帰らざる旅路7
プラチナレイクの湖畔に夜が訪れる頃、一行はプラチナレイク東岸に達した。
とっくに車は乗り捨てている。
現在は、とんでもない数の捜索隊に追い回されながら、プラチナレイク湖畔を逃げているところである。
「エージェント・クロウラー。本当に逃げきれんのか? コレ?」
「正直言って、敵をなめてました。
まさか一〇〇〇人オーダーで追跡部隊を送り込んで来るとは……」
アベルの問にエージェント・クロウラーが答える。
当初ラーズは、昼間にレイルに橋もろとも消し飛ばされた敵は、限定的な捜索しかしなくなると予想していたのだが、完全に裏目に出ている格好だ。
やはりこの敵達の行動原理は、センチュリアのそれとは異なるドクトリンによって支配されていると言えるだろう。
「……で、脱出用の宇宙船というのはどこにあるんだ?」
「それは、もう少し湖岸を北に行ったところの沖の島の地下に隠されています。直線距離で七キロと言ったところです」
アベルは問を続け、エージェント・クロウラーはそれに答える。
「……空飛んで行ったら、絶対見つかるよな?」
魔法というのはとにかく派手に発光する。出力高い飛行魔法などは驚くほど派手だ。バッドゲームズ的には派手なのは別に問題ないのだが、こういう隠密行動が要求されるシチュエーションでは大変困る。
無論、《レビテーション》のように派手に発光しない浮遊魔法というものも存在するのだが、こちらはスピードが出なさすぎる上、単位移動距離あたりのコストが非常に高い。湖の上を一キロも飛べば、まず間違いなく力尽きて落ちる。
「だろうね」
とは、レイル。
レイルの高機動魔法も派手に光る。
「……と、なると船なりボートなりを見つけるか……
それとも、泳ぐか……」
レイルが無茶な言葉を続ける。
船はともかく、随分肌寒くなってきた昨今、プラチナレイクで泳ぐのは勘弁願いたいところだ。
……まあ、結局泳ぐことになるんだろうなあ。
ラーズはそう考えた。伊達にレイルより長く生きているわけではない。人生経験に基づいた判断である。
「……となると……」
アベルが言い。エレーナ自身の除く全員が一斉にエレーナの方を見る。
「船の運転、できるよな?」
運転ができるか? と尋ねているのではない。運転しろと命令しているのである。
「……ああ。私なんか、とてもないがしろにされてるような気がする……」
周囲に味方は居ないと悟ったのだろう、エレーナは心底不幸そうな声を上げた。
もっとも、これからもっと不幸になるのだが。
船の調達はそれほど難しいものではなかった。
宇宙人の襲撃により、プラチナレイク周辺は既に無人……いや、宇宙人は沢山いるが。
ならば、この周辺にあるレイクガード……要するにコーストガードの湖版だ……の船舶を見つけるのはそれほど大変な事ではない。
実際。
「おっ。あったあった」
湖畔にあるそれっぽい舟屋を適当に開けて行けば、船が見つかるのは道理。
トタン張りの薄暗い舟屋の中には、一隻の船が安置されていた。
全長十二メートル。全幅は三メートル程。
パトロール用の船だけあって速そうだ。
「よし、これをパクろう」
エレーナに向かって船室に行くように指さしながら、アベルが言う。
「時にエージェント・クロウラー」
「何でしょうか? マイスタ・アベル」
「目的の島までここからだと……五キロくらいか」
一瞬暗算して、距離を求めてから言葉を続ける。
「……ぶっちゃけ、この船で湖の上走っていくとして、見つからないなんて事、あるのか?」
「見つかる、でしょうねぇ」
「……だよな。多分連中、空の上から地上の様子見てるよな。それも暗視付きで」
アベルが推論を述べる。
それはラーズも感じていたことだ。
敵の追跡はあまりにも正確すぎる。
「聞いてくれ、オレに考えがある」
アベルはそう言って、作戦を語り始めた。
それは、まあ……ラーズの想像を超えて酷いものだった。
「……じゃあ派手に行くぞ!
