夏の約束5
私は部活が終わったあと、その足で資料室へ向かった。廊下には部活が終わり、家に帰ろうとする生徒の姿が何人も見られた。
玄関へ向かう生徒達の流れに逆らうようにして私は資料室へと続く廊下を進む。窓の外はオレンジ色の太陽が見えなくなる前の最後の輝きを放っている。もうすぐ夜になる。幽霊が活動を始める時間がやってこようとしている。
階段を昇り、廊下をまっすぐ進む。蛍光灯が不規則に点いたり消えたりを繰り返す。それはまるで幽霊の現れる前触れのように見えた。
私は資料室に到着した。資料室のドアは閉まっている。私はドアを開けようと、取っ手に手をかける。
私はふと手を止める。何かの気配がしたような気がした。資料室には既に鍵谷君がいるのかもしれない。あるいは幽霊が中に・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・いないよね?
私は資料室のドアを開けた。
資料室の中に幽霊はいなかった。いや、千秋の言葉を借りるなら「霊感が無い」から、幽霊はいるのに気づかないだけかもしれない。
資料室の中には幽霊だけでなく、鍵谷君の姿もなかった。鍵谷君はまだ来ていなかったみたいだ。
鍵谷君は幽霊の正体が分かったといっていたけれど、どうして分かったのだろう。私にはさっぱり分からなかった。鍵谷君は幽霊の正体が分かったといったとき、窓の外の陸上部のことを見ていたけれど、そこに何かヒントがあったのだろうか。
ともかく、鍵谷君は幽霊の正体が分かったといっていたのだから、それをきけば分かるはずだ。
私は長机の下にあるパイプ椅子に座る。
鍵谷君は良い意味でも悪い意味でも中学生らしくない。私たちの何倍も頭がよくて、何倍も大人っぽい。
彼と比べると私はなんてちっぽけな人間なんだろうって感じてしまう。千秋達は鍵谷君が私のことをいつも見ているといっていたけど、それはきっと勘違いだ。私のような幼稚な人間を見るわけがない。鍵谷君にお似合いなのは私よりもずっと大人な人だ。私よりも本間先生のような大人な女性がいいに違いない。
思い返せば、私は初めて会ったときから鍵谷君のことが気になっていた。鍵谷君は見た目こそ普通の中学生だけど、中身はずっと大人だった。クラスのほかの男子とはなんだか違って見えた。
この前、別のクラスの友達の美波が、私のクラスの高山君のことが好きだと私に教えてくれた。高山君はクラスの中で2番目に背が高くて、2年生にしてバスケ部のスタメンに入るほど運動が出来るけど、それを鼻にかけることをしないからクラスの男子にも女子にも人気がある。私も高山君のことをかっこいいと思っている。だけど、好きとは違うような気がする。例えるならアイドルを見るような気持ち。遠くから見る分にはいいと思うけど、付き合いたいとは思えない。美波は高山君を頑張って夏祭りに誘ってみるといっていた。
でも、鍵谷君を見たとき、私の心がもやもやした。ざわざわした。それが何という感情なのかよく分からなかった。ともかく、高山君を見たときとは違う感情が心に生まれた。それが恋なのかはよく分からない。
そんな私が鍵谷君に告白されたとして、それを受け入れても良いのかな。好きかどうかも分からないのに、好きといってくれる人と付き合うのはいけないことのように感じる。
・・・・・・考えすぎなのかな。
私が鍵谷君みたいに頭がよかったらこんなに悩むこともないのかもしれない。
突然、ドアの開く音がした。
――まさか、幽霊?
そう思っておそるおそる振り向くと、そこには鍵谷君が立っていた。
「悪い、遅くなった」鍵谷君が資料室に入ってくる。逆光のせいで表情は分からない。
「私も今来たところだから」幽霊じゃなくてよかった。私は胸をなで下ろす。「何かあったの?」
「いや、ちょっと確かめたいことがあって外に出ていたんだ」そう言って窓の方を見る。
「確かめたいこと?」
「怪談の中の女の子に話を聞いたときに、彼女が忘れ物を取りに行くと告げたのは彼女の友達だけだと言ったのを覚えているか? 彼女が資料室に行くことを知っていたの彼女の友達だけだから、何か仕掛けられるとしたらそれは友達だけだろう。その友達は携帯やスマホを持っていないと女の子は言っていたから、協力者に今から女の子が資料室へ向かうことを知らせることは出来ない。そうなると、友達が幽霊を見せる仕掛けをするとしたら、女の子より早く資料室に向かう必要がある。
そこで、俺は資料室への近道がないかを探してみたんだ。しかし近道はなかった。女の子の通ったルートが最短だったんだ。もちろん、ロープで壁を昇ったりすれば女の子より早く資料室に向かうことも出来るが、殺人トリックと違って幽霊を見せるためだけにそこまでするメリットはないから女の子の友達が女の子より早く資料室に行き、何らかのトリックを仕掛けた、という可能性は否定されたんだ。
それを確かめるために実際に資料室への近道を探していたんだ」そういう鍵谷君の額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「つまり、女の子の友達は犯人じゃなかったということ?」
「そういうことだ」
「なら、誰が犯人なの?」
「ああ、それをこれから話そうと思ってな・・・・・・」そう言って鍵谷君はあるものの方へ移動する。「これを見てくれ」鍵谷君はあるものを指さす。
「これがどうしたの?」
「これが俺の考えを裏付ける証拠なんだ」
「これが証拠なの?」どうしてこれが証拠になるのだろう。
そして鍵谷君が教室にかかっている時計を見て言う。長針と短針が両方とも6の数字を指している。
「そろそろ時間だ。一旦ここを出よう。幽霊が見られるかもしれない」
そうして、私たちは資料室を離れ、資料室のドアが見える階段のそばの物陰に隠れた。
次が解決編です。