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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
朝鮮半島動乱 九三一空進空せよ!

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朝鮮半島動乱 九三一空進空せよ!4


「待っていたよ!」

 愛知の三菱に戻って最初の一言はこれだ。

 言っているのは、設計主任の堀越氏。

「……さっそく見てくれ!」

 滑走路脇のかまぼこ格納庫の一つ。その中に、それは鎮座していた。

 九八試艦上戦闘機『烈風』。

「……出来上がってたのか……」

 天井照明の淡い光に照らしだされる、その機体はとても美しい。

 大雑把には先細りの楔形。主翼は変形デルタ翼であり、翼前淵は四〇度程度の後退角、翼後淵には二五度程度の前進角が与えられている。機体後部に目をやると、二機の反動推進器とそれを挟むように二枚の垂直尾翼。垂直尾翼は外側に向かって二五度程キャンバー角が与えられ、合わせて水平尾翼も下側へ二五度ばかり下がっている。

 水平尾翼全淵はそのまま機体に沿って伸び、主翼の中ほどまで達する。

 そして、何より目につく特徴は……

「……でかい……」

 機体を見上げてラーズは言った。

 『烈風』の全長は二八メートル。両翼は二六メートルにも達する。

 現在、帝国の戦闘機分野でもっとも幅を利かせているのは中島飛行機である。海軍のA7N『疾風』、陸軍のキー八四『疾風』は両軍が保有する戦闘機の五割を超える。

 無論この状況は三菱としては面白くない訳で、なんとか自社製の戦闘機を欲していた。

 そこに現れたのが水野博士であり、持ち込まれた特号装置を組み込んだ究極の戦闘機として『烈風』は、社運を背負って生まれてきたのだ。

「……おお。ラーズ君。

 待っていたんじゃよ」

 両手を広げながら水野博士は言う。

 心なしか、いつもの白衣がくすんでいるようにも見える。『烈風』にかかり切りだったのか?

