戦禍拡大17
かくしてその効果は絶大であった。
「『トマホーク』四発、全弾敵艦に命中」
「よし!」
その報告にハルゼーは手を叩いた。
「敵の被害を報告させろ!」
「……それが……『サウスダコタ』との通信、途絶。強力な妨害を受けているようです」
「……慌てて妨害してきたか……まあいいだろう。
敵艦の被害は光学カメラで確認しろ」
命令を下してハルゼーはほくそ笑んだ。
レクシー・ドーンの旗艦は確かに、よく見える目とよく聞こえる耳を持っている、その声は普通だったという事だ。
『サウスダコタ』の反撃に対して、電子戦で対抗しようとしたのだろうが、電波の速度は光速以下でしかない。
結果間に合わずに、被害を出した。
「光学カメラによる敵艦の被害判定ですが、攻撃対象の『パンデリクティス』は二隻とも大破となりました」
「それでも撃沈はできねえか……」
船がこれだけ頑丈なら、エッグ近海の軍事施設に戦術核など効くのか? とハルゼーは首を傾げた。
「それでも大破なら、もうこの戦闘中の復帰はねえだろ」
アメリカ海軍初の、エッグ新型艦の撃沈は逃したものの、二隻を戦闘不能に追い込んだのは確かな戦果である。
「これで後六隻……それも手負いを含んだ六隻だ! 行けるぞ野郎ども!」
「閣下、艦の復旧が完了しました」
『イリノイ』と『ウィチタ』が砲撃戦に突入してから十五分。
『アイオア』が動けるようになる。
「突撃だ! 俺たちも戦艦同士の砲戦を楽しむぞ!」
ハルゼーの命令一下、『アイオア』は最大船速で突入を開始する。
◇◆◇◆◇◆◇
「レクシー提督……申し訳ありません」
「別にいいわ……それにしても核を使うとは、ビックリだわ」
敵三番艦の追撃戦に移行した二隻の『パンデリクティス』級は、距離おおよそ十五万キロで敵艦から『トマホーク』による攻撃を受けた。
『ユーステノプテロン』の目は確かにそれを捉えたし、プリシラが対抗として指向性全波長妨害を実施した。
しかし、光の速さは宇宙の距離感に比してあまりに遅く、敵三番艦と『パンデリクティス』達の距離はあまりに短かった。
追撃していた『パンデリクティス』の艦長達に油断があったのは事実だろう。
その分を差し引いても、このタイミングでの核を使うというのは想定外である。
「被弾したA2328よりメッセージを受信しました」
通信ではなく一歩的なメッセージであるあたり、A2328の被害の深刻さがわかる。
「読み上げて」
「アイ。提督。
我、敵戦術核と思しき攻撃を受け大破漂流中。艦機能復旧の目処なし」
「レクシー提督……艦を放棄させますか?」
ルビィが心配そうに言う。
「放棄するにしても、『グラミー』で砲撃戦やってる最中の海域に出るのはリスキーすぎるわ。
それならせめて戦闘終了までは漂流中の『パンデリクティス』の中に留まっている方がマシよ」
問題は大破した二隻が、こちらの通信を受けられるかである。
「通信! 27と28にメッセージ送信!
