夏の約束3
私たちが最初に始めたのは千秋の話に出てきた女の子を探すことだった。
その女の子を探すと言っても、この学校には女子だけでも何百人もいるはずだからそれはとても大変そうに思われた。そう思って鍵谷君にどうやって探すのかを聞いた。
「その女の子をどうやって探すの?」
「噂を教えてくれた人にその噂を誰から聞いたのかを教えてもらうんだ。そうすればいつかは噂の発信源にたどり着ける。怪談の中の女の子はひとりで幽霊と遭遇したようだから、噂を流せるだけの情報を持つ人はその女の子か犯人のどちらかだ」
「つまり噂を足跡に例えると、足跡をたどっていけばその先には足跡をつけた人がいるみたいなものかな」
私の例えは正解だったようで、鍵谷君がうなずく。
「まあ、そういうこと。
幸い、女の子が幽霊と遭遇したのは昨日のことだから噂を流したのは昨日の夜か今日の朝のどちらかだから、それほど多くの人には噂が広まっていないだろう。現に安藤さんや池沢も知らなかった」
「噂を流したのが犯人だったらどうするの? 犯人なら嘘をつくかも」
嘘をつかれたらたどれなくなりそうだけど・・・・・・。
「確かに噂を流したのが犯人だった場合には自分が発信源だと言うことを隠すかもしれない。犯人が適当な名前の人を言ったとしたら、目的の女の子にたどり着けなくなる代わりに噂がそこでさかのぼれなくなるはずだ。もしそんなことになったら、そのときはその人が犯人だと言うことは最低でもわかる」
この方法なら目的の女の子か犯人のどちらかが分かるということみたい。
鍵谷君の言った方法で聞き込みをすると、犯人ではなく、女の子の方にたどり着いた。噂の発信源は椿と同じ生徒会の1年生だった。そこで、私と椿と鍵谷君の3人でその子に話を聞くため1年棟へと向かった。
椿に連れられて私たちは3階にある1年棟についた。椿にその子を呼び出してもらい、話を聞くことになった。
椿の連れてきた子は背の小さい気弱そうな子だった。
まず椿が話しかける。
「昨日幽霊に遭遇したってホント?」
「は、はい。姿は見てないんですけど、幽霊が扉を開けた音は聞きました」
「そのときのことを詳しく教えてくれる?」椿は優しく尋ねる。
「分かりました。昨日は・・・・・・」
その子の口から出てきたものは千秋から聞いたものとそれほど変わらなかった。
そのこの話が終わってから鍵谷君が質問を始めた。
「音のする方には誰もいなかったと言ったけど、本当に誰もいなかったのか。気配とかはしなかったか」
「・・・・・・誰もいなかったと思います。・・・・・・気配もしなかったです」
「資料室の中には誰もいなかったか」
「はい。見たところ誰もいなかったです」
「資料室に行くことを行く前に誰かに言ったか」
「はい。資料室に行く直前に一緒に帰ろうとした友達に忘れ物を取りに行ってくると言いました。それ以外には誰にも言っていません」
「そのとき、廊下や資料室の窓は開いていたか」
「・・・・・・どちらもあいていなかったと思います」
「あと、何か気がついたことはあったか」
「・・・・・・・・・・・・そういえば、何かが這うような音が聞こえた気がします」
「這う音?」
「はい。ちょうど逃げようとした時だったのでうろ覚えですけど、何かが這っていった音が聞こえた気がします」
「ありがとう。急に変なことを聞いてすまなかった」
「いえ、こちらこそありがとうございます。幽霊の正体が分からないと私も不安なので、分かったら教えてください」
「ああ、約束する」
こうして女の子への聞き込みを終え、私たちは教室へ戻った。
午前中の授業が終わり、給食の時間がやってきた。
私は千秋と椿の3人で一緒に食べようと、机を2人とくっつけた。鍵谷君はほかの男子と一緒に食べている。
「それで、何か分かった?」千秋がうどんを五目あんかけの中に入れる。
「わかんない。鍵谷君は色々質問してたけど、何を考えているのか教えてもらえなかった」
「うちも聞いてない。夏希ちゃんに話していないならたぶん誰にも話していないよ」そう言って椿が牛乳のストローを口に運ぶ。
「なんで私?」
「それはもちろん、ねぇ」そう言って2人はニヤニヤする。
「顔、うるさい」
「まあ、夏希ちゃんが特別ってことだよ」
「どういうこと?」
思わず箸からエビを落としてしまう。
まさか鍵谷君は私のことが好・・・・・・とでも言うつもり?
「柊也君が自分から誘う女子は夏希くらいしかいないよ。うちはずっと一緒にいるのに、誘うのはいつもうちだったし」
「それに鍵谷しょっちゅうなっちゃんのことを見てたし」
「そうだったの?」全く気がつかなかった。
「気づかないのはなっちゃんくらいだよ。池沢もたぶん知っているよ」
鍵谷君が私のことを。そんなことがあるのか。そんなそぶりは見えなかったと思うけど。
「夏希ちゃんはどうなの? 柊也君のことをどう思っているの?」
私はウズラの卵を箸で挟もうとする。
私は鍵谷君のことが好きなのかな。私は今まで誰かを好きになった覚えがない。クラスの女子がかっこいいと言っていた先輩をみても、かっこいいとは思ってもそれ以上の気持ちは沸かなかった。
鍵谷君のことは嫌いではない。むしろ好きな方だ。でも、その気持ちが恋愛感情なのかは自信がない。
ウズラの卵はなかなかつかめない。
「・・・・・・そういう椿はどうなの? 好きな人いるの?」私は答えをはぐらかすことにした。
「いるよ。ずっと前から」椿が私をみて言う。
「えっ、いたの!」千秋が信じられないといった顔をする。
「誰? 私たちの知っている人?」私はそれを聞かずにはいられなかった。
「秘密。夏希ちゃんの心が決まったら教えてあげても良いけど」
そんなことを言われたら、椿の好きな人を一生知らないままになってしまうかもしれない。
「・・・・・・」
私は沈黙する。
「夏祭り、鍵谷を誘ってみたら?」千秋が私を見る。
「それが良いよ。そうすれば自分の気持ちが決まるかもよ」
鍵谷君を誘う、か。出来るかな。
「・・・・・・2人はどうするの」
「なっちゃんのあとをつける」
「夏希ちゃんのデートを温かい目で見守ってあげるよ」
「やっぱりやめる」そんなことしたら一生そのネタでいじられるに決まっている。
「えー、行こうよー」
「夏祭り、楽しいよ」千秋と椿がたたみかけてくる。
「なら一緒に行こう」
「ごめん、その日は部活が」
「うちも生徒会が」
「さっき私のあとをつけるって言ってなかった?」
「バレたか。まあ、本当に考えてみたら」千秋がたくあんを箸でつまむ。
「そうそう、行ってから考えても遅くないと思うよ」椿は五目あんかけからキクラゲをたくあんの皿に移動させる。
「そうかな」
「まあ、考えてみたら」
「・・・・・・そうする」
私はうどんをすする。うどんにまとわりつくあんかけはまだ温かい。