陸軍危機一髪! 幻の都攻防戦8
「結局こうなるんだよな……」
水練で飛びながら、ラーズは呟いた。
松山からの追加資料と、永井の強いプッシュによって、ラーズはこの一件を調べざるを得ない状況になっていた。
今向かっているのは、琵琶湖の浜大津水上空港。陸奥湾からは鈴鹿峠を越えればすぐである。
「ねえ! 京都まで行くのはいいけど! 解決の糸口ってあるの?」
「ない」
後部座席の那由他が疑問を口にするが、対応策などあるわけがない。
「こういうのは、魔法使いの仕事じゃなくて、FBIの超能力捜査官とかが緊急来日して当たるべき事案だ」
「……ああ。昨日の特番見てたのね」
問題は色々あるが、ラーズとしてはやはり特号装置の事が気にかかる。
早い話、特号装置がいい感じになってきたのでそれで遊んでいたいのだ。
水練のキャノピーの向こうに、琵琶湖が見え始める。
「浜大津管制。こちらレン11。応答されたし」
「……レン11。こちらは浜大津管制。通信良好」
「浜大津管制。レン11は着水前に京都市内を一周、飛行したい。許可は貰えるだろうか?」
ラーズの言うと、無線の向こうの管制官は黙った。
おそらく、無線の向こう側でいろいろと確認しているのだろう。
「レン11。こちらは浜大津管制。
遊覧飛行は許可する。ただし、市内を高度一〇〇〇メートル以下で飛ぶことはできない」
「レン11……高度下限一〇〇〇メートルヨーソロ。飛行許可に感謝する」
そう言って、ラーズの操るレン11は浜大津の管制塔の四〇〇メートル程脇をバンクを振りながら、飛びぬけた。
「高度上げるぜ。舌噛むなよ」
後部座席の那由他に警告すると同時に、ラーズは右手の操舵スティックを引いた。
水練はその操作に答えて、おおよそ三〇度の角度で一気に高度を上げる。
瞬く間に機体は逢坂山を超える。逢坂峠の関を超えれば、そこはもう京都。
……この国で最古の都。
ラーズの経験上。この大日本帝国という国は色々とおかしい。そのおかしい国の最古の都である。
これがおかしくない道理が無い。
実際、ラーズが事前に調べた限り、下はただの都市伝説から上は神話クラスの物まで、出るわ出るわ。
ラーズは、そもそも神話や伝承の類が嫌いではない。だが、そのラーズを持ってして、とてもじゃないが調べてられないレベルの話が出た。
ちょろっと調べてこれである。ここから深堀すれば一〇万件オーダーでいろいろな話が出てくるだろう。
「……ところで、那由他」
「なに?」
「お前さ。神隠しって、信じる?」
ラーズは水練を大きく左へ旋回させる。
「……確かに昔から京都じゃ、神隠しは結構起こる、みたいな話は聞くけど……」
信じるか、と問われればノーだろう。ラーズもそうだ。
「正直、ここに来るまで半信半疑だったんだが……この町、なんかあるぜ」
ラーズはそう断言した。
京都市内の魔力量は尋常ではないくらい高い。
こういった魔力の高いポイントは、確かにいろいろな場所に存在する。これをホットスポットと呼ぶのだが、京都のそれはホットスポットなどというレベルではない。
……言うなればヒートスポット……
それも、数キロ四方という尋常ではない面積に跨る、ヒートスポットである。
「実は、聖域にもこんな所がある。狂ったように魔力の高いところにできた街だ」
グレートルーン。魔法王国たるキングダムの首都があった場所だ。
グレートルーンはアークルーン諸島の南の端の島だが、現在半径一二五キロ以内に立ち入ることは禁止されている。無論、ラーズも入ったことは無い。
「街?」
「正確には、街だった。だがな。
その街の主は、その膨大な魔力で世界の王になった……
ここでは……どうかな?」
「……」
那由他は黙った。
伏見に達した水練を、ラーズは大角度でバンクさせながら、その上空を旋回する。
……すげえな……
京都のリムを飛んでいる時も、その魔力密度に驚いたがこの辺りは特に濃厚なように感じる。
「……これはもう、なにが起こっても不思議じゃないくらいの魔力がここには満ちている……
浜大津に降りるぞ」
浜大津水上空港の軍用エントランスには、陸軍情報部の車が迎えに来ていた。
ちなみに、迎えに来たのが陸軍情報部というのは那由他の言である。本当かどうかは分からない。
「まず、最新の情報を使ってすり合わせをしたい」
軍用車に乗り込むなり、ラーズは言った。
「基本的には、松山参謀長閣下にお伝えしている情報から変化はありません」
スーツ姿にサングラスのほっそりとした女士官が答える。
「オレとしては、現場レベルで最初に確認しときたいことが、いくつかある」
「どうぞ」
「まず……消えた部隊は自走砲の類を、何門か持ってる事になっているが……これの位置を軍の上層部が見失う、って事がありうるのか?」
「通常はありえません」
エンジンがかかり、車が動き出した。
「どちらへ?」
これは那由他の問い。