戦闘終了までは艦に留まり、乗員の安全を確保せよ。以上を全波長で平文とわたしの音声メッセージで送って」
「平文は危険なのでは?」
ルビィが懸念する。
「受信側の通信機が生きている保証がない以上、確実に伝える必要があるから仕方ないわ。
最悪なのは、艦長が独自判断で艦を放棄することよ。
『グラミー』がフラフラ泳いでる所に、敵の航空機が来たらどうしようもなくなるわ」
そうでなくとも、どこかのタイミングで『グラミー』を収容しないといけない上、艦載艇は実質『ユーステノプテロン』でしか収容できないので、かなり不自由な事になる。
「プリシラ艦長! 緊急です! 敵四番艦が動き出しました! 方位二〇〇、本艦に接近中」
「レクシー提督?」
「指揮は引き続きプリシラよ。アイオブザワールド最先任艦長がどうするか、見せてもらいましょう」
ここでレクシーが指揮を取るのは容易いが、レクシーと言えども現状のリソースでできることはプリシラとあまり変わらないだろう。
ならば、プリシラにやらせるとレクシーは決めたのだ。
「レクシー提督! では『エンハンスド・アニサキス』の使用許可を願います」
「いいでしょう。許可します」
これでプリシラは、敵四番艦と直接やり合うという選択をした事が確定。
『パンデリクティス』級より装甲は薄く、主砲も持たない『ユーステノプテロン』が分厚い防御に守られた『アイオア』級と戦うためには、必殺の『エンハンスド・アニサキス』が必要不可欠だ。
「レクシー提督、申し訳ありませんが『パンデリクティス』達の指揮をお願いできますか?」
「それも了解よ。防空に回してる『ユーステノプテロン』を一隻呼び戻して、砲撃支援に充てるわ」
「ありがとうございます。提督。
左転舵二〇〇! 本艦は敵四番艦との戦闘に入ります」
◇◆◇◆◇◆◇
『ユーステノプテロン』が艦首をこちらに向けたのを、『アイオア』艦長のスメイドバーグは歓喜しつつ見ていた。
まだ見ぬ『ユーステノプテロン』の艦長も決戦の意思を見せた。これを歓喜せずに何を歓喜するのか。
「対艦戦闘」
スメイドバーグは簡潔に命令を出した。
「これから我々が相対するのは、レクシー・ドーンの旗艦である。
我が『アイオア』と、我が合衆国海軍が最強であることを、敵に見せつけるのだ!」
本来、司令部を乗せている旗艦で真っ向勝負など受けるべきではない。
だが、混沌としたこの戦場で、旗艦だから。は逃げる口実にはなり得ない。
「なにより……『アイオア』級は宇宙最強の戦艦……負けるわけがない」
最後の部分を口に出してつぶやき、スメイドバーグは艦橋中央に堂々と立つ。
先手は『アイオア』だった。
『アイオア』級が誇る一六インチ砲の内、艦首側六門が火を吹く。
彼我の距離は約一五〇万マイル。射程外だがこれは挨拶代わりなので、問題ない。
「……敵艦、直進! 主砲を無視して突っ込んできます」
こちらが射程外なのを知っているのだろうが、それでも戦艦の主砲を向けられて直進してくるのは中々の豪胆さ。
「敵のミサイルは徹底的にマークしろ! 向こうのミサイルも核弾頭が詰まってる恐れがある」
聖域海戦でセンチュリア近海に停泊していた空母『ヨークタウン』が、核攻撃を受けたのは、既にアメリカ海軍内では有名な話である。
「……それにしても、速いな……わかっていた事だが……」
色々な計測データを見つつ、スメイドバーグは唸った。
『アイオア』級も決して遅い艦ではないのだが、『ユーステノプテロン』級の船足はまさに異次元の加減速性能だ。駆逐艦どころか、魚雷艇と比べても遜色ない。
それでいて、艦の全長は『アイオア』の一.五倍程もある。
まさに化け物だ。
「敵艦接近中……一〇〇万マイル」
その化け物がどんどん距離を詰めてくる。
スメイドバーグの記憶では、『ユーステノプテロン』は主砲を持たないはず。距離を詰めてどうしようと言うのか。
「敵が射程に入ったら、測距射撃を実施。射撃諸元を得る」
射撃諸元を得るのは、戦艦が砲撃戦をするのに必須の手順である。
しかし、小魚のように動き回る『ユーステノプテロン』相手に、諸元が得られるのかはわからない。
そんな事をスメイドバーグが考えている内に、前部主砲が交互撃ちを始めた。
対する『ユーステノプテロン』は、少しだけ艦首を左に振ったようだ。
艦の右側面の露出が増える。
『アイオア』の主砲弾が、『ユーステノプテロン』の左横を通り過ぎて行く。
