戦禍拡大3
ピアーズの艦は、敵艦隊とじわじわと距離を詰めている。
『パンデリクティス』級の主砲による交戦距離は、カタログ上では一五〇万キロ以下となっているが、実運用上は一二〇万キロ辺りまで詰めないと厳しい事が、訓練や実戦データでわかっている。
ピアーズもまた、一一〇万キロ程度まで距離を詰めて砲戦を行う予定だ。
「『エンハンスド・アニサキス』が撃てないのは、やっぱりキツイわ」
艦隊各艦には、『エンハンスド・アニサキス』の艦長判断による使用禁止がアナウンスされている。
レクシーは、あくまで戦果優先で集中運用するつもりらしい。
そうとわかっていても、『パンデリクティス』級の主武装は『エンハンスド・アニサキス』である。それを使わずに艦隊相手び戦うのは骨が折れる。
文句の一つも出るというものだ。
「ピアーズ艦長! 敵艦隊、新たに一隻が砲戦に参加しました。合計三隻が我が艦に向かって砲撃しています」
「こちらの攻撃目標は、一番艦から変わらずよ。
そろそろまともな直撃弾が出そうな距離だから、『ゴーストヴェール』の密度は常に注意すること」
「アイ。艦長」
敵の主砲は、体感値として射程が長いとピアーズは判断した。
おそらく射程は一二〇万キロ辺り、キルゾーンは八〇万キロから、といった所か。
「彼我の距離、一三〇万キロ」
声と同時に飛来した敵の砲撃が、『ゴーストヴェール』を削る。
「主砲を高速連射モードに変更、以降最大火力で主砲を投射します」
高速連射モードとは、主砲の威力を八割程に制限する代わりに連射を可能にする物だ。
弱点は連射を続けていると、やがて砲身の冷却が間に合わなくなるという制約である。
ピアーズの命令一下、それまで定期的に聞こえているだけだった主砲の発射音が、
ドンドンドンとリズミカルに伝わってくるようになる。
艦長席の前にある大型ディスプレイにも、オレンジの光弾が立て続けに送り出されていく様子が映っている。
「回避運動は……しない方針みたいね……」
回避運動をすれば、せっかく得られた諸元を失う事になる。
敵の司令官はそれを嫌がったようだ。
「攻撃的な司令官……」
真っ先にオーウェン・サイラースで交戦したハルゼーをピアーズは想起する。
「命中!」
艦同士の距離が詰まり、『パンデリクティス』の主砲を最大発射レートで撃っているだけあって、多くの主砲弾が敵の一番艦に吸い込まれていく。
「敵に損害は与えてる?」
「今のところ不明です。艦長」
さすがにこの距離では、どこに当たっているのかも『パンデリクティス』級の観測能力ではよくわからない。
ただ敵艦の機能を喪失させたようには思えないので、有効打にはなっていないだろう事は想像に難くない。
彼我の距離はこの間にもジワジワと詰まって行く。
そして、距離が詰まったことで敵艦四隻から降り注ぐ主砲弾も正確にA2320を捉え始める。
「『ゴーストヴェール』に被弾。バリアスターを四パーセント喪失」
「『ゴーストヴェール』に被弾! バリアスター、三パーセント喪失!」
次々と上がってくる被弾報告が、ピアーズを憔悴させた。
『ゴーストヴェール』がある限り、真っ当な方法でA2320を傷つける事はできない。
『ゴーストヴェール』を構成するバリアスターは、艦の隙間という隙間に大量に積み込んでいるが、有限のリソースであることは言うまでもない。
戦艦四隻からの砲撃にいつまで耐えられるかはよくわからない。
ピアーズは『エンハンスド・アニサキス』による攻撃がしたかったのだが、これはレクシーにより禁止されている。
「敵一番艦の攻撃を続行」
結局ピアーズは、最初の命令を繰り返した。
その時。
「防空指揮のA5210が、敵航空機の接近を検知。対空戦闘を開始するようです」
さすがに既に砲戦をしているピアーズの『パンデリクティス』は、対空攻撃アサインから外されたようだ。
「問題はないでしょう。こちらは引き続き砲戦に集中します」
◇◆◇◆◇◆◇
空母『エンタープライズ』所属の航空隊を指揮するベローは、満天の星々をバックに巨大な輪形陣を組んでいる艦隊を見た。
輪形陣の右の方では、チカチカと光が瞬いている。
これは突入した『アイオア』級戦艦四隻と、敵の戦艦が撃ち合っている光だ。
「一時方向に敵艦隊。全機攻撃体制」
ハルゼーの放った第一次攻撃隊は四隻の空母合わせて二四〇。
その二四〇機の大半がFA4U『コルセア』であり、対艦ミサイルであるAGM65『マーベリック』を七発携行している。
「なんてレーダーの強さだ!」
『コルセア』の計器が示す電磁波強度に、ベローは声を上げた。
シミュレーションでも見たことのないような、大出力のレーダー波が第一次攻撃隊に浴びせられているのだ。
「来るぞ! 後は作戦通りだ! 返信は不要。以上ベロー、アウト」
今後、航空機同士の通信も妨害される可能性が高いため、作戦は事前に細かく決められている。
それぞれが作戦指示書通りに動けば、通信が途絶しても、目標は達成できる。
「まあ、問題は生き残れるかどうかだがな」
聞くものの居なくなったコクピットで、ベローは呟いて、そして笑った。
これは最高に刺激的な作戦だからだ。
「レクシー・ドーンを討ち取れば、俺は竜殺しってわけだ!」
その瞬間、『コルセア』のコンソールに通信が途絶した旨の表示。同時に、輪形陣内輪を構成する魚影から、一斉に光が上昇する。
◇◆◇◆◇◆◇
レクシー艦隊の防空を司るのは、第一艦隊所属の『ユーステノプテロン』、A5210である。
