(10)
橋口さんが俺の顔を見ると、言った。
「カゲヤマ、なんか言いたげじゃない。言ってみたら」
「えっと。ほら、この前の事件の降霊師みたいなのに会いに来たってのは? 司教にカリスマ性がなければ、与えればいいわけで。例の火狼の団体に接触して、強いカリスマ性をもった霊を探しにきたのかも」
冴島さんが少し考えてから口を開いた。
「……可能性はゼロじゃないわね。火狼の団体がどれだけの霊を持っているかによるけど」
「……カゲヤマにしてはまともな推測するんだケド」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
橋口さんが、パソコンで何か検索したようだった。
「けど、日向が火狼を倒した後、トウデクアは目に見える活動してないんだケド」
「それは警察関係の情報?」
橋口さんがうなずく。
「確かに影山くんも、私も、トウデクアの活動を確認できてないわね」
「……」
そう言われればそうだ。あんなにしょっちゅう俺の仕事を邪魔しに来ていたのに。
「落ち込まなくていいわよ。人材も金脈もないこの国に、何を探しに来るだろうか、と考えて一番可能性が高いのは、霊資源。推測としては間違えなさそうよ」
「トウデクア所有の霊資源の情報を、日向に聞いてみるケド」
「かんな、それお願いするわ」
「私達は、トウデクアの拠点を探しましょう。目的が同じなら、きっとそのうちに連中と接触することになるわ」
俺はうなずく。そして、蘆屋さんの姿をちらりと横目でみてから、言った。
「蘆屋さん、どうしたの? ずっと黙ってたけど」
「私のなかで、さやかが何か言いたげだったから待ってたんだよね。けどさやかの意識が遠くなった」
さやかは俺の妹だった人物だった。どういう訳か、蘆屋さんの体に入り込んで、時々、表に出てくる。
「さやかが、何を?」
それを聞いた冴島さんが顎に指をあて、何か考えているようだった。
「……」
なんだろう、と考えたが、結局さやかが引っ込んでいることを考えると、今回の話とは無関係なのかもしれない。
1
2
3
俺はスマフォの地図を見ていた。
「このビルか……」
駅近の大きな商業施設のビルから、数十メートル離れたところにある古びた雑居ビル。
一度、壁に蔦が生えたようで、ひび割れのようにその跡が残っている。
窓ガラスが劣化なのか、掃除をしていないだけなのか、曇っていた。
「やっぱり外からじゃよく分からないな」
インターネット掲示板などから、不気味な人物の出入りが確認されているビルをリストアップし、怪しい物件は実際に見に行っていた。かなりの件数は回ったが、大抵、こういう風に外見がさびれているだけで、実際に入ってみると大したことはなかった。
だから、完全にそのつもりだった。
中は清掃員が入っていて、古いなりに綺麗に使われている。駅だって都心から一時間県内だし、その駅から五百メートルも離れていない。
「うっ!」
入ると、中の廃墟っぷりが目に入ってきた。
ドアのガラスは割れたまま。割れたかけらがそこに残っている。
ゴミが投げ捨てられていて、それが放置されているし、床の汚れ、壁の染み。なぜこれが入ってい見るまでわからないのか、逆に、外の方が綺麗なくらいだ。
次第にそれらの汚さに慣れ、抵抗感が薄れてくると、俺はどんどん奥へと進んだ。なにかありそうな気がしてきたのだ。
奥に付くと、エレベータがあった。
「動くのか?」
ボタンを押して呼び出してみる。中をみて、酷かったら階段であがろう、そんなにフロア数も多くない。足で上がって調べても、そう時間はかからないだろう。
ガタン、と派手な音がしてエレベータのドアが開く。
型は古いがしっかり動いているようだ。
ドアを抑えながら、中の様子を確認する。
エレベータ内は廊下よりは綺麗だ。しかし、フロアを決めるボタンは丸くて、二三センチ押し込まないといけない、かなりの旧型だった。
「大丈夫そうだな」
点検業者ではないが、大丈夫そうに思えた。この手の古いエレベータに乗り慣れているせいかもしれない。
一つ上のフロアを指定してから、ドアを閉じた。
ゆっくりと一艇速度で動いて止まり、また大きな音を立ててドアが開く。
そこは、灯りのついていた一階とはまったくべつだった。非常口の誘導灯だけがついていて、廊下は真っ暗だった。汚れがあるのか、ゴミが落ちているのかもよく見えない。
エレベータから降りるのがためらわれた。
調べるには降りないわけにはいかず、しかたなしにエレベータから降りて、しばらくその位置で待った。
しばらくして目が慣れてくると、誘導灯のわずかな灯りでも様子が見えてきた。
廊下に面していくつか扉があったが、真ん中の一つの扉から、明かりが漏れていた。俺はまず、手前の扉を開いた。
闇。
そこには真っ暗な部屋があるだけだった。
部屋には窓があるはずだったが、板が打ちつけられているようだった。
扉を閉めて、廊下に戻る。明かりが漏れている扉を後回しにして、エレベータから一番遠い扉のノブを握る。
回らない。右の人差し指と中指をつけて伸ばし、口のあたりに持ってくる。
鍵を開けるイメージを何度も頭に浮かべながら、人差し指と中指をドアノブへそっとつける。
カチャリ、と錠が解ける音がする。
もう一度ノブを回すと、扉が開いた。
しかし、そこは倉庫のようになっていて、積み上げられた段ボールと廃材が詰まっているだけだった。
俺は扉を閉め、人差し指と中指で触れて鍵をかけた。
真ん中の、光が漏れている扉に近づいた。
扉には、何か文字が書かれていた。
「栄商事」
全国に同じ名前の会社がいくつあるのだろう、と思うような名前だった。
扉を開ける前に、本当に実在する『栄商事』だった場合になんて言うかを考えた。考えたが、廊下がこれだけくらいのだから、間違えました、でもいいのか、と思った。
ガチャリ、と扉を押すと、扉側から引っ張られた。
「あっ……」
ぐうぜん内側の人が扉を開こうとしたのだろう。
しかも入る瞬間、床の段差に足をつっかけてしまって、俺は倒れ込むように部屋に飛び込んだ。
目に入った部屋の中は、明るい事務所だった。
しかし、それは一瞬のことだった。すぐに前が塞がれ何も見えなくなった。
俺は倒れ込んで、何かに顔をうずめている。
「ん?」
手に触れるもの、顔に当たっているものは、非常にやわらかい。
何も見えなかったが、俺はいわゆる青年マンガによくあるラッキーすけべな状況を思い描いた。
もう一度、確かめるように指を動かすと、やわらかいだけでなく、温かかった。
「あっ、あのっ!」
その声とともに俺の顔は小さな手で押し上げられた。
押し上げた手が離されると、俺は目を開いた。