その直後に、『ユーステノプテロン』は艦首を右に大きく振る。
先程と違い、今度は艦の左舷側を完全にこちらに向ける程の旋回。
「CICから艦長! 敵艦が速すぎて諸元が得られません!」
「ぬう……やむを得ない。
各砲塔は手動照準とする。砲手の技術に期待する」
諸元が得られないなら、システムによる統制射撃は不可能である。
そうなってくると、泥臭く人の手で狙うしかなくなる。効率も落ちるが仕方ない。
『ユーステノプテロン』はこちらに左舷側を晒しながら、回り込んできている。
『アイオア』を中心に、大体八〇万マイルの円の縁を反時計回りに回っているイメージだ。
スメイドバーグは一瞬、自分も左に舵を切って間合いを詰めるかとも考えたが、やめた。
距離を詰めるのは魅力的な選択肢だが、旋回すると『ユーステノプテロン』を指向できる主砲が減る。これはよくない。
『ユーステノプテロン』は、左旋回を続けながら『アイオア』とすれ違い、そのまま艦の後方へ遷移。
これにあわせて、スメイドバーグは右に舵を切って同航戦の構えを取る。
その時、『ユーステノプテロン』の上甲板で光が瞬いた。
「敵艦、発砲」
簡潔が報告が上がる。
現在、彼我の距離は五〇万マイル弱。大体この辺りが敵の最大射程なのだろう。
「撃ち返せ!」
スメイドバーグはゲキを飛ばす。
敵が直撃弾を取りに来たのなら、動きは単調になるはずだ。
ズズズ……という低音とも振動とも取れない物が、艦橋に伝わってきた。
「艦首付近被弾。目立った被害はありません」
報告を聞いてスメイドバーグは胸を撫で下ろした。
距離と非バイタルパートでもダメージがなかった事から、敵の撃っている砲の威力は精々五インチ砲と推定される。
ただし五インチと言っても、連射速度は異常に速い点は注意が必要だ。
装甲が抜かれなくとも、艦の外部構造物は壊れるからだ。
ちょうど、このタイミングで『アイオア』が発砲。
「そろそろ当たるだろう……」
希望を込めたスメイドバーグのつぶやきに答えるように、『ユーステノプテロン』の艦体表面で爆発が起こった。
「命中! 命中!」
と士官たちが喜んで飛び跳ねる。
「まだだ」
『ユーステノプテロン』は一瞬艦首を上げると、すぐに艦首を下げ、元のコースに戻る。
ちょうど、イルカがジャンプするような挙動だ。
その動きの意味は不明だが、『ユーステノプテロン』が例のバリアでこちらの砲撃を防いだのは間違いなさそうだ。
『ユーステノプテロン』はそのまま砲撃を再開。『パンデリクティス』のようなヘビー級のパンチではないが、食らっていて気持ちのいいものではない。
「艦尾、救命ボート大破!」
「揚陸用クレーンが破壊されました!」
被害報告も次々と上がってくる。
今のところ、戦闘に支障をきたすような物はないが、だからといってなくなっていい物でもない。
『アイオア』何度目かの発砲。
これも九発中四発が『ユーステノプテロン』に吸い込まれていく。
だが、『ユーステノプテロン』はまたドルフィンジャンプをしただけで、これと言った被害は見受けられない。
「もっと撃て! あのバリアは有限の装甲だ!」
スメイドバーグは意図的に大声で怒鳴った。
先の『パンデリクティス』との砲戦で、バリアが有限なのは間違いない。電子戦特化の『ユーステノプテロン』が、『パンデリクティス』より硬いとも考えにくい。
「サーイエッサー」
砲術や測距の士官も大声で応える。
案外次の砲撃で、敵の防御を抜けるかも知れない。スメイドバーグが思った刹那。
突如、突き上げるような衝撃が来た。
艦橋要員が吹っ飛び、壁や天井に叩きつけられる。
スメイドバーグ自身も、海図台に投げ出される形で、全身を強打した。
「艦長負傷!」
誰かが叫ぶ。
「わたしは無事だ……それより何があったか、説明できるものは?」
「……ダメコンからの一報ですが……艦底部に魚雷のような物を受けたようです」
「そんなバカな!」
いくらなんでも、五〇万マイルで魚雷が放たれれば気づくはずだ。
となると、砲撃戦の始まる前。
反航からこちらの左に回り込むように舵を切ったタイミングで、自走機雷の類を放ったと考えられる。
「……数分先のこちらの未来位置へ、正確に魚雷を撃つなどと……」
もしそうなら、この敵艦の艦長は恐るべき人物であるという事になる。
「いや、ドラゴンだったな……」




