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「服を着なさい、服を!」
大声を出していると、扉がガチャリ、と開く。
「どうしたのかんな。大声出して」
冴島さんはそう言いながら入ってくる。
橋口さんが背中を向けたまま俺を指さす。
「こいつが裸で寝てやがって」
冴島さんは俺の恰好をゆっくり確認してから、背中を向けた。
「キャー」
うまく誤魔化したな、と俺は思った。
俺が裸で、その部屋の中に冴島さんがいたという状況が知られてはまずい。俺にはその正当な理由を答えることができないし、正当な理由を答えたとしても『命令を外した』ということを知られてしまう。
「ちょっと待ってください。服着ますから」
皆が、俺とは反対を向ている時、机の上に置いてあった紙が一枚、スルスルと動き出した。
それはクモのように足を複数出して床を這いまわった。
式神だ! 俺はとっさに冴島さんを見た。俺の視線に気付いたのか冴島さんは少し横を向き、口に人差し指を当てて、黙っているよう俺に促した。
見ているとクモの形をした式神は、床に散らばっている俺の服の端切れを集めていた。
端切れが残っていれば、俺の服が何故端切れになって部屋に散らばったか、疑問に思われてしまう。
……いや、俺も何故服が端切れになっているのか、理由が分からない。
突然、部屋が揺れ、揺れと同時に地響きが聞こえてくる。
キャタピラーのような何度も何度も地面を削り続けるような音だった。
「なに?」
「なんの揺れ? 変な音もするんだケド」
冴島さんと橋口さんが顔を見合わせた。
俺は言った。
「工事車両かなにかじゃないですか? キャタピラーの音に思えますけど」
「よくわかるわね」
「勘ですが」
再び激しい揺れが起こると、金属同士が削りあうように軋む音が聞こえてくる。
「近づいてくるわね」
冴島さんがそう言った時、ドン、と音がして再び部屋が激しく揺れた。
「工事車両じゃない、これって戦車じゃない!?」
俺たちは一斉に部屋の外にでて、廊下から外を眺めた。
音は門の方からこちらに近づいてくる。
突然、土がえぐれて土砂が飛び散り、土煙が上がった。
「撃ってきてる」
屋敷の扉の方から、三島さんと上戸さんがやってくる。
「何、あの戦車」
「上戸さん、戦車、見たんですか?」
「正面の扉を開ければ、真正面にこっちを狙ってる戦車が見えるわよ」
俺は三島さんと上戸さんとすれ違うように正面の扉に向かった。
外に出ると、戦車が見えた。
正面を狙っている砲から、火花と、黒煙が見えた。
「また撃った!?」
一直線に屋敷に向かう砲弾が、急に下方に捻じ曲げられて床に落ちた。
「結界?」
「……そうね。私たちが気付かないだけで、強い零場が形成されているのかも」
声に振り返ると、そこに冴島さんがいた。
「この雰囲気だと、至近距離から撃ち込むつもりね」
「止めましょう!」
俺は思わず飛び出して、戦車に向かって人差し指を伸ばして銃の形を作った。
意識を集中すると指先には霊光が光りだす。そして…… 撃った。
輝く零弾が甲板に当たるが…… 傷一つついていない。
「くそっ!」
「影山くん、無駄よ。あれだけの金属の塊を壊そうと思ったら、どれだけの霊力が必要かわからない」
「けど、このままじゃ屋敷が壊れてしまいます。屋敷が壊れたらまた『大災害』が……」
俺はGLPに手をかけた。
『助逃壁』を選ぶ。これは霊体を通さない光の壁が出来て、相手を霊体を遠ざけることができる。
「操縦者が霊体なら、これで止められるはず!」
何も考えずにGLPの竜頭を押し込む。
腕時計型の装置(GLP)から光の壁が大きくなりながら戦車に向かって進む。
光の壁がかかっても戦車は微動だにせず、進行を続ける。が、光の壁が戦車の途中で止まった。同時に戦車の進行も止まった。
「何か、霊体がいるってことだ」
おそらく、操縦席か砲手席、どちらかにいる霊体で『助逃壁』が引っかかって、止まっているのだ。
しばらくすると、再びキャタピラーが回転を始めた。
『助逃壁』と力比べでもするように激しく回る。
「まさか強硬突破するつもりじゃ」
「影山くん、このまま戦車自体がぶつかったら屋敷側が壊れるかも」
「……」
このまままともに動き出したら、衝突して屋敷が壊れてしまうかもしれない。
走行できないように何か……
俺は再び霊弾を戦車に向かって放った。
「影山くん、何やってるの!」
俺の霊弾は、戦車の金属で弾けて消えてしまう。
「キャタピラーです。戦車はあれを壊せば進めませんから」
俺は強く意識をして、大きく霊光をためてから霊弾を放つ。
「さっき言ったでしょう? あれだけの金属の塊を……」
もう一度、霊弾の飛行速度を上げるように意識して、撃つ。
「分かってます。けど、やるしかないんです」
わずかだが、戦車のキャタピラーが勝っているのか、『助逃壁』を引きずりながら戦車が前に動き始める。
「……」
『助逃壁』の光がゆらゆらと揺れ始める。もう何分も『助逃壁』は維持できない。
俺は考えた。細く、鋭く、収束させるように霊弾を撃ってみよう。
俺はそう意識して、霊弾をビーム状に放つ。
霊弾の先端が触れると、ガッ、とキャタピラーが止まる。
霊弾は弾かれ、再びキャタピラーは動き出す。
「行ける!」
俺は左手を添えてもっと意識を先端に、強く、鋭くするように意識する。
そして、十分な力をためて霊弾を放つ。
ガガッと音がして、キャタピラーに引っ掛かり、動きが止まった。
震えながら、キャタピラーの金属が弾けた。
「やった!」
直後、『助逃壁』が消え去り、戦車の片側のキャタピラーだけが進み始めた。
左側は前進しようとし、右側はキャタピラーが外れて動かない。
ものすごい勢いで、土砂を、土煙を巻き上げながら、戦車はその場で回転を始めた。
「わっ!」
そう言って冴島さんは腕で顔を覆った。
俺は冴島さんを庇うように戦車との間に入って、冴島さんを屋敷方向へ押し戻した。
回転するたび、激しく土砂が背中に飛んでくる。
「ウッ……」
なんどか同じ動きをした後、戦車が止まった。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です」
冴島さんにそういうと、俺は戦車を振り返った。
動きの止まった戦車は、あさっての方に砲塔を向けていた。
「……」
何か機械音がして、止まっている戦車の砲塔が回り始めた。
屋敷を正面にとらえると、間髪入れずに砲弾を発射した。
「なっ……」
再び屋敷の周りの結界が働き、弾丸が弾かれた。
再び機械音がすると、砲塔上のハッチが開いた。




