戦禍拡大10
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空母『エンタープライズ』艦長ケビン・コルトは艦外カメラの画像を映し出すカメラを注視していた。
『エンタープライズ』のCICになんとも言えない空気が張り詰めている。
ハルゼーが予期した攻撃タイミングは、まさに今である。
空母周辺に展開している防空駆逐艦も、可能な限りの密集陣形で迎え撃つ構えだ。
ゴクリと誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
その瞬間。宇宙の黒をバックに無数の光が瞬いた。
「来た!」
レクシー艦隊との距離はおおよそ一五〇〇万マイル。この距離なら、『アニサキス』が光の速さを超える時に出す閃光を見ることができる。
アークディメンジョンから降下する物体は時間喪失を起こすため、これくらいの距離だと光の方が速い。
「全艦対空戦闘!」
コルトはなるべく落ち着いた声を意識して、命令を下す。
ほとんど同時に、無数の『エンハンスド・アニサキス』が通常空間に降下してきた。
「一五〇〇万マイルで五秒ほどか……恐るべき兵器だ」
一五〇〇万マイルは光の速さでおおよそ七〇秒。見えてから五秒で『エンハンスド・アニサキス』が飛んできたと言うことは、このミサイルは一五〇〇万マイルを七五秒で飛んできたことになる。これは光学兵器を除く地球のいかなる兵器よりも速いし、光学兵器は一五〇〇万マイルも届かない。
そして、後一〇〇〇万マイルも離れれば、正真正銘光より速く飛んでくるのだろう。
「敵弾、来ます!」
「ちっ、近い」
飛来した無数のミサイルは、その狙いも神がかっていた。
『エンタープライズ』を中心にわずか五〇マイル程の空間に、五〇発程のミサイルが降り注ぐ。
一番近い物は、わずかに八マイル。
『エンタープライズ』の全長の二〇倍程度と言えば、そのコントロールの正確さがわかるという物だ。
「回避運動開始!」
「防空艦、対空射撃を開始します!」
「うむ」
空母周辺に展開した駆逐艦たちも、猛然と各種砲や対空ミサイルを撃ち始める。
だが、それにしても防空圏内に突如出現したミサイルの迎撃は容易ではない。
「他の空母の様子はどうだ?」
「『ホーネット』が攻撃を受けています」
「他は?」
「今のところ、狙われてはいないようです」
敵は、狙いを絞ってきた。とコルトは判断した。
不幸なことに、コルトの『エンタープライズ』は絞られた側に残ってしまったようだが。
「艦隊防空の様子は?」
手元のコンソールを操作して、コルトは艦の周囲を確認する。
外部カメラには防空駆逐艦が撃ち上げる無数の光弾。その光弾を縫うように飛んでくるミサイルの引く白い軌跡が入り混じる様子が映し出される。
コルトの見ている画面内で、一発の『エンハンスド・アニサキス』が火を吹き、軌道を変えて手近な駆逐艦に突入していく。
『エンハンスド・アニサキス』というミサイルは迎撃を受けて攻撃続行が不可能になった場合に、近くにいる敵艦に突入する機能があるように見える。
パッと光が散った。
さすがに光学カメラには映らないが、そこに防空担当の艦が居て、敵ミサイル攻撃を受けたのは想像に難くない。
「サー! 防空隊より入電。敵ミサイルの一群が輪形陣を突破したとの事です!」
もともと超至近距離に落ちてきたミサイル群である。
アメリカ海軍の誇る防空輪形陣を持ってしても、防ぎきれないのは道理だ。
「対空戦闘用意。機関砲もSSMも全て使う!」
「サーイエッサー!」
景気の良い返事。艦全体の士気は高いと感じる。
「トラックナンバー三〇〇、右舷側前方から敵弾六!」
「トラックナンバー三〇一、左真横に敵弾四!」
結構な数が抜けてきたとコルトは思った。
「トラックナンバー三〇一は『シースパロー』で迎撃。右前方は機関砲で対応せよ。
取舵!」
右舷側のトラックナンバー三〇〇を攻撃しやすいよう、コルトは艦首を左に振った。
「『シースパロー』……ファイア!」
四発の敵弾に対して、艦橋前部のVLSから八発の『シースパロー』は放たれ、同時に艦首が左を向き始める。
「右舷対空砲、撃ち方始め!」
火器管制官の声とともに、右舷側スポンソンに設置された機関砲が一斉に撃ち始める。
新世代の空母である『エセックス』級の対空火力は極めて高い。
濃密な弾幕によって、右舷側の敵弾ミサイルが一発爆ぜた。
「よし、いいぞ!」
だが敵ミサイルは速い。全弾迎撃できるかは不明だ。
「『シースパロー』、間もなく敵ミサイルと接触!」
こちらは左舷側。四発の敵ミサイルを八発の『シースパロー』が迎え撃つ。
いくつかの爆発。
どれがどのミサイルの物なのかは、一目見ただけではわからない。
「左舷、対空用意」
ミサイルで迎撃できなければ、近接防空で落とすしかない。
「左舷、敵ミサイルが一発こちらに向かってきます!」
見張りが叫び、それに答えて左舷側のスポンソンから対空射撃が始まる。
こちらが左に舵を切っているので、それを追ってミサイルも左へ曲がってくる。
「左から来た奴の動きがおかしいぞ!」
誰かが叫んだ。見張り員だろう。
その叫びに、コルトもミサイルの軌跡を確認する。
トラックナンバー三〇一の生き残りの一発は『エンタープライズ』を追って左に旋回しているのだが、旋回半径が大きすぎるとコルトは感じた。
「『シースパロー』に舵をやられたのか……いや」
コルトが希望的な観測をやめた。
「コイツ……艦尾の死角に回り込む気だ!」
『エセックス』級は、艦尾に四基の推進器を備える艦型である。当然推進器のある所に砲台は設置できないので、そこに死角ができる。
「トラックナンバー三〇〇を狙える位置の対空砲は最優先でトラックナンバー三〇〇を狙え! 艦尾の死角に入られたら大変なことになるぞ!
