帰らざる旅路6
「早えな。おい」
「ヘリだね……
……見たことない形だけど」
「見たことない形なら敵だな。よし先制攻撃だ」
アベル、レイル、ラーズの順言う。
「やべえな。なんか楽しくなってきた。
とりあえず、屋根なんかいらねえよな? 対空戦闘の邪魔だし。
《炎の働きよ剣に宿れ》」
ラーズは魔法を発動させる。
《炎の働きよ剣に宿れ》は、特殊補助魔法に分類される。その効果は、炎によって剣の切れ味と強度を飛躍的に高める事である。
「よっしゃぁ! ぶっ飛べ!」
バンの後部ドアの後ろの端辺りに剣を突き立て、そのまま側面と天井の境目に沿って剣を走らせる。
車の鋼材が、まるでパンでも切るように、スパスパ切れていく。
「ちょっとぉ!? 車の剛性とか……!?」
エレーナが悲鳴に交じって抗議の声を上げる。
「バンに剛性なんかないから気にすんな」
「……まっすぐ走らないんですけどぉ?」
「気にすんな」
精神論でエレーナを黙らせたラーズは上空を見上げた。
今や屋根は吹きとばされ、ただ空が見えている。
見据える先にはヘリ。
やることは一つ。魔法で叩き落すのである。
「……《フリーズブリット》デプロイ!」
まず口火を切ったのはアベル。防空魔法である《フリーズブリット》はこの場合牽制の意味合いが強い。
これは、後続のラーズやレイルの打撃魔法に期待した魔法のチョイスと言える。
絶妙な感度に調整された《フリーズブリット》は、上空のヘリに接近すると近接信管によりその鼻先で炸裂。
ヘリはその効果範囲に入るかと思いきや、鋭い機動で横に滑ってかわす。
いい動きする。とラーズは思った。
こういう機動を見せられると、なるほど宇宙人と言われても納得がいくというものだ。
だが、空を飛んでいる以上、どんな物でも落ちるのである。
「……じゃあ、とっておきの奴行くぜ。
《フレアフェザー》デプロイ!」
《フレアフェザー》はラーズ手持ち最強の打撃魔法である。魔法の炎を纏った不死鳥を相手に叩きつけるこの魔法は、優秀な発生速度、高い初速、自動誘導と事後誘導のフレキシブルな切り替えに対応し、なにより|《ブラスト=コア》を超える火力を有する。
もともとは対レイル用に設計された魔法だけあって、その性能に隙はない。
実は《フレアフェザー》には隠された機能があるのだが、現状その機能は封印してある。
「……ぶち抜け!」
ラーズのかざした手の甲の上に巨大な不死鳥が姿を現す。
両翼は優に三メートルには達するだろう。
それは、ラーズの言葉に従い上空のヘリを目指す。
《フレアフェザー》の投射体の弾速は、発射から一秒で二五〇メートル。無論この速度は誘導ありの速度である。
《フレアフェザー》に狙われたヘリはこちらに腹を見せながら急旋回。そして、赤く輝く光弾を立て続けにばらまく。
いわゆるフレアである。
フレアは熱と光を探知するミサイル兵器への対抗手段であるが、まずいことにラーズの《フレアフェザー》も熱源探知を行っている。
「ああ」
というラーズの残念な声を他所に、《フレアフェザー》の投射体がヘリの投下したフレアに吸い寄せられて爆ぜた。
それと同時に、腹を見せていたヘリが機首を下げ、こちらを指向する。
その腹の下から、一条の白い煙の帯が伸びる。
投射体は見えない。速いのだ。
「エレーナ! 避けろ!」
とラーズは警告するが遅い。
しかし、それはこちらに届く少し手前で、ぴたりと止まった。
アベルが防御したのだ。
ひしゃげた直径十五センチほどの投射体。ロケット弾だろう、が爆発した。
「ぐう」
アベルがうなる。
「重っ!?
……こんなの何発も受けられねえぞ」
アベルの意見は最もである。爆発の規模からして、一発食らったらバンもろとも全滅だろう。
「《シーカーロウ》デプロイ!」
レイルもそれはわかっているはずだ。矢継ぎ早に次の攻撃に移る。
アベルの使う防御魔法は基本的に指向性があるため、中から外への攻撃だけを選択的に透過させる。
展開しっぱなしの防御魔法を貫通して、レイルの攻撃が飛ぶ。
「……《炎の矢・改》デプロイ!」
ワンテンポ遅れてラーズの攻撃。
《シーカーロウ》と同タイプの、ばらまき誘導型の打撃魔法を選択している辺り、わかっている。と言えるだろう。
若干遅れて発動させているのも、回避を困難にするためである。
ちなみに、ラーズはこの『炎の矢・改』の誘導モードを画像認識とした。フレアによる無効化への対策である。
ラーズとレイルの放った投射体は合計二五発。しかも、全弾タイミングと弾速がバラバラである。
これは、いかな達人と言えども回避できない。
ヘリは再びフレアを撒きながら、急旋回で飛来する魔法の回避を試みるが、今度はフレアで幻惑される投射体はない。
どうやら、レイルも画像認識による追尾を選択していたようである、
そこへ。
「《フリーズブリット》デプロイ!
