ルビィどろぼう2
「……いいですね。
次は、右手を添えてください。左手の中指の上に右手の人差し指が来るように……」
「……なんかグリップの底を手のひらで支えるような握り方、よく見るんだけど……」
もっとも、よく見る。というのは映画のドラマの話だが。
「グリップ内に弾倉のあるオートマチック拳銃の場合、マガジンホールを抜けて発射ガスが下に抜けてくる事があるので、そこに手はかざさないのが賢明でしょう。
……たしかに、リボルバーの拳銃ならそういう持ち方をします」
そういわれたので、アベルはおとなしく左手で握ったグリップに、右手を重ねて持つ。
なるほど、実際握ってみるとしっくりくるような気がする。
「では、次はトリガーを引いてみましょう。弾は入っていないので、ドライファイアですが。
肘をしっかり伸ばして……」
言われるまま、アベルは肘を伸ばして銃を構える。
「トリガーはなるべく指の先の方で……」
アベルがゆっくりとトリガーを引くと、カチっ、という気味のいい音がした。
「……上手いですね」
そう言いながら、シルクコットは予備の弾倉に弾を詰める。
「弾は九mm弾……ちなみにアメリカンイーグル社の製品です」
シルクコットはアメリカンイーグルの赤い紙箱を、アベルに示して見せた。
「……アメリカ製?」
「安いんですよ」
「でも、エッグの領海占領されてるんだぜ? んな国から武器輸入しちゃっていいのか?」
「多分この弾は、もっとずっと前に輸入されたものですよ。
戦術ユニットの武器庫から持ってきたものなので……」
「なんか納得いかねえな」
アベルは首を振った。
いろいろ納得いかない。まあ、開戦したわけでもないので、当然なのかもしれないが。
「なによりエッグの内製品、高いんですよ。比喩抜きで倍くらいします。
正規軍の騎士団や近衛騎士団ならいざ知らず、ウチは貧乏なので……」
ウチは貧乏なので。実に重い言葉だ。
確かに、予算が窮屈なのは間違いない。
「……さて、では実弾射撃に移りましょうか」
喋りながら、弾を込めた弾倉を差し出しながら、シルクコットは言う。
「おう」
「まず、マガジンを抜きましょう。マイスタ・アベル。
マガジンを抜くには、人差し指でトリガーガードの付け根のでっぱり……イジェクションレバーを下に下げてください」
言われた通りに操作すると、マガジンがするっ、っと抜け落ちる。
シルクコットが、一歩踏み込んでこれを受け止める。
曰く、
「落とすとマガジンに傷がつくので」
だ、そうである。
「次は、マガジンをマガジンホールに挿入してください。
マグウェルはそんなに広くないので、しっかり目で見て入れるように心がけるといいですね」
どうも、マガジンの外側を構成している樹脂は、滑りやすい物らしい。
ほとんど音も立てる事無く、マガジンホールにマガジンが刺さる。
「最後はスプリングテンションがかかるので、ある程度勢いよくマガジンを押し込んでください」
「おう」
アベルは右手の掌で、マガジンを勢いよく押し込む。
ぱちっ、という何かがかみ合う音がして、下がったままになっていたイジェクションレバーが元の位置に戻る。
「なるほど、このレバーはインジケーター兼ねてんだな」
「はい。レバーが戻らなかったら、ちゃんとマガジンが刺さってない、という事です……
では初弾を、チャンバーに送り込みましょう……
スライドをいっぱいまで引いてください」
言われるまま、アベルがスライドを引く。わりとゆっくりめの速度だ。
スライドを引くにしたがって、イジェクションポートから弾倉のてっぺんに装填されている弾薬が見えるようになる。
引き切った所で、チッという小さい事。
「スライドを戻すときは、指を離してバネの力で戻してください。
ゆっくり戻すと、装弾不良を起こす事があります」
「……意外と注意点多いんだな」
「そんなに難しい物はないですよ」
シルクコットは答えながら、ポケットからリモコンを取り出す。
「……まずは八メートルです」
人型のターゲットが、八メートル程度の距離で立ち上がる。
「胸の真ん中の円は、直径五センチです。
そこを狙ってください」
シルクコットはレーザーポインターを使って、狙う場所を示す。
「五センチ……か……」
「あっ……目は瞑らないでください。右目を閉じると右側が完全に見えなくなるので……」
当たり前の事をシルクコットに指摘される。
「なるほど。そりゃそうか」
アベルは銃を構えなおした。
慎重にターゲットの真ん中に、サイトを向ける。
「では、撃ってください」
アベルがトリガーに指を掛け、引くとパン! という軽い破裂音と共に、銃弾がターゲットの随分手前の床のコンクリートを抉る。
「……そんなに怖がらなくても、銃口が跳ね上がったりしませんよ」
確かにシルクコットの言う通りだ。
アベルは銃口が跳ね上がるのを怖がって、銃を下げた。
アベル自身にも自覚がある。
そして、やはりシルクコットの言う通りリコイルはまっすぐくるらしい。
「じゃあもう一発」
両肩で均一にリコイルを受ける事を意識して、アベルは銃を構えなおした。
なるほど、体の正面で銃を構えてみると、実にしっくりくる。
そして、アベルはもう一度、トリガーを引いた。
