戦禍拡大1
戦禍拡大
「レクシーからの第一報を整理する」
突然降って湧いた敵襲の報に、アイオブザワールド内では緊急対策会議が催されていた。
「まず、今から約三〇分前に、レクシー艦隊がアメリカ海軍と接触。
接触位置はキャラバンの近海というのが問題だ」
アベルは、会議室の大型ディスプレイに表示された戦術情報を読み上げる。
「レクシーはやる気なんですか?」
最前列に居座っていたレプトラが、挙手もせずに言う。
「レクシー曰く、自分たちがADDアウトしたことで敵にキャラバンの存在を知られた可能性がある。との事だ。
少なくとも騎士団の連中が十分な戦力を投射するまでは、足止めが必要という判断のようだ」
報告内容から、アメリカ軍がキャラバン近海に展開していたのは、キャラバンの乗っていない海図を元にアメリカ軍が作戦計画を立てた結果であるとレクシーは考えているようだ。
そこにレクシー艦隊が現れた事で、敵にそこに何かあります。と教えてやった形になっているのが現状。
「レクシーの艦隊の補給状況はボロボロですよ! 艦隊も歪な編成になっている今、正面きっての海戦はリスクが大きすぎます!
本部長として、撤退するように進言します」
レプトラが強い口調で発言し、会議の参加者からも同意のざわめきが起こる。
「レプトラの言い分はもっともだし、高価な『ユーステノプテロン』級を八隻も連れてる状態で……いや、最悪艦は失っても取り返しが効くが、レクシーやルビィと言った幹部の替えなんて居ない。オレも撤退には賛成だ……」
ただし、それはキャラバンの戦略的価値を考えない場合の話である。
「だが、キャラバンが攻撃を受ければ、エッグの重工業が死ぬ」
エッグの強大な国力を支える重工業は、資源帯を巡りながら大量生産を行うキャラバンによる所が大きい。
一点集中のキャラバンは、最高効率の工業船団であると同時に、エッグという国の弱点でもある。
故にキャラバンの場所は厳重に隠匿されているわけだが、物理的に存在している以上、隠すことには限界があるのだ。
「まだ見つかったと決まったわけではないのでは?」
レプトラの副官が手を挙げながら、当然の疑問を口にする。
「これはレクシーの話だが、敵の司令官をバカだと思うほど愚かなことはない。だそうだ。
オレも、状況を考えれば敵はキャラバンの存在に気づいている。という前提で立ち回るべきだと思う」
アベル的には、キャラバン防衛は騎士団の領域の話なので、放っておいてもいいような気がするのだが、キャラバンにはアイオブザワールドがお世話になっている企業も多い。
ここで恩を売っておくのも悪くないだろう。
「なにより、ここで色々言ったところで、レクシーがおとなしく引っ込むとも思えない」
結局、話はこれに尽きる。
「だから、こっちはレクシー艦隊の戦果が最大になるように、裏工作に徹することにしたい」
◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
ハルゼー対レクシーの第一ラウンドが始まろうとしていた。
「突撃だ! 突撃!」
旗艦『アイオア』のブリッジにハルゼーのダミ声が響き渡る。
アメリカ海軍の誇る最強の戦艦である『アイオア』級四隻が、単縦陣を作ってレクシー艦隊に向かって突撃を開始した。
「各空母より第一次攻撃隊、発艦中」
「駆逐艦部隊、空母の防空に入ります!」
エッグの艦は超光速機関を搭載した対艦ミサイルを装備しているので、空母は手厚く守ってやる必要がある。
ハルゼーは思い切って、手持ちの駆逐艦を全て空母の防空任務に充てる事に決めた。
直接の砲撃戦は、『アイオア』級四隻だけで行う構えだ。
「防空艦なしは少々不安がありますが……」
ブローニングが弱気を見せるが、ハルゼーとしては知ったことではない。
「レクシー・ドーンもこちらの存在を知って襲ってきたわけじゃねえ!