《炎の矢・改》デプロイ!」
ラースの放った炎の矢が、舟屋のぼろっちい扉を粉砕する。
「よし、エレーナ行けぇ!」
景気のいいラーズの掛け声で、船が加速を始める。
「……ちょっと、本当にこんなデタラメやって大丈夫なの!?」
悲鳴交じりの質問だが、ラーズは無視した。大体、宇宙人が跋扈していること自体がデタラメなのだ。
無論アベルもレイルも無視である。
エージェント・クロウラーは、心底それを憐れんでいる顔をしたがそれだけだった。
「……神は死んだぁ……」
それを見たエレーナはそう叫んだ。
船が走り始めて数分。沿岸部で何かが光った。
それも一つではない。いくつも光っている。
それが何か、など考えるのはナンセンスだろう。
砲撃に決まっている。
宇宙人のテクノロジーによって弾道制御されたそれは狙いを違わず、五人の乗った船を直撃した。
狙いの正確さもさることながら、その威力も凄まじい。
飛来してきた砲弾は一瞬で船の上部構造物を全て粉砕し、その余波は船の竜骨をへし折った。
哀れ五人を乗せた船は、目的地の島の数百メートル手前で轟沈した。
一時間弱が経過した。
目的の島の南岸に数名の人影。
何のことはない、ラーズたち五人である。
轟沈した船に乗っていたはずの五人が全員生きている。無論、これは奇跡でもなんでもない。
船の底で、アベルとレイルが全力で防御魔法を張っていただけである。
船が沈んだ後は、アベルの魔法で水の中を移動できるようにして、エレーナが風の魔法で呼吸経路を確保、あとはここまでの数百メートルを泳いできたのだ。
AiXもSPRiTもそれなりの防水性能を持っているので、魔法の使用に差支えはない。
「……ひどい……」
エレーナはなんとか吐き出すようにそう言った。
結局、プラチナレイクで水泳する羽目になった。既に化粧もはがれて酷い有様だ。
「いつもより美人さんだぜ」
と、アベル。ボロボロになったエレーナの後ろを通り抜けながら言う。冗談なのか煽っているのかは不明だが。
当のアベルはほとんど傷も付いていない。キレイなものだ。
もっとも、アベルに傷がつくような事態になっているなら、周り……特に防御力の低いラーズやエレーナ辺りは命にかかわる事態になっているだろう。
「……よし。無事着いたな」
特に、無事。を強調してラーズは言った。
言うまでもなく、無事ではない。特に補給無しで魔法を使い続けていたレイルは、先ほどの船の中の防御魔法でリソースが枯渇。
実質的にただの人になった。
これは由々しき事態である。ただ単に戦力がマイナス一されただけでもツライのに、ここからはただただアベルの防御リソースを消費させるだけのマスコットになったと言える。
たまったものではない。
しかし、ゴールが目の前なのも事実。ここでレイルのリソースを使い切るのもあり、と言えるかもしれない。
「で、エージェント・クロウラー。
くだんの船は?」
ラーズの問いかけに、エージェント・クロウラーは島の中央の丘陵地を指示し、言った。
「丘陵地から、地下に続く洞窟があります。
その奥です」
「まだあんの!?」
悲鳴はエレーナの物。島について終わり、などと軟弱な事を考えていたらしい。
「まあ、とうぜんだわな」
ラーズは同意を示した。
ずっと前から宇宙船が隠してあって、それがセンチュリアの住人に見つかっていないという事は、そうそう簡単にアクセスできる場所に置いてあるわけがない。
当然、洞窟の奥などは想定の範囲内である。
「水の底にあるから泳げ! みたいな事にならなかっただけラッキーだって」
「そんな……ひどい……」
エレーナはひどいを連発しているが、本当にひどいので仕方ない。
「わたし……長老院に保護してもらった方がよかったのかしら……」
「長老院……空爆とかされてないといいね」
