戦果拡大13
その日の夜。二〇時を回った頃、直掩任務に出ていた宮部が戻ってきた。
「ラーズさん! 蘇ったんっすね!」
「おう。蘇ったぜ!」
蘇ったという表現もアレだが、宮部の気持ちも分からないではない。
自分だけ無事に帰ってきてしまった。という思いに苦しむアレだったのだろうとラーズは想像した。
「もう飛べるんっすか?」
「隊長がローテーションに戻してくれたら、飛べるぜ」
実際に飛ぶ段階になって、精密検査を受けろとか言われるような気がするが、それでも坂井がGOと言えば、飛べるだろう。
「……ところで宮部っち」
ラーズは声をひそめた。
「なんすか」
合わせて宮部を声をひそめる。
「隊長って、やっぱ空母の強行偵察に?」
「詳細はわからないっす。
けど偵察で艦隊を離れるって、管制が言ってたっすよ」
空母発見の第一報地点で、ラーズはエッグ襲撃の事を知らなかったので、草加の考えがよく分からなかったのだが今は分かる。
艦隊の上層部はこの空母を、エッグ襲撃に参加した……あるいは参加予定の空母であると考えているようだ。
「見敵必殺ってところか、さすがは小沢閣下。頼もしい」
とは言うものの、命令がない限りラーズにできることはない。
従って、いつも通りゲームに興じる以外にラーズと宮部にできることはない。
「うむ。やっぱりメガドライブ版は歯ごたえがねえな」
「名作なんすけどねえ」
ラーズと宮部が『ゴールデンアックス』を、使用キャラを変えながら三周したところで、待機部屋の襖が開いてお稲荷さんが入ってきた。
「おかえりー」
「ただいまじゃ」
「次の直掩当番の見送りっすか?」
「そうじゃ。わらわに祈れば帰還率も上がろうと言うもの」
実際『翔鶴』の生還率は非常に高い。
ただし、戦闘時における無人の乙『烈風』の損耗は結構激しいというデータが出ているので、生還率の高さの源泉がお稲荷さんかどうかはよくわからない。
まあ、神頼みで生存率を上げようと思うな。という話ではあるが。
「しっかし、こうなると暇だな……」
「やっぱゲーセンっすかねえ」
「うーん。でもなあ……タイチョーが長期任務に行ってるのに、ゲーセン行くのもなあ」
「それもそうっすねえ」
ゲーセンはダメで部屋でゲームしてるのはいいのか。という話ではあるのだが、ゲーセンに行くという行為には謎の罪悪感がある。
「そうだ! ラーズさん! 久々にアレ、どうっすか?」
「アレ? アレと言うと……アレか!」
「のう、二人で盛り上がっとるようじゃが……アレとはなんじゃ?」
「飛行訓練っすよ、飛行訓練」
お稲荷さんに向かって宮部が応える。
ちなみに飛行訓練と言っても、実際に飛ぶわけではなくシミュレーションである。
ラーズと宮部は連れ立って、格納甲板までやってきた。
なぜかお稲荷さんも付いてきたが、お稲荷さんは直前まで格納甲板に居たはずなので、無意味に往復している事になる。
「大黒大尉!」
「おっ、ラーズ。復活したのか。
お前が来ねえから、鈴女の奴がうるさくてな」
「大黒大尉、戦闘訓練しようと思って来たっす。
『烈風』の機体を使ってもいいっすか?」
「宮部機も整備は済んでるはずだから、問題はないだろう」
「鈴女によろしくな。色男」
そう言って大黒大尉は、乱暴にラーズの髪の毛をかき回した。
ラーズのスズメ1は、格納甲板の一層下の予備格納スペースに駐機されていた。
このスペースは、重整備待ちの機体やしばらく使わない機体が駐機される場所だ。
宮部と別れてタラップを下り、その踊り場から見渡すとスズメ1の姿が見えた。
ちなみに、スズメ1は他の機体と異なり、赤い日の丸が両翼にペイントされているのでよく目立つ。
スズメ1を見つけたラーズは、タラップの踊り場からジャンプする。
格納甲板の重力加速度はおおよそ〇.三Gに調節されているので、ラーズはふわりと浮くような感覚と共に滑空する。