通常空間に降りてから輪形陣を組み始めたのが、その証拠だ!」
過去のデータから、レクシーが攻撃意思を見せるときは必ず魚鱗陣を敷く事がわかっている。
無論、輪形陣からでも十分な打撃力は発揮できるのだが、輪形陣は突撃してくる艦隊に対して脆弱だ。
敵輪形陣を『アイオア』級による突撃で切り裂いて、陣形が崩れた所を航空攻撃で叩く。これがハルゼーの戦術の柱である。
「敵、発砲! ミサイルです! 数……約三〇!」
彼我の距離はまだ一五〇〇万マイル程離れている。
そうなると、このミサイル攻撃は超光速機関搭載型の『アニサキス』によるものだとハルゼーは判断。
「空母とその防空艦に警告! すぐにミサイルが降り注ぐぞ!」
ハルゼーの言葉に答えるように、前方の宇宙空間で無数の閃光が瞬いた。
『アニサキス』達が、一斉にアーク・ディメンションに駆け上がっていった閃光である。
ミサイルは突撃中の戦艦部隊には来ないという読みだが、果たしてそれは正解なのか。
「駆逐艦部隊より入電! 防空戦闘中」
「『ホーネット』に至近弾! 戦闘に支障なし!」
「『エンタープライズ』、回避運動中……」
「『ダリトン・ハーマン』被弾! 被害不明」
「『リンド・バルドス』より入電。我、敵ミサイル二を迎撃するも被弾。動力喪失!」
一斉に通信が騒がしくなる。
やはりハルゼーの読み通り、レクシー・ドーンの第一射は空母狙いの一撃だった。
「いいぞ! 駆逐艦が多少やられても、空母が守れればいい! やられた駆逐艦乗りには、勲章をくれてやる!」
今のところ、空母に被害らしい被害は出ていない。
おそらく、距離が近すぎるせいで『アニサキス』が効果的に運用できていないのだとハルゼーは感じた。
「……そうなると、やっぱりレクシー・ドーンは俺様艦隊狙いで来たわけじゃなさそうだな……なぜだ?」
ふと、思う所があってハルゼーは海図台へと向かった。
「おい!」
と海図台の近くに居た航海科の若い水兵にハルゼーは声をかける。
「何でしょうか! ハルゼー閣下」
「そうビビるな。取って食おうってわけじゃねえからな……
この海図は、我が海軍の計測した物か?」
「ノーサー! エッグで市販されている公式の海図であります。サー」
「……という事は……何かあるな」
ハルゼーは顎に手をやって、思考する。
どこかの国の発行する海図から、特定の区域や星系がごっそり消されているという事は、それほど珍しい話でもない。
それは、測量のミスだったり、地権者の意向でそもそも測量できなかったりした海域だったりするわけだが、今回の場合はどういう理由なのだろうか。
「……もしかして……あるのか。
おいブローニング!」
「何でしょう閣下」
ハルゼーに呼ばれて、ブローニングが海図台の前まで飛んでくる。
「確かエッグには、軍艦を作るための船団が居たな?」
「イエッサー。キャラバンと呼ばれる重工場船の船団がどこかに居ると言われています……しかし、その姿を確認した人間はおらず、ただのデマと考えている専門家もいるとか……」
「伝説の竜の巣って所か……もしかすると、見つけたかもしれねえぞ。そのキャラバン」
「えっ?」
間抜けな顔でブローニングが聞き返す。
「ここがそうかも知れねえ、って言ってんだ。
地図上の空白地帯。その空白地帯に現れたレクシー・ドーン。
……ここには、何かがあるんだよ」
宇宙時代の海軍の常識として、何もない宇宙空間で艦隊同士が偶発的に出会うことはないと考えられている。
ハルゼーの艦隊は、エッグ攻略の後詰めとして海図上の空白地帯を選んで停泊している。つまり戦略的に意味があってここに居るというわけだ。
対してレクシー艦隊が何もない海域に出現する意味が見出せない。
これは、レクシー側の戦略的な意味がハルゼー側から見えていないと考えることができる。
「その何かがキャラバンだと? もし、そうなら……」
「そうなら、レクシー・ドーンの艦隊はオレ様の艦隊と戦う手になってねえ! 一方的に食えるぞ!」
ハルゼーは景気の良いことを大声で喧伝する。
もちろんこれは、部下の士気を上げるための手法だ。
◇◆◇◆◇◆◇
「『エンハンスド・アニサキス』第一群、全弾迎撃されたようです。
敵空母に有効な打撃、なし!」
「やるわね……敵はヘボじゃないって事ね」
敵はこちらの初撃を読んで、空母部隊に防空駆逐艦を張り付けていたらしい。
この地点で、レクシーは敵がエッグ艦との交戦経験のある司令官の指揮下にあると判断。
「これはヘビーな戦いになりそうね」
レクシー側の戦略的勝利条件は、騎士団がキャラバンに十分な戦力を集めるまで時間を稼ぐこと、もしくは敵の撤退を引き出す事。
敵艦隊に対し、十分な損害を与えれば撤退は引き出せるだろうが、手持ちのリソースでそれは厳しいというのがレクシーの所感である。
となれば、キャラバンに騎士団の艦隊が集結するまで時間を稼ぐ事で勝利条件を達成するしかない。
敵艦隊の規模を考えると、騎士団は隣接管区からも戦術艦を集めて、それから布陣するはずなので所要時間は早くて七二時間と言ったところとレクシーは見積もった。
正直言って結構厳しい状況だが、おそらく敵の司令官はここに何かあることに気づいていると考えるべきである。
それがキャラバンだという事まで敵が気づいているかは不明だが、楽観視はできない。
「敵艦隊分離! 『アイオア』級四隻が突入してきます!」
「砲戦意図ね」
すでに敵空母から艦載機が発信しているので、戦艦と航空機による連携攻撃を意図した動きだろう。
これは、こちらが輪形陣を敷いた事への反応だと推測される動きだ。
「『パンデリクティス』達を魚鱗陣で迎え撃ちますか?」
ルビィが言うが、答えはノーである。
「このまま、輪形陣で迎え撃ちます。魚鱗陣は防空戦闘で不利よ」
言うまでもなく輪形陣は砲撃戦で不利なのだが、鈍足な地球の艦なら対応可能とレクシーは判断した。
「このまま、『アイオア』級に接近。射程直前で進路を変えて、輪形陣外輪の『パンデリクティス』で反航戦を仕掛けます。




