陸軍危機一髪! 幻の都攻防戦13
ラーズの周囲に炎の矢が二〇発ばかり出現。ただし、まだ投射はしない。
雷獣は、大きく飛び下がった。
……いい動きじゃん?
「……っけぇっ!」
このタイミングで|《炎の矢・改》を投射。雷獣の着地を狩る。
雷獣がとびかかってくれば、引き付けて対空迎撃。飛び下がれば、着地狩り。《炎の矢・改》は初手としては概ね万全の一手だ。
そして、雷獣側が対策を取れば、ラーズは極めて低リスク低コストでそれを見ることが可能なのである。
雷獣の鬣がら、金色の雷がほとばしり《炎の矢・改》を打ち砕く。
「……いいねえ。そう来なくちゃあ」
惜しむべきは、《炎の働きよ刃に宿れ》や《紅蓮剣》などの付与魔法が、現在ラーズのライブラリには載っていない事か。武器の無かったラーズは、ほかの魔法に開発リソースを回さざるを得なかったのだ。
「神様は下がっててくれ!」
振り返らずに、警告する。
これはどちらかと言うと、雷獣云々よりラーズ自身の魔法に、外野を巻き込んでしまう可能性を鑑みた物だ。
雷獣の体長は四メートル程、体重は一トンとラーズは見た。
……格闘戦は、不利だな……
基本的に、戦術以上の要素が介在しないシチュエーションでは、体重が重いほうが勝つのが大自然の摂理である。
この場合に限って言えば、運動能力も雷獣が上回るだろう。
それは雷獣側も承知の上なのか、再びゆっくりとラーズの周囲をめぐり始める。
「……さすがに、唯一神みたいな恰好してるだけの事はあるな。こっちは雷タイプだが」
「なによ唯一神って!?」
律儀に那由他が言う。
ラーズとしては唯一神の偉大さを語るのは望む所ではあるのだが、残念ながらその唯一神のそっくりさんが、それを許してくれそうにない。
故に。
「うっせえどっか行け! 邪魔だ」
那由他の方に向かって怒鳴る。
無論、これは半分は雷獣の攻撃を誘う意図だ。
残りの半分は、本当に那由他が邪魔なのだが。
かくして、ラーズの挑発に乗って、雷獣が動きだす。
「……デタッチ!」
今までアイドリング状態になっていた、ハイパークルーズモードの《フレアフェザー》を、即座に攻撃に転用する。
この行動は、予備動作もなにも必要ない。
ラーズが《フレアフェザー》による火の鳥を投射、ほぼ同時に雷獣が口から雷撃を吐き出す。
キュ! という空気の縮む音。直後、《フレアフェザー》は雷撃の外圧によって、爆ぜてド派手な炎の玉と化した。
やってきた爆風に逆らって、ラーズは腰だめに刀を構えつつ雷獣に向かう。
「しゃぁっ!」
爆炎と土煙の向こうに雷獣のシルエットが見えた瞬間、裂ぱくの声と共に『小狐丸』を振りぬく。
間合いはやや遠いが、これでいい。
雷獣は丁度、左の前足を振り上げた所だった。そこにラーズの左下から右上へと抜ける剣劇の軌道がぶつかった。
質量とエネルギー量の関係で言えば、『小狐丸』が折れるか曲がるかしそうなものだが、ラーズの魔力で支えられたこのアーティファクトは見事に耐えて見せる。
それだけではない、雷獣の左前脚を切り裂いて見せた。
「……だが、浅いかっ!?」
ラーズは言った。有効打だったのは間違いないが、有効打以上ではない。
現に雷獣は、大きく飛びのいてラーズとの間合いを離す。
ラーズとしては、やはり追撃したい所ではあるが、手負いで下がった敵を流れで追うのは愚かな行為だ。
普通、カウンター攻撃が用意されているからだ。
実際、雷獣が着地すると同時に、周囲に雷撃が撒き散らされたことから、ラーズの予想は間違っていなかった事がわかる。
「さすがは唯一神……いや、コイツは劇場版の唯一神だな」
そんなことをラーズが言っている内にも、雷獣は二歩三歩と下がっていく。
そして、踵を返すと大きく跳躍して木々の向こうに姿を消した。
「楽しみは後、って訳か」
ラーズは刀をひゅ、っと払う。
雷獣を斬ったはずの刀身に血はついていなかったので、別に払う物もないのだが。
本当の所は追撃戦に移りたいのだが、やはり『小狐丸』のステータス調整が必要であるとラーズは考えていた。
「神様、無事か?」
「無論じゃて」
どこから取り出したのか、神様が鞘をラーズに差し出す。
『小狐丸』の鞘だ。鞘が無いのは不便なので、これは助かる。
「……ねえ、私は!? 私には何かないの!?」
「生きてたか。よかったな」
ラーズの恐ろしく雑な回答に、那由他は帽子を地面に叩きつけて、吠える。
「あんたねえ。なによその扱いの差は!?