ぽつ、とレイル。
「……」
エレーナは沈黙した。
実際問題、あのタイミングで長老院を目指していたとして、保護してもらえたかどうかは相当微妙であると言える。
最初の攻撃からの時間を考えると、既に保護を求めるエルフが殺到していた可能性が高い。
無論、ラーズクラスの上級魔法使いはともかく、エレーナクラスでは優先保護してもらえる保障はなかった。
「……さて、今度は洞窟探検だ」
「《ライト》!」
たっぷり十秒ほどの時間をかけて魔法を準備したレイルの魔法により、レイルの手にした錫杖に光が灯る。
VMEのバッテリーを使い切ったレイルの魔法は、コンピュータに頼っていない。
本来、コンピュータによる魔法制御を行っていれば、一秒以下で済む魔法の発動プロセスもこの有様である。
言うまでもなく、無酸素運動……つまり格闘戦をしながらの魔法の使用など不可能だ。
「もう戦闘はないと思うけどね」
さすがに、洞窟内に入ってしまえばもう追手は来ないだろう。とレイルは言っているのである。
「そうだといいんだがな……さあ、行こうか」
一行はエージェント・クロウラーを先頭に洞窟内を進んでいく。
洞窟は、典型的な風穴である。かつては洞窟全体が地上にあって風に削られてできたのだろう。
「複雑なのであまり離れないでください」
右手にやたら明るいペンライト、左手に情報端末……地図なのだろう……を持ったエージェント・クロウラーは、振り返りもせずに言う。
言われるまでもない。こんなところで迷子はごめんである。全員同じ意見だろう。
「……モンスターとか、居ないよ……ね?」
不安に思ったのか、エレーナが誰にともなく言う。
気持ちはわからなくもない。とラーズは思う。
だが、ここプラチナレイクはそもそもキングダムの領地外。
キングダムのモンスターの類が残っているとは考えにくいだろう。居るとすると、キングダムから脱走して自分でモンスターになった魔法使いとかだろう。
「居るとしたら、不死の怪物くらいかね」
ラーズは言った。
「やめてよ。そういうこと言うの」
その後一時間ほど歩いて、一行は洞窟の最深部……と思われるところに到達した。
「この壁に隠し扉があります」
巧妙に偽装されているが、言われてみればなるほど、確かに継ぎ目が見える。
「……どうやって開けるの?」
レイルの問に、エージェント・クロウラーは答えす、手元の端末を操作して見せる。
しゅ。という空気の抜けるような音を立てて、岩が壁の一部が奥にずれ込み、その後横にスライドする。
その奥は暗闇。しかし、床はモルタルで固められ、右の方には金属製の手すりも見える。
声の反響ぐわいからかなり広い空間であることが、感じられる。
「今、照明を……」
エージェント・クロウラーの声。続いてバンという破裂音と共に、天井に設置されている照明に火が入った。
「すげえ。まさか本当にあるとは……」
ラーズの目の前に現れた『それ』は、なるほどセンチュリアのテクノロジーの及ぶ範囲外の代物だった。
全長は七〇メートル程か。サメを彷彿とさせるシルエットである。
現在ラーズの立っている場所は、サメの尾びれの左側のやや高い位置に当たる。
ラーズは、手すりの位置まで歩み寄る。
手すりの向こうはまさに、奈落。と言える深さである。
ほかのメンツも、その光景に絶句しているようだ。
……そして、全部本当だったってことだよな。
ラーズはそう思った。
ここで眠る船が、センチュリアのテクノロジーで製造できないのは明白。つまりこれは、センチュリアのテクノロジーの及ばない別の文明が存在し、その文明がセンチュリアを侵略してきた事を示している。
「下へどうぞ」
エージェント・クロウラーはそう言い残して、金属製の階段を下りていく。
