考えた。今日の最後の授業は蘆屋さんと同じ授業だ。この警戒された状態で、蘆屋さんに気付かれないように、紫宮さんの勤め先に行けるだろうか。
薄暗い部屋に、黒いスーツの男がいた。
椅子に座っていて、身長は分からなかったが、椅子から上がっていく太ももの角度や、膝で折れ曲がって床まで伸びるひざ下の長さからすれば、二メートル近いだろう、と予想された。
シャツは黒に近い濃紺で、ネクタイがキラキラと輝くようなメタリックブルーだった。
膝に肘をつき、両手の平に顎を乗せていた。
「人形使い…… か」
ぼそり、とつぶやくように言った。
暗い部屋の中には、もう一人、女性がいた。
「おそらく、死人使いだと思われます」
前髪はまゆのうえあたりで切り揃えられていて、童顔でまる顔だった。後ろ髪は後ろでひとまとめにされていて、清潔感があった。ナチュラルテイストの素材を生かしたシャツとシンプルなスカート。どこかの森を散歩でもしてくるかのような恰好だった。
「なぜそう言える?」
男は顔を動かさず、目だけを動かして女の方を見た。
「まとっている匂いです」
男は目線を床に落とす。
「ふん…… まあいい。もし死人使いの目的が俺たちと同じだったらどうするんだ」
女は困ったような顔をした。
「私では無理です。火狼さまにに対処していただかないと」
「ターゲットとの接触もいいが、そいつらの目的も調べるんだ」
「はい」
男は返事を聞くと、目を閉じた。
「ターゲットとの接触は、今日なのか?」
「そうです」
そう言う、女の体が微かに震えた。
男は目を閉じたままだったが、震えを感じ取ったようだった。
「こっちにこい」
女はそっと男に近づいていく。
目を閉じたままの男の前に立つと、上から順にボタンをはずし、シャツを机に投げた。
スカートも、下着も、順番に机に放り投げた。
男の前に、裸のまま立ち尽くしている。そして、女性は目を閉じた。
暗い部屋のなかで、その白い肌は輝いているように見えた。
男がゆっくり目を開ける。両手を女の方に伸ばすと、グイッと音がするほど力ずよく引き寄せた。
「間違いなくやってこい」
男がそういうと、長い舌をだして女の肌の上を這わせ始めた。
ところどころ、スイッチがあるかのように、女は反応する。
しばらくして、女が膝をついてしゃがみこんでしまった。
男は伸びをするように両手を上に伸ばし、あくびをした。
「お前の力が頼りだ。仇を討つためにも、かならずやり遂げてくれ」
「……はい」
女はそう言うと立ち上がって、机の上に投げた衣類を、再び身に着け始めた。
俺は一人で電車に乗っていた。
しかも家に帰る方向ではなく、紫宮さんと会うために昨日のビルのある駅へ向かっている。
おかしい。
俺はここに来るまでの事を思い出していた。いつもなら、ついてくるはずの芦屋さんがあんなに簡単に俺の言うことを信じるのだろうか。
授業が終わり、蘆屋さんはまだノート類を片付けているところだった。
『あのさ。俺、ちょっと友達と夕飯食べて帰るから』
『ん? どういうこと?』
『外で夕飯を食べて帰るから』
俺がそう言うと、蘆屋さんは自分の荷物の片付けに戻った。
『別にあんたは勝手にすればいいじゃない』
『……』
学食で俺の行動を疑っていた感じだったが、もう忘れてしまったんだろうか。
『けど、あんたお金あるの? 学食で頭抱えてたじゃない』
あれ? そのことは覚えているのか。
『いや、まぁ、その』
『まあ、あんたの勝手だけど。月末に困っても、あたしはお金は貸さないわよ』
『はい。わかってます』
『それならいいけど』
話しているうちにも生徒は帰っていき、教室に残っているのは俺と蘆屋さんだけになった。
『じゃあ、ここで』
そう言って教室を去ろうとした。
『待って』
背中ごしにその言葉を聞いて、俺は凍り付いたように立ち止まった。
『は…… い』
何かを確認しているのか、ゆっくりと間をおいてから蘆屋さんが言った。
『あたしが寝る前には帰ってるんでしょうね?』
俺は敢えて振り返らなかった。