パン! という、破裂音。今度はターゲットの円の右上の方に穴が開く。
「当たりましたね。さすがです。
では、最後の弾です。今度は円の内側に当てましょう」
……なんか習い事してるみたいだな……
などとアベルは思った。
三度目。アベルはしっかり銃を握って、撃つ。
今度の弾は、円の右側の淵、ギリギリの辺りに着弾した。
「……惜しい。ですが、まあまあですね……ああ、空薬莢を踏まないで!」
アベルが体勢を変えようとしたのを、シルクコットが制する。
「?」
「薬莢拾うので、少々お待ちを」
そう言いながら、シルクコットはアベルの足元をはい回りながら、薬莢を拾う。
「……?」
「ああ。これですか?」
アベルが、首を傾げているのを見て取ったらしい、シルクコットが立ち上がって答える。
「また、火薬と弾をこめて再利用するんです」
ポケットに大事そうに空薬莢をしまいながら、シルクコットは言う。
「そんなことするのか!?」
「ウチ、お金無いんですよ」
切実すぎるその答えに、アベルは唸った。
「……そんなにないのか……?」
「ないです。
ああ。マイスタ・アベルのトレーニング費用は、ドラゴンマスターから特別予算枠でもらっていますので、気遣いは不要です」
不要です。と言われても、これは気遣う。
「普段、戦術ユニットの訓練は、再生弾を使ってる程度にはウチはお金ないですね……
さすがに本番では、新品の弾を使いますが……」
新品の弾、という単語が既に哀愁をはらんでいるのだが、シルクコットはそれに気づかないようだ。
……ここの予算取りも、なんとかしないとなあ……
アベルは思った。
センチュリアの奪還作戦の遥か手前に、解決しなければならない問題が山積みである。
そして、その山にまた一つ、戦術ユニットの予算不足という夢も希望もない問題が積みあがった。
手駒もない。お金もない。では話にならないのだ。
「そういえば、そっちのライフルは?」
シルクコットがテーブルの上に置いているライフルが目に入って、アベルは問う。
「『ワースレイヤー』ですね。エッグでは標準的なアサルトライフルですね。
普段使いにしようと思うと、戦闘訓練を中心に色々カリキュラムをこなして、ライセンス取らないとダメですが……」
「まあ、そりゃそうか」
「はい。それこそ、魔法でドカン、のほうが早いです」
◇◆◇◆◇◆◇
夕方、レプトラが長い長い会議を終えてデスクに戻って、溜まりにたまった仕事に手を付けようとしていた時、アベルが戻ってきた。
……ですよね。週明けの仕事なんか、進むわけないですよね。
諦めの境地に達した、レプトラを見つけると、当然のようにアベルが寄ってきた。
見れば、腰の左側に銃のホルスターが付いている。
シルクコットが言っていた、銃のレッスンを受けて所持ライセンスを取ったのだろう。
「……朝言ってた、クラッカーってどんな感じだったんだ?」
レプトラのパーティションの上に肘をついて、アベルが聞く。
「アイオブザワールドの基幹系のデータセンターを狙って、スキャンしていったみたいですね……」
手元のレポートを見ながら、レプトラは答える。
「具体的な被害は不明ですが、ストレージの階層構造をスキャンされただけでも、それなりの被害があったと言えるかもしれません」
「ふーん。それって、スキャンしただけで、ルート権限の設定ファイルとは見れる物なのか?」
「いえ。さすがにルート権限は無理だと思います……」
アベルが、手元の資料を覗き込んできたので、レプトラはそれを渡す。
「……多岐に渡ってるなぁ……何を探してるのか悟られない為、ってところか」
「セキュリティの方でも、そう考えてるようですね……」
なかなかに鋭い。とレプトラは思った。
ユーノはアベルの事を優秀な魔法使いだと言っていたが、実際の所アベルは情報工学や数学が得意なのではないか、とレプトラは考えている。
特に電子工学は実務レベルで精通しているのは間違いない。一体何者なのだろうか?
「……なあ、レプトラ……」
「はい?」
「このサーバのOSってinit系インスタンス、ユーザー権限で実行できるのか?」
「……いえ、さすがにそんな事は……」
アベルが指し示す、スキャンされたツリーを見てレプトラは絶句する。
「これって、initデーモンのクローン? そして、その孫インスタンス? ……なんでこんな物が……」
それらのファイルは、あまりにも関係なさそうなフォルダ階層の下に居た為、誰もそれに気づかなかったのだろうか?
とにかくアベルが指し示した、そのファイルの一群はサーバOSの機動シーケンスをクラックされた事を示している。
少なくとも、レプトラはこんな技は知らない。
こんなことをやってのける、凄腕のクラッカーが居るという事か。
「なあ、コイツ凄腕だよな?」
アベルは身を乗り出し、レプトラに言う。
「残念ながら、凄腕です……ね」
これを凄腕と認めるのは、さすがに気が引けたが、残念ながら認めざるを得ない。
「……しかし、この侵入者が凄腕だったとして……どうするんです?」
何気なくレプトラは、浮かんできた疑問を口にした。
いや、口にしてしまった。
「コイツ。手下に欲しいな。と思ってな」
さあ、またマイスタ・アベルがとんでもない事を言い出した。




