夏の約束2
「これは友達から聞いた話なんだけどね・・・・・・」
千秋がお決まりの前置きをしてから語り始める。
「昨日の放課後、ある女の子がこの学校の2階にある資料室に行ったの。
なんでも、その女の子は先生に頼まれて資料室で捜し物をしていたときに忘れ物をしてしまったみたい。その落とし物は女の子がとても大事にしている手帳だったからその日のうちに取り戻したかったんだって。
女の子が資料室に向かったのは部活が終わったあとだったから7時近かったみたい」
千秋の語り口はいつもの明るい声からトーンを落とした落ち着いたものだったため、聞いているみんなが千秋の語り口に引き込まれたようで、呼吸をするのも忘れて千秋の話に耳を傾けている。今まで知らなかったけど千秋は怪談が得意なのかもしれない。
「資料室に続く廊下を歩いて女の子はとうとう資料室の前についた。
いざ資料室の扉を開けようと扉に手をかけたとき、突然廊下の奥からガラガラっと扉の開く音がしたの。
女の子はその音に驚いて音の聞こえた方を見たの。でも誰もいなかった。
女の子は怖くなって、今のは何かの聞き間違いだということにして自分を納得させようとしたの。
そして女の子は意を決して資料室に入った。
資料室の明かりをつけて中を見回してみたけれど中には誰もいなかった。
忘れ物はすぐ見つかったから帰ろうと資料室の明かりを消したとき、またガラガラっという音がしたの。
音の方を見てもやっぱり誰もいなかった。
なぜ誰もいないところから扉の動く音がしたのか。
今まで幽霊を見たことはなかったけれど、まさか扉を開けたものの正体は・・・・・・。
そう考えた女の子は怖くなってすぐにそこから逃げたんだって。
女の子はあとで先輩から聞いたんだけど、資料室は三十年前、男子生徒がまだ中にいることに気がつかなかった校務員さんが鍵を閉めてしまって、男子生徒は資料室から出られなくなってしまい、そこでそのまま餓死してしまったという事件があった場所なの。
そして、そこにはそのことを恨んでいる彼の幽霊が時々現れるようになったんだって。」
ここまで言って千秋は口を閉じる。
千秋の話を聞いていたみんなも呼吸を止めていたことを思い出して一斉にため息をついた。
「・・・・・・それ、本当の話?」私は千秋に尋ねる。
「詳しいことは分からないけど、本当の話みたい」
「お前、さっき幽霊が出たって言ってたけど、その女の子は幽霊を見てねーじゃん」
文句ありげに池沢君が問いただす。
千秋は池沢君に否定的なことを言われたからか、不機嫌そうに言った。
「その女の子には霊感が無かったから、幽霊が扉を開けた音は聞こえても幽霊の姿は見えなかったんじゃないかって友達は言ってた」
仮に幽霊が見えなかったとしても誰もいないのに扉を開ける音がしたら誰でも不気味には思いそう。
「本当に音のした方向には誰もいなかったのか?」鍵谷君も千秋に尋ねる。
「知らないわよ。わたしは友達から聞いた話をそのまま言っただけだし。確かめたいなら、わたしじゃなくてその友達に聞いてよ」池沢君にけちをつけられたからか、千秋がムッとしながら答える。
「それもそうか。悪い。それにしても」
鍵谷君が何かを言いかけたとき、突然チャイムが鳴った。
時計を見ると、いつの間にか朝読書の時間になっていた。担任の先生がやってくる前にちゃんと席に着いていないと先生に怒られてしまう。私たちは急いで自分の席に戻り、それぞれ本や勉強道具を取り出し(朝読書の時間は各自が用意した本を読むための時間だけど、本を用意するのを忘れた人は代わりに勉強をすることになっている)、朝読書の準備を始めた。私は用意してきた『夏への扉』を机から出した。隣の席では鍵谷君が推理小説らしいものを既に読み始めていた。
それからすぐに担任の先生が私たちの教室に入ってきて朝読書が始まった。朝読書が終わると、引き続き朝のホームルームが始まった。ホームルームでは、もうすぐ夏休みだからと言って気を抜いてはいけないとか今週末に行われる夏祭りに行くときはトラブルを起こしてはいけない、といったどうでも良いようなことばかりを言っていた。
ホームルームが終わったあと、私は鍵谷君にさっき言いかけたことを聞こうと思って話しかけた。
「千秋は怒っているわけじゃ無いからね。千秋は池沢君のことになるといつもああなの」
「それくらいは分かる。けんかするほど仲が良いってことだろ」
「うん。千秋は素直じゃないだけだから。・・・・・・ところでさ、さっきなんて言おうとしたの?」
「さっき?」
「チャイムが鳴ったときに何か言いかけてたでしょ」
「ああ、それか。別にたいしたことじゃ無い。ただ、犯人はどうして幽霊を資料室に見せたのかが気になっただけだ」
犯人ってことは・・・・・・。
「鍵谷君は資料室の幽霊は偽物だと思っているの?」
「まあ、そういうこと。少なくとも、幽霊の正体は30年前に死んだ男子生徒ではないことは分かる」
「どうして?」
「この学校が出来たのが22年前だから」
そういえばそうだった。この学校は22年前に2つの学校が統合して出来たと何かに書いてあった。
「幽霊が偽物だとしたら、誰がどうやって幽霊を出したのかな」
「さあ、それは調べてみないと分からない。・・・・・・なあ、調べてみないか?」
「調べる?」
「幽霊の正体を。誰がどうやって幽霊を出したのか」
幽霊の正体は気になるけど、どうしようかな。
「手伝ってあげなよ。わたしたちも手伝うから」
いつの間にか千秋と椿が私たちの会話に加わった。
「幽霊の正体が気にならないの? 柊也君、うちと千秋も一緒で良いよね?」
「あ、ああ。いいよ」鍵谷君は困惑した様子でうなずく。
千秋達も一緒なら良いかな。
「分かった。私も幽霊の正体を知りたいし。・・・・・・それで、調べるってどうするの?」
鍵谷君は自信を持って言う。
「まずは聞き込みだ。正確な情報が欲しい。幽霊に遭遇した女の子に話を聞きたい」
こうして、私たちは幽霊の正体を調べることになった。