これくらいの低重力下の環境では、空気抵抗が重力に勝るため、〇.三Gという数字以上に中々下に落ちないのだ。
ラーズはクルリとトンボ返りをして、スズメ1のキャノピー横のカナード翼に着地した。
そのまま、キャノピー横のパネルを操作して、操縦席を開放する。
「よっ」
キャノピーの縁を掴んで、体を『烈風』の操縦席に入れると、ラーズ用に調整されたバケットシートが体を包む。
「主電源、ヨーソロ。制御電源、ヨーソロ。
操縦系電源、ヨーソロ」
声出し確認しながら、各系統のブレーカーを繋いでいく。
主電源投入から一分程で、メインのホロデッキにTORONのロゴが浮かび上がり、プログレスバーが左に伸びていく。
プログレスバーとTORONのロゴが消えると、真っ先に鈴女のアバターが出現した。
「ああ……ご主人さま」
膝をついて祈るようなポーズで、鈴女は言う。
「てっきり、わたしに飽きて今頃別の女にまたがっている物だとばかり……」
「なんでだよ!?」
大いに語弊のあることを言う鈴女。
「それより宮部っちと、空戦シムやろうって話になってんだ。
オンラインシミュレーションモードの起動を頼む」
「ヨーソロ……既にチョウゲンボウ1側で部屋が立っていますが、ログインしますか?」
「もちろんだ」
数秒間の通信が行われ、ホロデッキに訓練条件が表示される。
「未来都市マップ……岡山だな。天候はランダム。味方機なしのワンオンワン。完全なPvPだな」
「慣性設定はどうしますか? ご主人さま」
「リアルで頼む」
慣性設定というのは、シミュレーションでの動きを慣性制御にフィールドバックするかどうかの設定である。
要するに、Gを感じるようにするかどうかを決められる機能だ。
ちなみに、オンオフの切り替えだけでなく半分にしたりもできる。
「ヨーソロ。本機の慣性制御はフィードバックモードへ遷移します」
鈴女の言葉と同時に、何とも言えない浮遊感があった。
「宮部っち。こっちは準備オッケイだぜ」
「……じゃあ、始めるっすよ」
無線越しに宮部が言ったあと、ホロデッキ上でカウントダウンが始まる。
「チョウゲンボウとの音声通信、切断されました。
仮想空間展開完了……」
キャノピーの外が灰色に曇ると、雨粒が付き始める。
ラーズは素早く計器類を確認する。
「高度二〇〇〇。三四〇ノット……雲の中か」
操舵スティックを倒して、ラーズは一気に高度を下げる。
大都会岡山には、数千メートルのビルが無数に建っているはずだ。あまり視界の悪い領域は飛びたくない。
「電探に反応は?」
「反応、なし」
機体は高度八〇〇で雲を抜けた。
前方には、ピンクや紫のネオンに照らされた、近未来的な都市が見える。
無数のビルが雲に頭を突っ込んでいるこの都市は、岡山をモデルにした架空の都市である。
「この雰囲気だと、あのビル群の中っぽいな」
「ヨーソロ」
鈴女もこれに同意。
だが宮部機は、ビル群と雨雲に隠れて捉えられない。
だが、それは向こうも同じはず。
ラーズはスロットルを開けてビル群を目指す。
不良な視界を補うように、鈴女がビルの輪郭をオレンジ色で強調してくれているので、ただ飛ぶ分には問題ないが、果たして宮部はどこにいるのか。
ぐるぐると周囲を見回しながら、ラーズは周辺警戒を怠らない。
「普通に考えて、来るなら上からだろ」
現在の高度は五〇〇メートル。ビルとビルのすき間は一〇〇メートル前後。どちらも『烈風』で戦闘機動を行える広さはない。
「敵襲!」
鈴女が言うと同時に、特号装置を経由して情報が送り込まれて来る。
ほぼ六時方向から、チョウゲンボウ1が急降下してくる。
「噴進弾です! 数二」
これは機首上げで加速したくなる攻撃である。
だからこそラーズは、機首上げはしない。
「チャフとフレアだ!」
スロットルレバーの兵装選択ダイヤルで、素早く対抗手段を選択しばらまく。
ほぼ同時に、食い付いて来た噴進弾が欺瞞され爆ぜた。
そして、ラーズは見た。