「早速、飛行試験をしたいんじゃ」

「は?」

 水野がいきなり、無茶な事を言い出す。

「この機体を飛ばしてデータを取るのじゃ」

「いや、フライトシムもまだ……」

 通常、航空機の開発はコンピュータを使ったシミュレーション上で行われる。

 これは、開発対象の機体をパイロットの育成にも使えるため、実機が出来上がる頃にはパイロットも仕上がっている、という塩梅を期待しての事だ。

「残念ながら、帝国には特号装置をシミュレートできるシステムなど無いんじゃ。

 実機を使うしかない」

 言われてみれば、それはそうだ。

 特号装置も今年の初めに完成したところなのだから。

「ひっでえ」

 思わずラーズは声を上げた。


◇◆◇◆◇◆◇


 一方そのころ、坂井以下九三一空のメンツは北九州は門司に進出していた。

 九三一空はたった三機の混成戦隊であるが、三人とも海軍のエース。下手な定数の飛行隊よりスコアは高い。

 海軍軍令部からの指令は、日本海の哨戒飛行となっている。

「……もっと楽しい任務がやりたい所だが……

 ラーズの奴も連れてきたらよかったな」

「隊長、ラーズさん連れてきても乗る機体がないでしょう」

「大丈夫大丈夫。あいつなら『疾風』に乗せたら、すぐ飛べるようになるって」

 坂井はラーズを高く買っている。

 動体視力、平衡感覚……そして、平衡感覚と視覚情報を切り離して処理する能力。いづれもエースになれるだけの素質を持っている。

 もっとも、これがラーズ固有の能力なのか、エルフというのはみんなこんな物なのかは不明であるが。

 ちなみに坂井達が、日本海の上を飛んでいる事に戦術レベルで意味はない。

 該当空域には既に陸軍の早期警戒機が複数投入されており、この空域で起こる事はほとんど全て観測されているからである。

「村田さんはどんな感じよ?」

「はっ、高機動の小型舟艇などが不法に越境するのを待っております」

「またやけにピンポイントな……」

「機動力の高い舟艇に自由落下爆弾を落とすなど、心が躍るであります」

 ちらりと坂井が左隣を見ると、『彗星』のキャノピーの向こうで村田が敬礼している。

「やっぱり爆撃の神様は言う事が違いますねえ」

 宮部が関心したように言う。

「緊急! アメノウズメより各々」

 アメノウズメとは、陸軍が飛ばしているAWACSのコールサインだ。

「北方。サハリン方面より小型の飛翔体の接近あり。一九〇度二〇〇ノット。

 友軍識別反応なし。近隣空域の実働部隊は確認に向かわれたい」

「……じゃあ、行くとしますかね。

 カンムリワシよりアメノウズメ。了解した。我が隊はサハリン方面に進出する。通信終了」

 坂井は愛機を、操舵スティックとラダーペダルでサハリン方面に剥ける。

「全員、付いてこい」

「モズ。ヨーソロ」

「チョウゲンボウ。ヨーソロ」


「……UAVか?」

「その様ですね……戦術AIはヤマハ発動機製と主張しています」

 ヤマハ発動機のUAVというのは、軍事用ではなく農業用のUAVだ。

「農業用にしちゃあ、二〇〇ノットは少々速くないか?」

 ただし農薬の散布機能を有するため、BC兵器を搭載すれば容易に大量殺戮兵器と化す。

 坂井はちらりと戦術マップを確認した。場所は津軽海峡の西、約一七〇キロ。

 UAVは南南西に向かって進んでいるので、このまま行くと新潟辺りに上陸する事になると思われる。

「農業用のUAVに渡洋性能があるとも思わないが……」

 これがサハリンから飛んできたものなら、立派な領空侵犯である。

 当然、帝国にはこれを撃墜する権利があるのだが……国境警備は陸軍の範疇であるため、海軍の坂井達は手出ししづらいのだ。

 そんなことを坂井が考えている間に、南から陸軍機が四機やってくる。

「キー71『飛燕』か……長岡かねえ?」

「どこかの練習飛行隊かもしれませんよ?」

 陸軍機を見ながら呟いた坂井に、宮部が答える。

 キー71『飛燕』は、キー84『疾風』の前の世代の戦闘機で、現在は僻地の植民惑星の防空や、本土でのパイロット育成目的で使われている場合が多い。要するに二線級の戦闘機である。

 これは、A7N『疾風』が制式化された後も、軽空母や護衛空母の艦載機としてA6K『戦風』が前線に残っているのとは対照的であると言える。

「……全機、高度を一万三〇〇〇まで上げる。

 ついてこい」

 陸軍機に場所を開けるべく、坂井は操舵スティックを手前に引く。ワンテンポ間を置いてスロットルを入れる。

 たったそれだけの動作で、『疾風』は遥か上空へと駆け上がっていく。

 その上昇中、猛禽類より目がいいと評判の坂井の目が、遥か上空を飛ぶ何かを見つけた。

 ……高度三〇〇〇〇、いや四〇〇〇〇以上か……を飛んでるな……

「……どうしました? 隊長?」

「宮部は見たか?」

 坂井は聞いた。

 宮部の視力も相当な物だからして、謎の飛行体を見たかも知れないと思ったからだ。

「いえ。特に何も見えませんでしたが……村田さんは、何か見ましたか」

「自分にも特には……」

 やはり、それは坂井にしか見えていなかったのだろうか?

