遠野郷に日はおちて18
◇◆◇◆◇◆◇
「多数の敵機が急接近!」
「対空戦闘」
見張員の声に応えて、貝塚は艦長席にゆったりと腰掛ける。
艦長はいつもリラックスして指揮を取らねばならない。
艦長の焦りや焦燥は部下に悪影響を与える。
「ヨーソロっ! 対空戦闘」
ちなみに対空戦闘用意ではなく、対空戦闘である。
「対空噴進弾、全弾発射準備。合図したら近い飛翔体から順に照準して発射せよ」
本来なら、ある程度の機関出力で走りたいところなのだが、『天鶴』を孤立させるわけには行かないので、自重する。
しかし、なにも悪いことばかりではない。
近くにいるなら『天鶴』の対空兵装も使えるのだ。
「機関は最大出力のまま待機。いつでも動けるようにしておけ!」
「機関部、ヨーソロ」
敵機の接近に合わせ、対空砲の射撃が始まる。
現在接近中の敵機はざっと見た所、二〇程。
サムライ坂井筆頭に、直掩機はよく頑張っているが如何せん数が足りない。
「あの特号装置という奴も信用ならんな」
特号装置は、一航艦の凄腕飛行機乗りの能力を持ったドローンが運用できる。という触れ込みで登場した新兵器だが、少なくともサムライ坂井と同等の能力を持ったドローンは居ない。
全く意味がないという程ではないが、やはり看板に偽りありだろう。
「敵機撃墜! 残り二二!」
早速対空砲が敵機を捉える。
距離を考えると、ラッキーパンチが当たったと言っていいだろう。もしくは敵の運が悪かったか。
「気を抜くな!」
貝塚は極力落ち着いた声を意識しながら、部下をたしなめる。
……撃たない!
貝塚の予定では、敵の噴進弾発射に合わせてこちらも噴進弾を発射する予定だったのだが、この敵は相当に我慢強い。
その辺りの雑兵なら、味方機が撃墜されたのを見ればすぐに対艦兵装を捨てて逃げに掛かりそうな物だが、敵機は大型の対艦噴進弾を抱えたまま突貫してくる。
「……仕方あるまい……」
苦渋の思いで貝塚は命令を出す。
「対空噴進弾、全弾発射! 推力最大、面舵一杯!」
貝塚の命令一下、対空噴進弾がキャニスターから次々と飛び出していく。
同時に『翔鶴』の推進器が長大な炎を噴き出し、巨大な艦体を加速させる。
莫大な出力を持つ『翔鶴』は、直線加速なら一昔前の駆逐艦並みの性能を有する。
艦橋が噴進弾の引いた水蒸気の雲を突き抜け、艦はぐんぐん加速する。
動けない『天鶴』が取り残される格好だが、さすがに留まっているわけには行かない。
「敵機、噴進弾を撃った!」
見張員が怒鳴る。
「『天鶴』も対空噴進弾を発射!」
翼を翻す敵機。そこへ『翔鶴』の放った対空噴進弾が殺到。
数機を撃墜する。
「ええい。空荷の敵を落としても意味がない」
既に敵は噴進弾を発射しているので、発射母機の方に打撃力はない。
いや、正確には発射母機は『コルセア』なので、発射後には戦闘機として振る舞うわけだが、対艦攻撃能力を持たないという一点に置いて居ても居なくても一緒である。
敵の放った対艦噴進弾が迫る。
目標が『翔鶴』と『天鶴』に分かれたので、数は各十発づつ程度。
飽和攻撃には程遠い。
「対空砲で敵噴進弾を迎撃!」
十発程度の噴進弾なら、『翔鶴』型の対空兵装なら余裕で対応できるはずだ。
「……しのいだか……」
『翔鶴』の放った噴進弾が敵機を食い散らかし、『天鶴』の噴進弾は敵の対艦噴進弾を軒並み叩き落とした。
貝塚は息を吐き出した。
その瞬間。
「敵機直上!」
「なにっ!?」
敵機の影や噴進弾の爆発に紛れ、その『コルセア』は居た。
機首をこちらの甲板めがけて、一直線に落ちてくる。
「機関反転、後進いっぱい! 取舵!」
ギギギと艦体が軋み、凄まじい減速Gが生じる。
食堂の厨房などは大変なことになっているだろうが、それどころではない。
撃ち上がる対空砲をロールしながら縫って、『コルセア』が迫る。
「総員、衝撃に備えっ!」
『コルセア』が艦橋前方右舷側をかすめて、艦底方向へ消えていく。
その『コルセア』を追って、一発の噴進弾も落ちてくる。
噴進弾を撃った後、発射母機の『コルセア』が加速して噴進弾を追い越したのだ。
ドン! という重低音が響いた。
艦橋の前、前部エレベータの辺りに噴進弾が突き刺さるのが見えた。
「被害報告! 急げ!」
貝塚は怒鳴る。
飛行甲板の下、待機甲板にはまだ多数の艦載機が駐機している。
特に発艦準備を終えた直掩機は、燃料弾薬満載である。
「消化班より艦長! エレベータ機械室が全損! 与圧隔壁が歪んでいます!」
艦橋のスピーカーが、現地の惨状を知らせる。
「機械室だと!? マズい。真下は居住区だ。
救護班を至急、前部居住区へ送れ!」
幸い、戦闘中である今、総員起こしがかかっている為、居住区に人はほとんどいないはずだ。
……このダメージなら、行ける!