爆ぜた噴進弾の向こう、チョウゲンボウ1が急降下していくのを。
チョウゲンボウ1は地面ギリギリで機首を上げ、ラーズめがけて機関砲を連射。
ラーズはこの攻撃を、ほぼ九〇度のバンク角をとって躱す。
「上手えな!」
ほれぼれするような宮部の機動に、ラーズは称賛の言葉を送る。
「次はオレのターンだぜ」
チョウゲンボウ1は機首を上げながら加速。スズメ1の後方約五〇〇メートルの位置を急激に高度を上げて通り過ぎて行く。
さすがに機首上げ状態では、機関砲は撃てないはずなので、ここはチョウゲンボウ1を見送る。
そして、一呼吸置いてラーズも機首上げ。同時に推進力をカット。
進行方向に対して、投影面積が増えたスズメ1は急減速。
感覚的には、後ろへ向かってぶっ飛ぶイメージである。
雲の中へ消えていくチョウゲンボウ1の後ろ姿を見ながら、スズメ1はその下を潜る。
「行っけ!」
声と共に、ラーズはスロットルを防火壁いっぱいまで押し込んだ。
『烈風』の推進器が、重量級の機体を弾き飛ばす。
「雲に入ります」
鈴女の警告と同時に、キャノピーに細かい水滴が付着する。
「チョウゲンボウ1の推進器の熱を追え!」
「ヨーソロ」
前を行くチョウゲンボウ1の推進器の熱が、雨を暖めているためその痕跡が見える。
宮部は右に左に曲がりながら、ビル群の中を飛んでいるらしい。
これだけでも、並みのパイロットには真似できないような高度な操縦技術であると言える。
だが腐っても第一航空艦隊所属の艦載機乗りであるラーズにとっても、その程度の機動は余裕だ。
◇◆◇◆◇◆◇
「寝起きなのに、あの反応。さすがっすね」
会心の奇襲をラーズがやり過ごした事を、宮部は高く評価した。
ちょっと前のラーズなら、今の一手で落ちていたはずだ。
雨雲の中を飛びながら、宮部は次の一手を考える。
「……付いてきてるっすよね……」
ちらりと後ろを振り返り、宮部は呟く。
「後方に機影は見当たりませんが……」
チョウゲンボウ1のAIである、文子が宮部の呟きき応える。
この文子も鈴女と同じように、人格らしき物が形成されつつある。ちなみに文子は、茶髪おさげケモミミ巫女魔法少女十四歳という設定だが、鈴女のように3Dモデルは存在しないのであくまで設定だけだ。
「文子にはわからないだけっすよ」
答えながら、宮部は狭い路地を右折。
『烈風』の両翼とほとんど変わらない幅の路地を飛ぶ。
「……ラーズさん。何か忘れてないっすか?」
このマップは宮部が選んだという事を。
じわじわと高度を下げながら、宮部はマップ中央。すなわち岡山駅を目指す。
「雲を出ます」
キャノピーの雨粒が消え、視界が晴れる。
岡山駅前はおおよそ五〇〇メートル四方の開けた空間である。
ただし、空中には大きく林原と書かれた、UFOのような構造物が浮かんで入り。
五〇〇メートルは、自由に空戦をするには不十分な空間だが、駆け引きをするには十分な手数が出る。
チョウゲンボウ1は岡山駅前空間に飛び出した。
同時に、後方上空から曳光弾が降り注ぐ。
ラーズである。
宮部の予見した通り、ちゃんとついてきていたわけだ。
「ここ」
宮部はラダーペダルを蹴っ飛ばし、チョウゲンボウ1を急激に左旋回させつつ上昇する。
速度を売って高度を買う。バレルロールと呼ばれる機動だ。
急減速したチョウゲンボウ1の下をスズメ1が通り過ぎ……
いや。
スズメ1が機首を上げた。
機体の背面から、引き剥がされた空気が雲を作る。
「そう来るっすよね」
宮部のバレルロールを受けて、ラーズはプガチョフコブラに移行。
バレルロールでチョウゲンボウ1が稼いだ高度を超える高度を稼ぎつつ、相対速度も合わせに来る。
ちなみにラーズは後ろを取られそうになると、やたらとプガチョフコブラをする傾向にある。
普通の腕前のパイロットが相手なら、十分通用する技ではあるが宮部に通用すると思うのは甘えである。




