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誰か、出てくる。
俺は身構えた。
『どれだけ邪魔するんだ』
音としては、意味不明の外国語が聞こえてくる。が、同時にそういう意味が頭に入ってくる。
「誰だ!」
開いたハッチから手が出て、ゆっくりと頭が上がってくる。
耳にネジがささっているか、額に縫い跡があれば『フランケンシュタイン』と言ってしまうような、大きな顔の男が出てきた。
それはトーマス・エリックだった。
『お前を倒すまで、屋敷は攻略できないということのようだな』
大きな体が戦車の砲塔から抜け出ないようだった。
俺は指先で慎重に狙って、霊弾を撃つ。
体が出きっていないトーマスは片手で俺の零弾に拳をぶつけた。
『馬鹿にするな!』
霊弾が弾き返され、俺の方に向かってくる。
「うそ……」
俺は何が起こったのか信じられずに、霊弾を手で受けてしまった。
俺の手の平のなかにスッと消えていく霊光。
戦車を見ると、砲塔にトーマスの姿はなかった。
『直接お前を殺ってやる』
戦車の前にトーマスが立っていた。両の拳を握りしめ、俺を睨みつけた。
奴はオーラをまとっているのだろうか。陽炎のようにトーマスの姿が震えて見えた。
冴島さんが言う。
「今の、見た?」
「ええ…… かげろうのようでした」
「あいつ、普通じゃないわ」
俺は冴島さんを屋敷の方へ押し戻した。
「影山くん、もしかして一人で戦う気? 待っててよ、かんな達呼んでくる」
冴島さんは走って屋敷に帰っていった。
トーマスは、一歩一歩、ゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
時折、空気が歪んで姿がブレて見える。
『分かるぞ。やられないように頑張って、他の連中の応援を待つつもりだろう…… だが、そんな間は与えない』
ゆっくりと踏み出した足が、地面についた気がした時、トーマスの姿が見えなくなった。
そして次の瞬間、体の正面に受けた衝撃と、屋敷の壁に背中を打ちつけた痛みが同時に襲った。
「はっ……」
息を吸おうとした瞬間、胸に衝撃的な痛みが走る。ろくに息を吸うこともできない。
俺がさっきまでたっていた位置を見ると、そこにトーマスが立っている。
必死に頭を働かせてだした結論はこうだった…… 見えないほど速く走って、俺に体当たりした。
ぶつかって受けた衝撃と、吹き飛ばされて背中を打った痛みで、今、俺は動けなくなっている。
『今ので普通の人間なら死んでるはずだが……』
意味不明な外国語がつぶやかれると、俺の方にまた一歩、一歩とゆっくり歩きだした。
同じ調子なら、また目に見えないほど加速して、とどめを刺すために体をぶつけてくるだろう。
と、パンパン、と窓ガラスを叩く音が聞こえた。
「(影山くん!)」
冴島さんが窓から何か言っている。口に手を当ててから、俺に手の平を向け、横に動かす。何か命令をいれるか、それを解除する時のような仕草……
トーマスは、何か力をためるかのように空気をゆがめながら、一歩、一歩とゆっくり歩いている。そして、踏み出した足が着地するかという瞬間、姿が消えた。
ドン、と大きな衝撃音が、屋敷の外に響いた。
ある一か所を境に、土煙が逆方向になびいていた。一方の先に俺がいた。
全身が強い衝撃のせいでヒリヒリするように痛い。
膝に手を置きながら、ゆっくりと立ち上がった。
逆方向の土煙の先に、トーマスが倒れていた。
ゆっくりと上半身だけが立ち上がる。
『何だ…… もしかして…… それはヴァンパイアの力?』
冴島さんが屋敷の中から、俺の命令を解除していたのだ。血を吸うことができない、つまりドラキュラ・ヴァンパイアの力を封印されていた俺の『しばり』を外したのだ。
小さく乾いた音がパキパキと響く。俺の体の骨が、肉体が回復して、その上、強化されていくのを感じる。
「そうだ。ドラキュラ・ヴァンパイアの力を解放したのさ」
トーマスは背後の木につかまりながら、よろよろと立ち上がる。左足が曲がらないようで、突っ張ったままだった。
俺は加速して、トーマスの腹に体当たりした。
再び倒れたトーマスに、俺は馬乗りに跨る。
「勝った」
そう思った俺は一瞬、トーマスから目を離した。
『どうかな?』
異国の言葉を話しながら、トーマスは何かを取り出していた。
そして俺の顔に炎が飛んだ。
「しまっ…… た!」
気が付いた時はトーマスの手元にある自動拳銃から、鉛の弾が飛び出していた。
鉛の弾はゆっくりと回転しながら俺の顔面を目掛けて飛んでくる。ドラキュラ・ヴァンパイアの力で、まるで時間がゆっくり進んでいるかのように見、聞き、動くことはできるが、この至近距離の弾丸を気付くのが遅れた状況から避けれるかは分からない。
俺はとにかく必死に首を動かしていた。
「戦車が盗まれたぁ?」
左に首を傾げ、肩と頬で携帯を挟みながら、日向亮は叫んでいた。
「なんで自衛隊の施設にそんな簡単に侵入されてるんだ」
『わかりませんよ! とにかく応援してください』
日向の声につられたように、相手の声も大きくなった。
「しかし、戦車を盗まれるなんて大事だぞ」
『素手の人間が侵入してきただけなので、調査の連中が油断していたってことらしいです」
「はぁ? 油断はするだろうが、素手の人間に戦車盗まれるって」
『しかも戦車に乗って盗まれたのではなく、男が担いで持って行ったという話です』
「……」
日向は急に騒ぎ立てるのやめ、静かな声で言った。
「容疑者はトーマス、トーマス・エリックだな」
日向はそういうと、捜査のためのいくつかの質問をした。
そして戦車のGPS信号を地図上に表示させると、車を走らせた。
「この方角…… 狙いはあの屋敷か」
日向はそう独り言を言うと、アクセルを踏み込んだ。
しばらく車を走らせ、火狼と戦った影山の屋敷の近くにくると車を止めた。
そしてもう一度戦車のGPS信号を確認した。
「まちがいない」
日向がしばらく歩くと、アスファルトを削り取るかのようなキャタピラーの音が聞こえてくる。
「トーマスは中に乗り込んだのか?」
いきなり路地を曲がってくる巨大な戦車に、日向は住宅の影に隠れて見送った。
今度は戦車を追いかけると、戦車は屋敷の門を正面からぶつかって、壊して中に入っていった。
「……無茶しやがる」
日向はとりあえず確認した事実を協力している警察組織に報告すると、戦車の後を追って屋敷に入った。
正面の門が壊れたせいなのか、背後から低級の霊がどんどん屋敷に向かって入り込んでくるのがわかる。
「まずいな」
戦車が壊した門の地面に、日向は赤いペイントのスプレーを使って、魔法陣を描いた。