貝塚は思った。
「艦長! 主電路に異常発生! 隔壁操作の電源が確保できません!」
「隔壁封鎖に優先で予備電源を送れ! とにかく、艦内の減圧は避けるんだ」
主電路のトラブルは、破壊されたエレベータによるものだろう。
その時、何処かからズウンという重い音が聞こえた。
「今の音は何か!? 誰か報告しろ!」
どうにも嫌な余暇を覚えて、貝塚は叫ぶ。
「エレベータシャフトのどこかで爆発が起きたようであります!」
「何だと!」
エレベータに爆発物はない。当然だ。
それにも関わらず爆発が起きたということは、燃料か何かが漏れているという事だ。
「これはマズい。
……貝塚だ! エレベータ付近の隔壁封鎖作業を中止! 燃料漏れの恐れがある!」
航空機用の燃料タンクは厳重に密封されているので、そうそう漏れるとは考えられない。大体、漏れれば警報が鳴るはずだ。
それがないという事は。
「待機甲板の航空機か!」
強固なアームで固定されているはずの艦載機が、たった一回の衝撃で外れるとは考えにくいので貝塚のリスク管理から漏れていた事実。
固定用のアームは停電しても外れたりしない仕様だが、電力が不安定になった時に中途半端に動いてしまった可能性はある。
こうなると、貝塚のできることは一つ。
「CIC、艦長の貝塚です」
艦内電話を取り、小沢に対して待機甲板の艦載機の廃棄許可を取る。
「小沢長官、格納甲板の『烈風』の廃棄許可を願います。
燃料漏れを起こしている機体がある模様。燃料漏れを起こしている機体の特定は現状では難しく、本艦の保全の為全機廃棄したいと考えます」
「いや、待ってくれ艦長。待機甲板の『烈風』は二〇機程だな……そんなに廃棄したら、今後の戦いに影響が……」
小沢はそこで言葉を切った。
ゴウンゴウンという音が、どこからか聞こえる。
「……いや、それどころではなさそうだ……よろしい。艦載機の破棄を許可する」
「ヨーソロ!
格納甲板の防爆壁を解放、全機艦外へ投棄だ!」
素早く貝塚は命令を下した。
「敵機接近! 二時方向、数三!」
こちらが手負いと知って、追い打ちの攻撃が来る。
「対空砲!」
「右舷側の対空砲、電力喪失により作動しません」
「面舵一杯、左の砲座で対応せよ!」
『翔鶴』はまだ死んでいない。推進器も舵も動いている。
◇◆◇◆◇◆◇
数機の『コルセア』の追い回されながら、坂井は見た。
『翔鶴』の艦橋前部付近に、立て続けに敵の対艦噴進弾が着弾するのを。
「やめろぉ!」
坂井は叫ぶ。
だが、流石の坂井をもってしても七機もの敵機に絡まれては、これを振り切るのは難しい。
「コンピュータ! 『翔鶴』の被害は!?」
「戦術情報、なし」
そっけなくカンムリワシ1のAIが答える。
「クソッ、通信を『翔鶴』に繋げ。飛行隊長権限だ!」
単純に『翔鶴』のダメージも気になるが、坂井としては直掩機をどの空母に下ろすのかという問題もある。
もし『翔鶴』が着艦不可なら、『瑞鶴』か『紅鶴』を呼び戻さないといけない。
「草加だ」
一分程待たされて、通信に出たのは草加である。
「草加閣下……状況は悪いのですか!?」
通常、参謀長である草加が航空機の呼び出しで出てくる事はない。
それが出てきたという事は、『翔鶴』の本来の通信担当が別作業に当たっているという事だ。
「被害は把握できていないが、艦の前側で電力喪失が起きている。
死傷者も出ているようだ」
「そんな……」
たかだか噴進弾を数発食らったごときで、大日本帝国海軍の誇る大型正規空母が機能不全に陥るなど、坂井には信じられない。
「『瑞鶴』を呼び戻して、将旗を移す。
一旦司令部は駆逐艦に退避するので、すまんが防空を頼む」
「くっ……ヨーソロ」
見れば、『御巣鷹』の付いていた駆逐艦二隻が『翔鶴』に向かっている。
司令部移すという事は、短期的でも『翔鶴』の回復は望めないと判断されたという事に他ならない。
「よくも『翔鶴』を!」
坂井はフェイント一発で、後続の『コルセア』をかわし、一瞬でハチの巣にする。
先程から、こうして坂井は敵を削ってはいるのだが、数が一向に減らない。
どうも数で坂井を自由にさせないという戦術らしい。
結果的に常時六機以上の敵機に追い回され、坂井はそのパフォーマンスを存分に発揮できない。
それに加えてアレックス・グレンジャー。聖域以来の再戦となるわけだが、腕がいい。
一対一ならともかく、四方八方から攻撃を受ける現状では、撃破することは困難だ。
それでも数分間、坂井はのらりくらりと敵の攻撃を回避し続ける。
一度敵を引き離して、各個撃破と行きたいのはやまやまなのだが、草加の命令で時間稼ぎをしなければならない。
「向こうには村田さんがついてるが……」
流石の坂井をもってしても、複数の敵機に追われながら直掩機の状況を確認するのは不可能だ。
今は部下達を信じるしかない。
空気だまりに接触して、体勢を崩した敵機を屠り、坂井は後方を確認する。
敵機は六機。
減らした分、またどこかから追加がやってくる。
「きりがない」
大体、この連中はどこから湧いて出たのか?
