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空港の警備は異常な状況を感じ取っていた。
警備職員は、様々な情報をかき集めたが、なぜ今日、出迎えの人数が多くなっているのか理由が分からなかった。集まっている人間の中に、カメラやマイクといった機材を持つ報道の者はなく、出迎えようと待っているのは、スーツをを着た一般社会人であり、私服の女性や学生が集まっているわけではない。つまり、セレブやミュージシャン、俳優といった分かりやすい人物の来日ではなかったのだ。また、国のトップや王族など、政治的なものでもなかった。
通常の警備では人数が足りないのは明らかだった。緊急で増員し、出迎える人々の整理にあたった。
出迎える人から漏れ出る言葉から、宗教家ではないか、という予想はついた。
警備の準備の遅れは、この国の宗教に対する意識の低さを示すものかもしれない。
到着時刻が近づくにつれ、出迎えの人数はさらに膨れ上がった。
黒塗りのリムジンが到着ロビーの停車した。
その車両を見た警備の人間が、言う。
「おい。やっぱり一般客とは違うルートに誘導するべきじゃないか」
「上席に連絡する」
この警備側の判断は遅すぎたが、幸い西欧からの路線に遅れが出ていて、一般のルートからVIP扱いをするルートに誘導する時間が十分にあった。
警備員は人数をかけて一般客のルートから、VIP用の別の出口に出迎えの人間を並ばせた。
移動していく出迎えのスーツの男たちに交じって、牧師、いや、司教なのか、キリスト教に仕える者の恰好をしたものが多く混じっていた。
「キリスト教なのか」
「……っぽいな」
警備の男たちは、通路裏でそんな会話を交わす。
警備会社側の情報担当が調べても、どこぞの大司教がくる、とか、今回の件に相当する情報にも行き当らなかった。
その教徒たちの内では大ごとなのかもしれないが、対外的には大したことではないのかもしれない。
「とにかく人数が多いから騒ぎにならないように十分警戒するぞ」
警備員はうなずいた。人数が尋常ではないこと。そこは間違いなかった。
……と、受け入れる空港警備側は準備が進んでいたが、実際、客を乗せている航空会社側は戸惑っていた。
「直近で着陸する便に、そんな大物が搭乗しているのか?」
航空会社が把握している搭乗者名簿で、問題のVIPに相当する人物が見つけられないのだ。
「どの便なんですか?」
航空会社も把握できていない。しびれを切らした空港管理者が、出迎えの者の中で一番偉そうな恰好をした人物に直接たずね、出発国を確認して当該の便を特定した。
航空会社は搭乗者リストからカトリック関係者を調べるが、エグゼクティブやスーパーシートの中にかの人物を探すことが出来なかった。
航空会社からの指示でその便の着陸が延期され、当該便は大気の為、空港上空での旋回を始めた。
「どんな人を探すの?」
「カトリックの重要人物らしいわ」
「私キリスト教、全然分からないんだけど」
キャビンアテンダント同士が乗客の中で、着陸までの間にカトリックの重要人物を特定することになった。
「この機内にカトリックの人物が何人乗っていると思う?」
「地上に連絡して、もっと候補を絞ってもらって」
とにかく乗客が多すぎ、問題の人物を特定出来なかった。
「ダメ…… 地上もこれいじょう分からないって」
「政府ルートとかは?」
「そういう時は、普通に通しちゃえばいいのよ。空港で待っている大勢の人が肩透かしを食らっても、すでに隔離してるんなら問題にならないじゃない」
キャビンアテンダントにしては背の低い女性CAがぼそり、と言った。
「窓際に立てに並んで座っていた、真っ黒い恰好の四人では?」
『えっ?』
そこにいたCAが一斉にそう言った。
乗客に気取られないように占めていたカーテンが揺れた。
「ないでしょ?」
「いや、それは、もしかして」
「ないって!」
「たしかに、変な人物はあの四人しかない。真っ黒で同じ格好してる、と思ってた」
「それにしたって」
「シート番号を地上に言って、照会してもらって」
緊急に連絡を入れて、その座席に座っている人物を地上に伝える。
航空会社は、さまざまなルートに情報を展開し、照会を進めた。
「ビンゴよ、ナリタで待っているのは、あの四人だって」
情報端末に表示し、CA全員がその四人の顔を見る。
「いい?」
「まずはピート・ウィリアムス」
画面に顔が表示される。
それは金髪の髪をジェルであちこちにあそばせているような髪型で、目鼻立ちがはっきりしている、小顔の男だった。
「カッコいいわね」「いや若すぎる。渋さが足りない」「遊ぶなら楽しそう」CA達は次から次に、思いつくまま印象を話す。
「静かに!」
「で?」
四人が怪しい、と言ったCAが手を上げてから発言する。
「えっと、機内食を運んだ時に軽口をきいてくるぐらい軽いので、そこは注意かも」
「覚えた?」
CAがうなずく。
「次、エリー・フォックス」
画面が切り替わる。
黒髪に、美しくシミのない白い肌。ワザとなのかビビッドで真っ赤な口紅をつけた女性が表示された。
「なんだ」「美人ね」「めちゃくちゃ塗り込んでない」「いやいや肌は全部こんな感じだったわ」CA達が話続ける。
「いいから静かに!」
ふたたびこの四人が怪しいといったCAが手を上げて発言する。
「左だったかな? ここのポケットから人形が顔出してて、その人形が生きてるみたいで、ちょっと気味悪かった」
「あたしパス」
「……」
「もう、本当に時間がないんだから! 次。トーマス・ホーガン」
口からしたの顎部分が広く、大きい。縫ったような傷跡と、こめかみにネジが刺さっていれば、まんまフランケンシュタインのような輪郭の男が表示された。
「ゴツっっ!」「マッチョでいいじゃない」「頭悪そう」またしてもCA達の舌は止まらない。
「静かにって、何回言わせるの」
今度は別のCAがそっと手を上げた。
「見かけとは違って、機内でもずっとキンドル使ってたわよ」
「筋トレの間違えじゃなくて?」「ウソ。ギャップ萌え」「……どうせ漫画でも読んでるんでしょ?」まだまだ言い足りないようだった。
「し・ず・か・に! いいですか?」
周りをゆっくり確認する。
目が合うと、一人ひとりがうなずいていく。
「最後。エリック・ジャクソン」
少し額が上がっていて、短髪の男性の顔が映る。誰が見ても目に狂気が宿っている。
「偏執狂タイプね」「写真から狂ってる」「怖い」「パス」やっぱり一言いわずにはすまないようだった。