「最後に部隊が目撃された場所へ。やはり直接確認されたいかと」
「ああ。問題ない。行ってくれ」
ラーズは運転手に対して言う。
「もう一つ、消えた部隊が経路から反れたと仮定して、誰にも目撃されず潜むことはできる?」
「……それは難しいかと思いますが……装備を全て破棄して山の中にでも潜伏するなら、なんとか可能かもしれません」
「ふーん……」
唸りながら、ラーズは考え込む。
ラーズの予想で一番ありそうなのは、装備まるごとどこかへ亡命したパターン。続いて、装備を放棄しての亡命。この2つである。
しかし、失踪地点が日本海よりずいぶん内陸に入っているので、この二パターンのいづれか、というのは考えにくい。
では、どうして消えたのか? と問われれば神隠しである。地理的にも状況的にもそれが一番しっくりくる。
「……参考までに聞きたいんだが……
陸軍の部隊が、装備丸ごと消えた事って、過去にもあった?」
ラーズの問に、情報部の女は何かの情報端末を操作しながら、答える。
「外宇宙の植民惑星での遭難を除いて、地球上での出来事に限って言えば、ありません」
「だよな」
それはそうである。もし消えていれば、とてももみ消せるようなレベルではない騒ぎになっているはずだ。
国道一号線に入った車は、そのまま逢坂峠を越える。
「……行くも帰るもわかれてわー、か」
「百人一首?」
那由他が首を傾げた。おそらく歌人を思い出せないのだろう。
ちなみに、歌人は蝉丸。
「……おおさかの関、っていうからてっきり、京都ー大阪間の関所の話だと思ってたんだけどなぁ……」
実際には、京都府山科区と滋賀県大津市の間の逢坂山にある、関の話である。
「そういえば、随分伏見のお稲荷さんを気にしてるみたいだけど……」
車は京都市内を抜けて北へ向かう。
ラーズが、消えた陸軍部隊の足跡をたどってみたいと言った為だ。
陸軍の情報部の内偵により、部隊の消息はある程度わかっている。
舞鶴に上陸した陸軍部隊は、まず西で進み国道三〇三号線を経て三六七号線を南下、京都市内に入った。
目撃情報や、衛星の追跡ログから市内に入るあたりまでの足取りは、ある程度わかっている。
ただ、そのあと部隊は忽然と姿を消した。
六〇〇人の人間が、痕跡を残さずに消えるのは困難極まりない。ましてこの部隊は、装備していた自走砲の類を含む装備一式と一緒に消えている。
「……そういえば一条さん、聞くのを忘れてたんだけど、政治亡命とかの可能性ってないのか?」
「ない。と断言はできませんが、普通に考えて京都の内陸部でそれは考えにくいかと……」
一条というのは、浜大津に居た陸軍の諜報部の女性士官だ。今回の案内役らしい。
「ふーん」
ラーズは興味なさげに鼻をならした。
「……なんか気になる事でも?」
「いや……」
問う那由他に、別に。と答えようと思ったラーズだが、その言葉を飲み込んだ。
「今……なんか感じなかったか?」
「いえ。特には」
「わたしも」
一条と那由他が口々に否定する。
「なんていうか、音のしない重低音っていうのか、運転手さん! 車止めてくれ!」
車から躍り出て、ラーズは左手を上げる。
マジックシンセサイザーの、ホロプロジェクターが周囲の地図を投影した。
「……国道三六七号線……宝ヶ池……」
言いながら、ラーズは来た道を速足で歩きながら、戻る。
違和感から、車が止まるまでに二〇〇メートルは走っていないはずである。
「……都のリムまで大体二キロってところか……」
「待ってよ!」
那由他が駆け寄ってくる。
「車で待っててもいいぞ」
「離れるな! って神崎次官に言われてるの! わたしがクビになったらどうする気?」
「いや、オレは別に困らないが」
むしろ余計なお荷物が減る。
「……しかし、困ったな」
ラーズはつぶやく。
何か怪しい気配がするのだが、ラーズの手持ちの魔法では有用な分析ができない。
……レイルでも居りゃあなあ……
と考えながら、頭を掻く。
レイルの解析用魔法はこうしたシチュエーションで輝くだろう。もっとも、居ない物を惜しんでも仕方ない。
国道とは言え、国道三六七号線の交通量は少ない。いや、日本のすべての道の交通量は少ないのだが。
だが、ゼロではない。
つまり、もしここに何か超常的な力があって、それが部隊の失踪原因だったと仮定しても、その力は選択的に働いているという事になる。
「……その条件がわからないんだよなぁ……」
「一条さん! ここを失踪した部隊が通った時刻って、何時くらいか調べることは可能?」
ラーズの問いに、一条は手元の情報端末を操作して、答える。
「大体……最速タイミングで二三時四〇分頃と推定されます」
「やっぱり〇時か……」
〇時きっかりに、通ると異世界に飛ばされる道。いかにも、と言った風情だ。
「……今日は一旦、宿に戻ろう。
〇時前にここに来て、どうなるか検証したい」




