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1.

 事の始まりは、マリからのメールだった。

 寝転んで読んでた文庫が佳境に入ったとこだったから、邪魔された気分で枕元のスマートフォンに手を伸ばす。

 表示時刻は午前一時を少し回ったところ。

 確かに明日は祝日だけど、こんな時間に何の要件だろうと文面を見る。


『ニナ(ねえ)さん、助けて』


 書かれてたのは、それだけだった。

 大学の後輩のマリは、確かに悪戯と噂話の好きな子だ。でも決して性格が悪いでも、空気が読めないでもない。ただの悪ふざけでこんな電信をしてくるとは思えなかった。

 急いで電話を入れたけど、幾度コールを数えても彼女が出る気配はない。またあたしのお節介焼き、心配性が出たのかもだけど、嫌な予感がむくむくと膨らんだ。

 続けざまにスマートフォンを操作する。

 マリの今夜の予定については、SNSで訊けばすぐにわかった。


『あの子ならカレシたちと肝試しに行ってるはずですよ』

『オカルト大好きだからね、マリ。私はパスしたけど』

『俺も。裏野ドリームランドって、あれ完全な廃墟だろ。霊とかそういうの関係なしに、まず建物とか崩れそうで怖ぇよ』

『あれ、でもこれニナ姐には秘密じゃなかったっけ?』

『ニナ姐さんそういうの大嫌いだから内緒にするとは言ってたけどね。でも姐さん自身が訊いてきてるんだもん。バレたんでしょ』


 思わず「あっのバカ!」って舌打ちしてた。

 よりにもよってなんてとこ行くのよ。なんであんなとこへ行くのよ。先に聞いてたら、それこそ蹴っ飛ばしてでも止めたのに。

『お説教はほどほどにしてあげてねー』って呑気を言う連中に、『黙ってたあんたらも同罪!』とだけ返して、ジーンズに履き替えるなりあたしは部屋を飛び出した。ランニング用の運動靴をつっかけ、原付に(またが)る。


 裏野ドリームランド。

 それはベットタウンの郊外に作られた、地域密着型を標榜したテーマパークの名だ。ちょっとした休日に、家族みんなで時間をかけずお安く行ける。そんなコンセプトの遊園地だった。

 地元のうちからなら徒歩でも小一時間ほどの距離で、小さい頃はよく連れて行ってもらったものだった。子供心にも混雑していた記憶があるから、結構流行っていたのだろう。

 でも10年ほど前、唐突にドリームランドは廃園してしまった。

 その理由を、(まこと)しやかに噂は語る。

 曰く──あの園では子供が消える、と。


 お日様の下では、馬鹿馬鹿しく聞こえるから誰も言わない。でもあたしみたいな地元の人間は、みんな思ってる。

 裏野ドリームランドは呪われてるって。

 そうとしか考えられないような現象が、あの遊園地ではいくつも起きていた。遊具が解体もされずに放置されてるのだって、工事を請け負う業者がもうないからなのだ。


 それに、あたしは知っている。

 あそこで子供が消えるというのは、間違いのない本当だと知っている。 

 事実──あたしの幼馴染みは、とうとう帰ってこなかった。




 *




 久しぶりに入場した裏野ドリームランドは、記憶よりもずっと恐ろしい顔をしていた。

 人波という肉と皮を失い、巨大なアトラクションたちが、傷口から突き出す折れた骨のように天へと突き出している。そんな印象すら抱く。

 夜霞(よがすみ)の所為だろうか。園内のどこもかしこもがぼんやりと朧で、光源もないのにうっすらと、ほのかな強弱で自ら発光しているようだった。まるで呼吸をする様に似て不気味だ。

 (さび)れ果てたおとぎの国は、死骸じみた残骸を見せつけている。


 でも、(すく)んでばかりはいられなかった。

 マリがここに入り込んでしまったのは、あたしに助けを求めてきたのは確かなのだ。

 両手で頬を(はた)いて気合いを入れ直す。

 自分がしっかりしなきゃ、強くならなくちゃで歩いてきたら、すっかりこうやって頼られる側、巻き込まれる側が板についてしまった。でもいい。そんな自分も、あたしは嫌いなんかじゃない。