アベル、ラーズの順で続く。レイルは上でまだ船を眺めているようだ。
「でかいな……一体どれくらいのサイズなんだ?」
「全長は六七メートル。胴体の最大全幅全高がそれぞれ九メートル。船底からセイル……背びれですね……のてっぺんまでが十七メートル。最大幅も同じく十七メートルです」
ちょっとしたビルが寝そべっているような物である。
「わたしは船の始動準備をします。
一時間程度で終わりますので、皆さんはここで待っていてください」
そう言うとエージェント・クロウラーは船の前方に歩いて行った。
「もう安全。って感じだよな」
「ああ……でも、あっさりしすぎてると思わねえか?」
アベルの言葉にラーズが返す。
確かに、船の沈没を隠れ蓑にして敵を煙にまいた……つもりだ。
だが、本当にまけているのか? ラーズにはその辺の自信がなかった。
なにしろ連中は、エレーナの《チェンジエアー》がかかっている状態で、こちらが見えていた節がある。
「……安心は禁物だな」
最悪のパターンは、船の沈没の偽装工作を見破られていて、ここまで尾行されているという流れである。
「あーあ。カメラでも持ってくればよかったね」
こちらは、まだ上に居るレイルの声である。
「……どうすんだよ? カメラなんか」
「んー。事が終わったら自伝でも書こうかな、ってね。
うまくいけば、その後一生印税で食べていけるよ」
「そうかー。その手があったかー」
「……なんであんたたち、そんなに元気なのよ……」
ラーズとレイルの受け答えを聞いていたエレーナが、うめくように言った。
無論誰も取り合わないが。
と。
「……ん?」
ぱっと手を挙げて、全員に黙るようにジェスチャを送り、ラーズを聞き耳を立てた。
「……やべえ! 足音だ。
数八。訓練された足音だ。推定重武装」
一瞬で足音から読み取れた情報を展開、今下りてきた階段を駆け上がるラーズ。
「エージェント・クロウラー! 追手が来た。急いでくれ!」
アベルもまた、ラーズの後を追う。
ラーズの戦う所、その後ろには常にアベルが居るのだ。
「レイル、エレーナは離れろ!
エレーナはエージェントの護衛!
アベル! どうする!?」
「出口に陣取って、順次撃破していきたいが……爆発物が怖いな」
入口から威力の高い爆弾でも投げ込まれたら事である。無論、それで都合よく入口が埋まったりするかもしれないが、あまり期待はできない。
なにより、アベルの手持ちの魔法の残量も気になるとこだ。
「なら……撃って出るか!
エージェント・クロウラー! 最速でコイツ動かすのにどれくらい時間を稼げばいい?」
階段の上からラーズが怒鳴る。
「チェックは全部飛ばすとしても、十五分です」
落ち着いた感じのエージェント・クロウラーの声が返ってきた。
……行けると思ってる。ってか。
声の調子からラーズはそう判断した。
しかし、現実問題として増援込の敵戦力に対してどれくらい突っ張っていられるかわからない。
理想的には、出発準備ができた地点でいったん全滅させてそのまま逃げる。という流れだが。
「よし。行こう。
毒ガスとか流されたらたまらん」
確かに毒ガスは厄介である。広いと言っても船の格納庫は閉鎖空間……いや、ここに至るまでの洞窟自体が閉鎖空間と言える。致死性のガスを撒かれたら最悪全滅してしまう。
「アベル。お前あとどれくらい行ける」
「二戦くらい」
ラーズの問にアベルが答える。
「やっぱそれくらいだよな。オレもだ」
持続戦を念頭に置いてビルドされているアベルの魔法は、全体的な傾向として燃費がいい。
それでもなお、最後の補給から使っている魔法が多いため、随分消耗してきているという事である。
「防御にリソース回すのが惜しいから、ここは積極攻勢で行きたい。OK?」
「OK」
ラーズが走り出し、アベルが続く。