落ちやばれ!」
絶妙なタイミングでのアベルの追い打ち。
ヘリを包むように広がった《シーカーロウ》と《炎の矢・改》により、逃げ場をなくしたヘリの操縦席のキャノピーの至近距離で《フリーズブリット》が炸裂した。
《フリーズブリット》の追加効果により、キャノピーが一瞬で白く凍り付く。
中に人が居れば、無事では済まない程度の冷気である。
ヘリが斜めに傾いたかと思うと、横に滑るように落ちる。
道端の雑木林に落ちていくヘリに、ラーズとレイルの放った投射体が殺到。
そのうち数発が、致命的な部分に当たったのか、ヘリは空中に炎を噴き出した。
「おっ!? エンジン行ったか?
これはめでたい」
「めでたくなーい!」
めでたいというラーズに対して、めでたくないと主張するのはエレーナ。
なんでよ? と思い、ラーズが前を見ると緩やかな左カーブの先、割と大きな川にかかった橋の手前に数台の装甲車がバリケードを作っていた。文字通り橋頭保だ。
「右へ! 河川敷を行きましょう」
ここまで沈黙していたエージェント・クロウラーが声を上げた。
的確な指示……なのかどうかラーズには分からなかった、何か勝算があるのかもしれない。
ただ単に、放っておいたら考え無しにバリケードに突入する、とか思われている可能性も捨てきれないが。
車は道を外れ、河川敷の土手……ほぼ四五度の傾斜だ……を下る。いや、体感的には落ちる。と言ったほうが正確かもしれない。
天井を切り飛ばした車で、石がゴロゴロしている河原を激走する。なんともファンタジーな光景ではないか。
そんなことをラーズが考えていると、上……要するにバリケードとその向こうの橋だが、から兵隊たちが好き勝手に銃やら擲弾やらを撃ってくる。
「マイスタ・アベル。
氷の魔法で川に道を!」
「さらっと無茶な事言ってんじぇねえぞ!」
割とひどいことを言っているエージェント・クロウラーと、その言葉に怒るアベル。
まあ、当然だろう。
確かにアベルは氷の魔法を使うドラゴンではあるが、まあ物事には限度と言うものがある。
しかし、川を凍らせて車を渡さないと、逃げ場がないのも事実である。
まさかボロボロの車で、河川敷の石の上を走り続ける訳には行かない。すぐに車はスクラップになるだろう。
もうスクラップだが。
「えーい。なるようになりやがれ」
後部座席の上に立ち、アベルが魔法の準備を始める。
大きく翼を開き、
「……なんでこんななんでもない所でとっておきを見せにゃならんのだ!?
レイルまで居るのに! ちくしょう!
……《アブソリュートフリーズ》! デプロイ!」
この魔法はラーズも見たことが無い魔法である。
レイルが使ったいくつかの魔法と同じく、実験中のレギュレーション適応外魔法だろう。
アベルの背中……翼の間に猛烈な熱気が放出される。
冷気系の魔法というのは、対象の温度を下げる為に熱を奪い、その熱は術者の周囲に捨てられる。
アベルが翼を開いているのは、捨てた熱が再び前に回り込んできて投射体の温度を上げないためであろうと推測される。
その証拠に、アベルの銀色の翼の色が一瞬で曇る。翼の表面で結露が起こるほどの熱量の差が生じているのだ。
魔法の準備ができたらしく、アベルが上空へ飛び上がる。
何しろ、動いている車の上に立っているので、物理的に翼のあるアベルが飛び上がるのは容易い。
直後にアベルの放つ青白い光を浴びた水面が、二メートルほどの幅で凍り付く。
「いいぞ! 行け!」
とラーズは声を上げた。
「ひぃぃ」
これはエレーナの悲鳴。
アベルの作った道が、狭いうえに荒れているのを見て取ったのだろう。
「をををを」
ガタガタと派手に揺れる……無論天井をラーズが切り飛ばしたのが悪いのだが……バンの振動でそんな声を出しながらも、なんとかエレーナの妙技により、車は川を渡り切った。
それでも数人の敵が、バンバンと弾を撃ってくるが、これらはレイルがカットしているため、届かない。
「……そのまま河川敷を登れぇ!」
「言われなくても!」
ラーズが叫び、エレーナが答えた。
車は土手を駆け上がり……
「じゃあ、今度はボクがとっておきを見せちゃおうか。
……《偽物の太陽の終焉》……デプロイ」
車の後端まで移動したレイルが錫杖を掲げて魔法を使う。
名称からしてヤバそうな匂いがプンプンする代物だ。
「溶け落ちろ」
錫杖の上に灯った純白の光をレイルは後方……要するに橋だ……に放った。
そこには、ラーズたちを追跡しようと数台の車両が居た。左右に逃げ場の無い橋の上で正面から攻撃されたのだから、追跡者たちはたまったものではない。
爆音も聞こえないような、圧倒的な熱量で一瞬で橋と共に蒸発する。
「……なんつー火力だ……」
「超小規模だけど、実質的には超新星爆発だからね。
あんなもんだよ」
なんと、レイルは魔法で超新星爆発のプロセスを再現して見せたという。
これが新世代のSPRiTの性能なのかと、ラーズは戦慄した。アベルはもっと戦慄しているだろうが。
なにしろ、事が終わったらまた、この化け物とまた戦わないといけないのである。