なんで、こっちにはそんなに優しいのよ!? おかしいでしょ!?
……聞きなさい!」
ラーズは、那由他を無視して、適当な石の上に腰かけてホロノートを開いた。
「……ほう? 追わぬのか?」
「追いたいのは、追いたいけどな……『小狐丸』はもうちょっとセッティングを詰めときたい所だ」
アーティファクトという物は、極々稀にある例外を除いて手に持って即その効果を引き出せる事はない。
その神秘を最大限に発現させるには、ソフトウェアが必要である。
多くのアーティファクトにはデータシートなど存在しないので、そのソフトウェアは現物合わせで作りこむしかない。
それには、やはり研究と試行錯誤が欠かせないのだ。
研究とは実戦である。今、雷獣戦で得られた戦訓はなるべく早い段階で、制御用ソフトウェアに反映させるべきである。
「……やっぱり、魔力の流れ方の特性が聖域のアーティファクトと異なるな……コイツは興味深い」
マジックシンセサイザーのログファイルを確認しながら、ラーズはキーボードを叩く。
ソフトの一部を即興で修正する。
アルゴリズムの変更を即興で行い、そのまま実戦で使うなど開発手法としては論外である。ここではラーズはデータテーブルの変更のみにとどめる。
実処理部分に変更を伴うであろう、変更案については別途メモっておく。
「……ところで神様ー」
ホロノートから視線を外すことなく、ラーズは言う。
「ムカデとか唯一神とか殴り倒して、オレらが帰れる状況になったとして……
神様たちはどうなるんだ?」
「そんなことが心配かえ?」
「取るに足らない、とか思うじゃん?
ところが気になるんだよな。後々じっくり話も聞きたいし」
この辺は、文句なくラーズの本音である。
なぜ、こんな閉じた世界ができてしまうのか、非常に気になる。
ついでに、なぜこの世界が選択的に外部から人々を呼び込むのか、も。
「……安心せい。神社はここにもあるし、向こう側にもある」
「……そうか。戻ったら、今度はお稲荷さんでも持って挨拶に行かないとな……」
パタン、とホロノートを閉じてラーズは立ち上がった。
「まあオレがバケモノに負けないように祈っててくれ。いや、神様は祈らないか……」
数歩歩いたラーズの背に、再び炎でできた翼が生じる。
「ちょっと! 置いていく気じゃ……」
那由他が、慌てて駆け寄ってきている気もするが、まあどうでもいい。
ラーズは、翼を広げて高く舞い上がった。
高度を一〇〇メートル程取ってから、水平飛行に移行する。
「……決戦の時だぜ」
「待ちなさい! 戻って来なさい!」
◇◆◇◆◇◆◇
六〇一歩の砲兵である大山崎少尉は、空を見上げていた。
「少尉殿、いかがなさいました?」
声をかけてきたのは、砲兵仲間の柳一等兵である。
「……稲荷山の様子が、な」
大山崎が指さす先には、金色に輝く獣が飛んでいるのが見える。
この都に迷い込んで、数日で大体のバケモノには会ったと思っていたが、この獣は初めてだ。
「なんなんですかね? まあ、異常な物もそろそろ見飽きましたが」
柳が感想を述べる。大山崎も同じ感想だ。
「……しかし、バケモノもいいが、腹が減った」
「全くもって、同意であります」