取舵いっぱい。最大船速!」
コルトはさらに左に舵を切り、敵ミサイルが艦尾に付くのを阻止しようとする。
だが『エセックス』級の巨体と、コンパクトな対艦ミサイルとでは運動性能が全く違う。
「右舷対空砲、トラックナンバー三〇一が射界から出ます! 左舷側の対空砲で攻撃を続行します」
『エセックス』級の艦体側面に並んだ対空砲は、スポンソン上に配置されている都合上、艦の反対側への射撃ができない。
「それにしても、ドラゴンのミサイルは足が長い……」
地球製……例えば『トマホーク』などは、こんなにしつこく敵艦を追い回す事はできない。
これは進出に超光速機関を使うことで、実質的に飛び回れる時間が長いという事であるが、それにしても航空機並みにしつこく飛び回っているのはコルトにとっても衝撃的な事だ。
「トラックナンバー三〇〇、射界から出ます!」
「舵中央、最大船速!」
命令を下して、コルトは艦尾側のカメラを凝視する。
画面下側にある推進器の光に混じって、細い水蒸気の雲を引きながら飛翔する『エンハンスド・アニサキス』が見える。
艦尾にもタレットの一つくらいあってもいいのではないか。とコルトは思うのだが、今ないものをどうこう言っても始まらない。
「わたしが合図したら、最大船速のままいっぱいまで取舵を切れ」
敵ミサイルは間違いなくこちらの推進器を狙って突っ込んでくるので、それを直前で反らせて被害を軽減しようという意図だ。
ただし、最大の問題として別方向から飛来するトラックナンバー三〇一の存在がある。
「トラックナンバー三〇一、一発迎撃に成功!」
朗報である。
しかし、トラックナンバー三〇一は残り四発ある。
「五発より四発のほうが、ずっといい」
コルトは呟いた。
この間に、艦尾側のトラックナンバー三〇〇が接近。
今まさに推進器に突入しようかというところまで来た。
「今だ!」
「面舵っ」
「最大船速!」
最大船速は最初から最大船速なので変わらないが、慣性制御を超えて艦が向きを変えるのが感じられる。
これで敵ミサイルは推進器ではなく、その周辺の比較的装甲の厚い艦底部に命中する……
はずなのだが、その衝撃が一向に来ない。
「どうなってる!? ミサイルはどこへ行った!?」
コルトは叫んだ。
「艦底部やや左を本艦と並走しています!」
「なに!? 推進器に突入しなかったのか!?」
艦底部の外部カメラ映像を食いつくように見て、コルトは唸る。
あろうことか『エンハンスド・アニサキス』は一〇〇フィートもない距離を『エンタープライズ』と並走しているのだ。
「トラックナンバー三〇一接近!」
火器管制官が悲鳴のような叫びを上げる。
「ぬ……マズい」
コルトの言葉と同時に、艦底部の『エンハンスド・アニサキス』が向きを変え、『エンタープライズ』の艦底部に突入した。
突き上げるような衝撃。
だが、衝撃があったという事は、ミサイルは艦底部を貫通していないという事でもある。
それでも、艦の姿勢が代わり対空砲が一斉に明後日の方向を撃ち始める。
その間、一秒。
対空砲の再照準が行われている間に、トラックナンバー三〇一のミサイル群が『エンタープライズ』に殺到した。
「全員、衝撃に備え! 面舵! 艦首をミサイルに向ける!」
CICに緊張が走る。
四度の衝撃があり、電灯が瞬く。
艦内のどこかで爆発音。
「食らったか!?」
被害報告が上がってこない所を見るに、艦内電話にダメージを受けたか。
コルトが艦橋に上がるかどうか悩んでいると、息を切らせた士官がCICに駆け込んで来た。
「サー! 飛行甲板に二発被弾! 目下発着艦は不可能です!」
士官は艦橋で被弾の様子を目撃して、電話が使えないことに気づき、CICまで走ってきたのだろう。
「わかった。ナイスガッツだ」
それはそうと、『エンタープライズ』は空母機能を喪失した。だが、敵が『エセックス』級のダメージコントロールを甘く見ているなら、大やけどをすることになるだろう。
「通信が復旧したら、帰投してくる味方機は他の空母に降りるように指示を出す」
コルトの戦意はまだ健在だ。