 マリとあたしの知らない他三名を見つけ出して、引っ張り出してうちに帰る。やるべきはそれだけだ。

 とはいえ、


「……どっから探したもんかしらね」 


 独りごちて腕を組んだ。

「ドリームランドの七不思議」として無責任に有名なのは、消える子供を除けば(むっ)つ。

 人格交換が起きるミラーハウス。怪生物が棲むというアクアツアー。事故の頻発するジェットコースター。絢爛と夜を走るメリーゴーラウンド。廃園後の観覧車から聞こえる謎の声。ドリームキャッスルに隠された拷問部屋。

 肝試しを称するからには、マリたちの行き先はこのどれかだろう。

 適当に動けば確率は六分の一。

 あの子の性格からして真っ先にいくのはジェットコースターなんだろうけど、面識のない他三人の意見が通った場合、そここそがハズレになってしまう。

「助けて」なんて言われたからには、無駄足は踏まずにできるだけ早く駆けつけてやりたい。


「……」


 数秒だけ考えてから、諦めた。

 わかんない事をあれこれと思い悩んで、動かないのこそが時間の浪費だ。

 園内の地図を思い浮かべ、手近のミラーハウスから探そうと心を決めたその時だった。


「そこで何をしている」


 横合いから、声がかかった。

 ぎょっと振り向いてあたしが見たのは、ウサギの着ぐるみだった。

 褪せた二色縦縞のタイツに星のついたベルト。元はふわふわもこもこだったろうピンクの毛皮は、あちこちに(ほつ)れが目立った。

 だらしなく半開きになった口から出っ歯が覗いて、焦点の合わない青い目が、おそらくはこちらを()めつけている。

 これって確かあれだ、裏野ドリームランドのマスコットキャラだ。

 ウサミーだかウラミーだか、もしくは裏野兎人(ラビト)みたいな、そんなような名前のヤツ。

 昔からあたしはそのデザインが気に入らなくて、「可愛いと思うぞ」なんて発言した友人を「センスがない」ってさんざん馬鹿にした記憶がある。


「お前、どこから入ってきた」


 見た目からは想像もつかない、低く錆を含んだいい声だった。つかつかと早足にやって来るその頭上で、長い耳が可愛らしく間抜けに揺れる。

 権柄(けんぺい)ずくな物言いにいらっとしつつも、「あそこからだけど?」とあたしは正面ゲートを指差した。

 閉鎖された、といっても、やる気なくベニヤとテープが張られてるだけの処置だったから、ちょっと除けて正面から入園するのは造作もなかった。あたしの信条は真っ向勝負なのだ。


「……そうか。ならお前は『お客様』だな」


 失業済みのマスコットはそちらを眺めて感慨深げに呟き、それからあたしの顔に視線を移して、怯んだように立ち止まる。


 ──チャーンス。


 その瞬間あたしの口元に浮かんだのは、とっても悪い笑顔だったろう。


「ざっけんなこらぁぁぁぁっ!」


 ぱっと身を翻すや、着ぐるみのガラ空きのお腹めがけて、思い切り右足の裏を突き出した。左足のふんばりをそのまま乗っけた、蹴るんじゃなくて突き飛ばす感じのサイドキックだ。

 不意をつかれたウサギは、「ぐふ」と呻いてよろめいた。


 ──残念。よろめいただけか。 


 打撃の成果を見届けつつも、あたしはウサギに背を見せて全力で逃亡した。

 いやだって、潰れた遊園地を深夜に徘徊する着ぐるみとか、それ絶対中身は不審者に決まってるし。もしかしたらマリたちになんかした張本人かもしれないし。

 要するにこれは、クリアすべきミッションがひとつ追加されたって事よね。

 あいつを振り切りつつマリたちを探して戦略的撤退。

 いいわ、やったろうじゃない。燃えてきたわよ。

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