遠野マヨヒガ語り7
「停船する気も武装解除する気もなさそうです」
葉南がディスプレイを見あげながら言う。
航海士は現状ではやることがないのだろう。
もちろんラーズもやる事はないのだが。
「『初霜』から通信! このまま逃げるか、足を止めて撃ち合うか、指示を求めています!」
それにしても『初霜』は足が速い。
いくら小型の駆逐艦だからと言って、こんなに速いのは異常である。
「……あの、加来艦長……なんかあの『初霜』、異様に速くないですか?」
「新型機関を搭載しているからな……艦本式ヌ号機関と言って、小松さんの所の『島風』で実用されたヤツだよ」
『エンタープライズ』の艦橋にどことなく余裕が感じられるのは、この艦本式ヌ号機関とやらに絶対的な自信があるから。ということらしい。
新兵器で慢心するのは良くないとラーズは思うのだが、『初春』型は『島風』の半分くらいしかないサイズ感なので、同型機関を載せているなら、それはそれは速いに違いない。
実際、戦術ディスプレイ上を動く『初霜』は蛇行しながら『サスケハナ』を引き離している。
なんだか知らないが、この新型機関はスゴいようだ。
「『初霜』に下命。我に続け。
機関始動。両舷全速前進」
「ヨーソロ。機関始動」
「両舷全速」
加来は取りあえずこの場を離れる選択をしたようだ。
基本的に空母という艦は足が速い物なので、旧型艦では追いつけないという読みだろう。
「うわっ」
突如やってきた急加速の慣性で、ラーズ一人が転びそうになる。
慌ててしゃがんだので、無様を晒すようなことは無かったが、危ないにも程がある。
「おっと。この艦の慣性制御はアメリカ製の旧型なのだ。故にヌ号機関の慣性を中和できない。何かにつかまっていたまえ」
どうやら『エンタープライズ』もヌ号機関とやらを搭載しているらしい。
そして、その加速は暴力的ですらある。
「ヌ号機関ってもしかして、ヌルオードライブなんですか!」
ラーズは何度かドラゴン達の艦を観たことがある。
『ブラックバス』級や『ユーステノプテロン』級の狂った加速は、まさに今の『エンタープライズ』のようだった。
非反動推進のヌルオードライブは使ったエネルギーを一〇〇パーセント加速に変換できるため、通常の反動推進で進む船の倍以上の推力を持つと言われている。
「その通り。よく勉強をしているな」
加来はうんうんと感心しながら言った。
孫の自慢のように加来は言っているが、その実ヌルオードライブはドラゴン達のテクノロジーである。
おそらくは、聖域海戦の時に共闘した『ブラックバス』級のデータからリバースエンジニアリングした結果だろう。
「『サスケハナ』離れます!」
ヌルオードライブの狂った加速の前に、『サスケハナ』は大きく離れていく。
「一旦はこれでお茶を濁すことにしよう……
さて話は戻るがラーズ君」
「はい」
「京都の件だが、本当に戻る方法はわからないのかね?」
「なにぶん勝手に戻ったので」
ここで雷獣を倒したら戻った。などと言ってはいけない。
現状での雷獣ポジションは、どう考えても『サスケハナ』である。
『エンタープライズ』が搭載する艦載機の詳細はわからないが、旧式艦を沈めるくらいわけないだろう。
問題は、それで戻らなかった時である。
艦載機というのは運用に莫大なリソースを要するので、戻らなければただの無駄遣いという事になる。
そしてラーズの直感が言っている。
……戻らねえんだろうなあ。
と。
「加来閣下。提案なのですが、八幡宮に向かうというのはどうでしょう?」
「八幡宮はすでに光学観測にて捜索したが、無い。
当然、無線にも超光速通信にも応答しない」
ここが本当に遠野郷なのか、いよいよ怪しい話になってきた。
「……それは……どうしましょう」
ラーズとしても、言えることがなくなる。
困った物である。
「『サスケハナ』を拿捕して、乗組員にどうやってここに来たのか尋問してみるか……」
葉南が言うが、『サスケハナ』がおとなしく拿捕されるとは思えない。
拿捕されるつもりなら、武装解除命令に従っているはずだ。
「いよいよとなったら、それも考えるが……」
と言って、加来は考え込む。
おそらくは、水や食料の残量を考えているのだろう。
空母である『エンタープライズ』は相応に大量の物資を積んでいるはずだが、駆逐艦である『初霜』はそうもいかない。
駆逐艦の常として、どこかのタイミングで『エンタープライズ』から補給を行う必要があり、その時『サスケハナ』はどう考えても邪魔である。
なら拿捕したらいいんじゃないかと思う所だが、『サスケハナ』の食料が枯渇していた場合、『エンタープライズ』の食料を分け与える必要があるのが問題である。
ラーズとしては、撃沈していいんじゃないかと思うわけだが、やはり空母が攻撃に参加すると物資の消費が気になるという事だろう。
「『初霜』より入電。『サスケハナ』は引き続き、本艦を追跡中。
積極的反撃の許可を願う」
積極的反撃とは、要するに沈める気で殺らせろ。という事である。
『サスケハナ』がしつこいので『初霜』の乗組員がキレているのだろう。
「致し方ない……『初霜』へ通信!