 『疾風』『彗星』共に、機体単独での大気圏脱出性能があるので、追おうと思えば終えるのだが命令もなく待機空域を離れることも出来ず、坂井は追跡をあきらめた。

 見れば、遥か下方でUAVが『飛燕』隊によって撃墜された。

「隊長は一体なにを見たんですか?」

「……航空機だ……多分高度4万以上を飛んでた……」


◇◆◇◆◇◆◇


「……本当にいきなり飛ぶんですか?」

 うやむやの内に、飛行服を着せられ『烈風』のコクピットに押し込まれたラーズは無線に向かって言う。

 『烈風』のコクピットは快適であると言える。

 シートの座面は固く、背もたれは背骨にぴったりと沿う形状。

 そのシートに大腿部の大半が接した理想的状態で、足裏がぴったりラダーペダルに付く。

 操舵スティック、スロットルレバーも同様にあつらえたように……実際あつらえたのだろうが……ラーズの体に良く馴染んだ。

 これら操縦系統のレイアウトは、海軍伝統の物で水練から一貫して同じである。

 ぱっと目につく違いは、スロットルレバーの横の防火壁からもう一本レバーが生えている事……これは推力ベクトル変更用のレバーだ……と、計器類を表示する超高精細なホロデッキが眼前に広がる程度。

 従って、ラーズとしては操縦に不安はない。

 しかし、操縦以外には大いに不安がある。具体的には特号装置絡みである。

「ご主人様は慎重なのですね」

 こんなことを言っているのは『烈風』のAIだ。

 このAIは、京都の一件でラーズが留守にしているうちに、よりトチ狂った感じに進化した。

 どうもスタッフとエンジニアたちが、好き勝手に情報を吹き込んだ結果らしい。

「なに。問題はあるまいて。

 もしもの時には、AIが機体をコントロールしてくれるしの」

 ……ならAIだけで、いいんじゃねえか。

 ラーズは思ったのだが、どうせ聞いてくれる人間など居ないだろう。

 大体、もう機体が滑走路の一番奥に移動を開始しているのだ。

 今更引っ込みもつかない。

「大丈夫。わたしがちゃんとサポートしますね」

 計器表示用のホロデッキのど真ん中に鎮座している、紺色のメイド服を着たアバターが言う。

 なんでメイドさんなのかとか、計器用のホロデッキのリソースそんなことに使っていいのかとか、ラーズとしては色々思う事もあるのだが、まあ誤差みたいな物である。

「管制塔より、試験機。

 こちらは堀越だ。ラーズ君応答を」

「……こちらラーズです。管制塔どうぞ」

「急ですまないが、コールサインを決めて欲しい。管制の都合上必要だ」

 確かに、堀越が言う通りだ。

「そんなこと、突然言われても……」

 困るのである。

「うーん」

 ラーズは唸った。

「……帝国海軍では伝統的に鳥の名前を使うようじゃの。

 『サムライ』坂井のコールサインは、カンムリワシじゃと聞いておるの」

 ラーズが命名に困っていると思ったのか、水野が軍の命名規則を教えてくれる。

 坂井のコールサインは有名だ。ラーズも知っている。

 しかし、坂井に倣って猛禽の名前をコールサインにするのは、憚られる物がある。

「……じゃあ……コールサインはスズメで」

「よわそう」

 ノータイムで答えるのは、当の『烈風』のAIの意見だ。

「……なんだ、気に入らないのか?」

「いえ。問題ありません。

 コールサイン、スズメ。登録いたしました。以後はわたしの事も『鈴女』とお呼びください」

 わざわざホロデッキ上のアバターが、きれいな明朝体で『鈴女』と書かれた看板を示しす。

 なるほど、これはこれで分かりやすい。

 ……しっかし、AIにこんないろんなシステムへの干渉権限与えていい物なのかね?

 そんな事をラーズが考えていると、滑走路の脇で『烈風』は停止した。

「ご主人様。滑走路への侵入許可の取得をお願いします」

 これは鈴女の言葉。

「……ふう。

 スズメより、管制。二番滑走路への侵入許可を願う」

「管制塔よりスズメ。二番滑走路侵入を許可する。離陸位置まで前進、離陸命令を待て」

「ヨーソロ管制塔。スズメ了解。ただいまより滑走路へ進入する」

 進入する。と言ってもラーズがやることは何もない。勝手にスズメが機体を進めているからだ。

「鈴女。天候データを見せてくれ」

「承知しました。ご主人様」

 返答と同時に、鈴女のアバターが消え、周囲の気象データが表示される。

 ……ああ。表示限界があるんだ。

 とラーズは思った。


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