「第一次攻撃は内輪の『ユーステノプテロン』のみで実施します。外輪の『パンデリクティス』たちは待機」
A5210艦長、ネウロン・アリュステはアイオブザワールドの古参艦長の一角で、艦隊防空のスペシャリストだ。
「たかだか二四〇機の生贄で、『ユーステノプテロン』の怒りは静まらないってことを教えてやるわ!」
ネウロンの配下には、六隻……自身の艦も含めると、七隻もの『ユーステノプテロン』が配備されている。
二四〇機の敵機は、四隻の『ユーステノプテロン』で十分食い潰せる規模。七隻居て負けるはずもない。
「『ミクソゾア』による対空攻撃を実施します。第一次攻撃、各艦二八発。発射管制及び照準は防空指揮担当のA5210が実施します」
『ミクソゾア』第一射は七隻合計で一九六発。
ネウロンの読みでは、これで五割前後の敵機を削れるはずだ。
「『ミクソゾア』ヨーイ。放て!」
七隻の『ユーステノプテロン』級が打ち上げる大量の『ミクソゾア』は、いつ見ても安心感があるとネウロンは思う。
「各艦は次弾を装填して、待機」
「艦長! 敵編隊の様子が変です……ディスプレイに出します」
ネウロンが何かを考えるより先に、敵編隊の様子がブリッジの大ディスプレイに映し出される。
「……これは……チャフ?」
ディスプレイに映し出されたのは、飛行する敵機の周りにキラキラと光る何かが漂っている様子だった。
チャフだとすると、このキラキラは薄い金属の短冊である。
この短冊はレーダーを遮るため、その向こうを見渡す事はできなくなる。
「飛翔中の『ミクソゾア』の終末誘導を熱源と光学に変更。チャフごときで『ユーステノプテロン』の目から逃れられるなんて……甘えが過ぎるわ」
それにしても恐るべきはその物量である。
惑星の大気圏内で使っているというのなら、事前の大量散布という運用もわからなくもないが、ここは宇宙空間。十分な妨害を行うのに、どれだけ大量のチャフが必要なのか。
「でも一応……通信! 総旗艦のプリシラ艦長に通信回線を開いて」
「アイ。A5126への回線、開きます」
さすがに戦闘中なので、すぐにプリシラからの応答があった。
「プリシラです。ネウロン、何かトラブル?」
「そちらでも観測していると思いますが、敵機がチャフをばら撒きました。
『ミクソゾア』第一波が妨害される恐れがありますので、第二斉射には総旗艦も参加いただければと思いまして」
一瞬の沈黙。
「状況はわかりました。『ミクソゾア』の発射制御キーをA5210に送信します」
断られるかと思ったネウロンだったが、プリシラは意外にもあっさり了承した。
「『ミクソゾア』第一群、間もなく敵機と接触します」
「『ミクソゾア』が……終末誘導が妨害されてる!?」
ネウロンはその光景に驚愕した。
「何が起こってるのか、他の艦にも観測させて!」
いつも通り飛翔していた『ミクソゾア』だったが、敵編隊への突入の刹那、奇妙な挙動を示した。
あるものは、敵機を無視して直進し、あるものは突然進路を変えて虚空に飛び去る。何もない場所で近接信管を作動させる個体もあった。
「解析急いで! いえ、総旗艦で分析してもらって!」
ネウロンは怒鳴った。
『ミクソゾア』……というかミサイル全般が、妨害される事など今までなかった。
エッグの最新鋭艦は、設計思想としてその打撃力をミサイルに依存しているので、これは由々しき事態である。
◇◆◇◆◇◆◇
「おそらく核兵器……EMP兵器の類が使われたと見て良さそうです」
一次解析結果を取りまとめたプリシラの言葉に、レクシーは一つ頷いた。
「なるほど、考えたわね……それにしても、EMP作動時に爆風はもちろん、光も出さないなんてね」
「『ユーステノプテロン』級のセンサーがなければ、判断は難しいでしょう」
プリシラは答える。
なにしろ、今回核爆発があったっぽい事がわかったのは、EMPの放った電磁波の到達経路を逆に辿った先で、航空機が何かを発射する様子を捉えていたからであり、『ユーステノプテロン』級の圧倒的な索敵精度の賜物である。
「EMPごときで、二〇〇発近い『ミクソゾア』が全滅しますか?」
にわかに信じられないと言った風に、ルビィが言う。
「別に二〇〇発が全滅したわけではないわ。それでも二〇機くらいは喰ったから、『ミクソゾア』も頑張ったと思うわ」
レクシーが戦果について語る。
「『ミクソゾア』は、対EMP性能を最低限しか持ってないから、至近距離から強電磁波を浴びれば、ひとたまりもないでしょうに」
「EMP耐性がないんですか?」
「ああ。首席参謀は知らないのね……
昔……といっても聖域侵攻があった頃まで、エッグの艦艇が搭載するミサイルはMPMって言うミサイルだったのよ。
これは『アニサキス』と同等のEMP耐性、『ミクソゾア』の数倍の射程距離、駆逐艦くらいなら撃破もできる威力をもったミサイルだったのよ」
「聞いたところ、そのMPMというミサイルなら、今回の迎撃を防がれることはなかったように思えますが、提督」
「そうよ。でも値段が高い上に、過剰性能って事になって、『ミクソゾア』が生まれた」
この件については、アイオブザワールド主導で騎士団、近衛隊の実戦経験のある上級士官の意見を取りまとめて、MPMを『ミクソゾア』に置き換えた。
プリシラも意見を求められ、MPMは過剰な性能であると答えている。
「それじゃあ『ミクソゾア』の導入は失敗だったと?」