MXY1『桜花』二機を用い、『サスケハナ』を攻撃せよ。
『エンタープライズ』も攻撃に参加する。
航空隊はMXY1『桜花』二機の発艦準備を実施」
『桜花』は新型の高速偵察機であるとラーズは認識していた。何しろ海軍から配布される機種識別表にそう書いてある。
だが、今の加来の命令はどう考えても偵察機に対する命令とは思えない。
なにより、MXY1という制式番号は航空機のものではない。『桜花』とは一体なんなのか。
そうこうしている内に、『エンタープライズ』の飛行甲板に二機の小型機が上がってくる。
ラーズは艦橋からその様子をじっくり観察することができた。
『桜花』は、ずんぐりとした胴体に大きめの主翼とX型の尾翼を有する機体である。
キャノピーは存在しないので、無人機のように見える。
というより、これは航空機ではなく航空機サイズの巡航噴進弾ではないのか。
「MXY1『桜花』一番、発艦!」
加来の命令により、『エンタープライズ』の飛行甲板から『桜花』が飛び立って行く。
発艦と言っているあたり、それでも『桜花』は航空機という扱いらしい。
見れば、『初霜』も艦尾に設置されたカタパルトから『桜花』を発艦させている。
『桜花』は駆逐艦でも運用できる巡航噴進弾……もとい。航空機のようだ。
『エンタープライズ』『初霜』共に二機目の『桜花』を放ち、大きく右に旋回。
放たれた『桜花』四機は編隊を組んで、『サスケハナ』に向かう。
この有機的な動きは、ドラゴン達の用いる『アニサキス』のようであり、ラーズ達航空隊の陣形のようでもあった。
『桜花』の接近に『サスケハナ』は、慌てたように対空射撃を行いながら、回避運動を始める。
その動きに、『サスケハナ』にも人間が乗っているのだとラーズは感じた。
直後、回避運動を続ける『サスケハナ』の右舷側に『桜花』が突入。
そのヘビー級パンチに『サスケハナ』全体が揺れた。
「今のショックで、乗組員は壊滅だろうな……」
葉南が呟く。
その間にも、『桜花』は『サスケハナ』に次々と突入。
一分と持たず『サスケハナ』は構造崩壊を起こし、崩れ去る。
轟沈である。
「あれじゃあ、生存者は絶望的ですね……」
とラーズは言うが、わかっている。
加来は意図して生存者を残さないように、『サスケハナ』を攻撃したのだ。
「電波灯台、捕捉できません!」
「八幡宮、見つかりません!」
『サスケハナ』は沈んだわけだが、状況は変わらないようだった。
「ただ『サスケハナ』が沈んだだけだったか」
加来は大して残念でもない感じで、戦術ディスプレイを眺めていた。
艦長たるもの、がっかりしている姿を部下には見せられないのだ。
「いよいよもって、あの里山を調査するしかないか……」
◇◆◇◆◇◆◇
その時、『翔鶴』大破の報にハルゼー艦隊は沸きに沸いていた。
「無理して攻撃をねじ込んだかいがあったってもんだ」
ハルゼーも小沢艦隊の空母を一隻ヤッた事に大いに満足していた。
ハルゼーは前回のレクシー戦から打って変わって、空母『エンタープライズ』に将旗を揚げている。
現在は艦橋から帰投する航空隊を眺めている所だ。
「これで、スプルーアンスが何隻か空母を食われていても、俺様たちの有利は揺るがねえ!」
スプルーアンス艦隊は小沢艦隊と丸一日戦っていたはずなので、被害皆無とはいかないはずだ。
どのみち、この後補給の為に戦場を離れる事になるだろう。
「サー。小沢艦隊が十億マイル程移動しました。
やはり超光速航行が可能な水路が存在するようです」
艦橋に上がってきたブローニング参謀長が、ホロタブレットを片手に報告する。
「我々もこの水路を使い、小沢艦隊を追跡しますか?」
「やめとけやめとけ。俺様達が水路に入る事を見越して、機雷で封鎖するくらいの事はやってるに違いねえ」
もし、アーク・ディメンジョンから降下した先に機雷がばら撒かれていた場合、艦隊は深刻な被害を受けるだろう。
何しろ、小沢はまだ三隻の空母を持っているのだ。
「では、スプルーアンス提督の復帰を待ちますか?」
「基本はその線だが、何もやることがねえのも退屈だ。
そこで、だ。
この辺にある敵の基地や観測施設を攻撃することにする」
現在、ハルゼーの手元には戦艦二、空母四、巡洋艦八、駆逐艦二〇という戦力がある。
そう。レクシー戦の後に新たに編成された大艦隊である。
「観測所を潰されるのは、単純に死角が増えるってことだからな。小沢としても目が見えなくなるのは苦しいはずだぜ?
それに上手くすりゃあ、逃げる敵が水路を俺達に教えてくれる。ってわけよ」
流石に逃げる敵をすぐに追えば、水路を機雷で閉塞される可能性は低い。
そうなれば、敵の中枢を一気に叩けるというわけだ。
「というわけでブローニング」
「アイ、サー」
「索敵機の準備だ。猿どもの巣を探し出すぞ!」