当然の疑問を思い浮かべた瞬間、左の主翼を敵の弾がノックする。
「跳弾しました。損害、なし」
AIが教えてくれるが、損害がなかろうと不快である事に変わりはない。
「司令部の移動はまだ終わらないのか!」
荒れてみたところで状況は変わらない。
いや。変わる。
瞬時に、敵機三機が砕けて爆ぜる。
「タイチョー、新しいエクササイズか何かっすかぁ?」
「宮部か!」
「今、攻撃の帰り道なんすけど、自分も混ぜて貰っていいっすか?」
いいながらも、チョウゲンボウのドローン二機が『コルセア』に襲いかかる。
ワンテンポ遅れて、宮部の乗るチョウゲンボウ1も続く。
完全にドローンを乗りこなす宮部の殲滅力は素晴らしいの一言に尽きる。
たまらず坂井を追っていた敵機がブレイク。
宮部のドローンがそれを追う。
坂井を追ってくる敵機は一機。アレックス・グレンジャーの機体だろう。
アレックス機に対して、チョウゲンボウ1が猛然と襲いかかる。
同時に複数の機体を制御しているとは思えない、見事な動きに坂井も舌を巻く。
流石に対処しないと落とされると判断したのか、アレックス機もブレイク。
待ってましたと言わんばかりに、坂井も急旋回。近くの空気だまりも使って『烈風』をアレックス機に向ける。
宮部が参戦したことで、チョウゲンボウ4の『神威の瞳』の恩恵を、坂井も受けることができるようになった。
見えない空気だまりがはっきりと見え、超広範囲の敵の分布を感じる事ができる。
まさに神の目である。
これで形勢逆転。
坂井と違い、宮部のドローンはほぼ宮部が乗っているのに等しい性能を発揮する。
現に、ブレイクしていった敵機をチョウゲンボウ2と3が追いかけ、完璧なコンビネーションで落としていく。
チョウゲンボウ1は一旦大きく戦場を離れた後、アレックス機の斜め後方から襲いかかる。
坂井とアレックスがすれ違う。
その瞬間に、宮部が機関砲を連射。
アレックスの『コルセア』の主翼から火花が散る。
「旋回したら死っすよ」
アレックス機は蛇行しながら、なんとか宮部を振り切ろうとするが、それが通用する宮部ではない。
正確に敵の未来位置を読んで機関砲弾を先置きしていく。
やられるほうはたまったものではないだろうと坂井は思う。
だが、『翔鶴』の仇である敵を逃す言われもない。
ラダーペダルを蹴り飛ばし、坂井は再び急旋回。アレックス機の追撃に移る。
第一航空艦隊のエース二人に追い回されれば、敵の命運は決したような物だ。
そのアレックスの前方に、他の敵機を蹴散らしたチョウゲンボウ2と3も現れる。
詰みである。
だが、その時。無情な無線が届く。
「直掩機全機及び帰投中の戦闘機に達する。こちらは、長官の小沢である。
我が艦隊は司令部を『瑞鶴』に移す。
それに伴い、戦闘中の航空機は『瑞鶴』付近にて司令部の移動を支援せよ」
「! タイチョー!」
「わかっている……わかっているが……」
艦にとって戦闘機は脅威ではない。
直掩としては、まだ対艦装備を抱えている敵機を警戒せざるをえない。
「……クソッ! 全機、小沢長官の命令に従い、『瑞鶴』を守れ!」
「なお、損傷した『翔鶴』は総員退艦の後、自沈処分とする。これは近くに敵艦隊が存在することから、鹵獲の危険を避けるためである」
ユニバーサルアーク