六〇〇名から居る、六〇一歩は国内の短距離移動の最中であった。
ゆえに持ち歩いていた食料は、最小限だったのだ。
その状態で、この都に閉じ込められて、もう十日以上になろうかとしている。
幸い、都のあちこちで野菜などの入手は可能な事がわかっているのだが、レンジャーを数十人単位で投入しても、六〇〇名の腹を満たすのは厳しいと言わざるを得ない。
大山崎は、あと数日が限界だと感じていた。
そして、食料もさることながら弾薬もそろそろ不足が目立ち始めている。
下手をすると、食料より先に武器弾薬の類が尽きて、バケモノに押しつぶされるかもしれない。
「……内調の女と、その連れが状況を打開してくれる事を祈るしかあるまい。
なに。松山閣下が送り込んできた、連中だ。きっと上手くやってくれるさ」
そう言って、大山崎ががはは、と笑った。
かくして、自走砲陣地に隠れて、日々を過ごす状況は打開された。
ムカデが、稲荷山西側に布陣した歩兵の防衛陣地を中央突破……文字通り、陣地ど真ん中を走って……してきた。
「水平発射準備ー!」
「弾込めー」
「諸元入力急げ!」
自走砲陣地のそこかしこで声が上がる。
六〇一歩が装備する自走砲は、八九式自走榴弾砲である。
基本的な運用としては、榴弾を山なりの弾道で放つものだが、別に水平に直射する事も可能だ、
二基の自走榴弾砲は方針を水平にして、西側を向く。
大山崎が見ると、山の斜面をムカデが凄まじいスピードで這い上がってくる。
「よく引きつけろーっ!」
砲の水平発射は、まさに見えている範囲にしか届かないし当たらない。
しかも、陸軍の砲というのは大ムカデを攻撃するようには、できていないのである。
照準システムの問題で、偏差射撃も出来た物ではない。
「超電磁砲でも欲しい所ですな……少尉殿。
……砲の発射準備は二門とも完了。一番は榴弾。二番は徹甲弾であります」
「よろしい」
確かに、このシチュエーションは超電磁砲が欲しい。大山崎はそう思いながらも、腕を組んだままうなづいた。
……だが、状況はあまりよくないな。
ムカデはまっすぐこちらに向かってきているので、投影面積が小さい。
「一番榴弾……てー!」
無線機に向かって、大山崎は叫んだ。
一瞬遅れて、大ムカデに向かって二二〇mmの榴弾が送り込まれる。
爆発。
素晴らしい腕だと、大山崎は思ったが、大ムカデは有意なダメージを受けた様子もなく、突き進んでくる。
「二番! てーっ!」
第二射は徹甲弾である。
帝国陸軍の二二〇mm徹甲弾は高速振動弾頭内蔵であり、その性能は厚さ九メートルのコンクリート製べトンを易々と貫通する威力がある。なお、最大貫通能力は軍機となっている。
だが、第二射はやや狙いが甘かったらしい。
ムカデの左側、至近距離を砲弾が通過する。
直撃ではなかったが、その威力は絶大だった。砲弾の弾道に巻き込まれるように、ムカデが地面から引きはがされて宙に舞う。
砲兵たちから歓声が上がる。
「なにをしとるかー! 次弾装填、急げ!
通信兵! 自走ロケット弾陣地に通報! 『ロケット砲による威力投射を直ちに実施せよ』以上!」
大山崎の依頼に答え、地対地ロケット弾が自走ロケット砲陣地から飛来する。
「やれるか!?」




