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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
戦火拡大

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戦火拡大11

「さて。ティルトの大ボスはどこかしら?」

 カメラとマイクくらいどこかにあるだろうと踏んで、ガブリエルは大きめの声で言う。

「まあ投降なんて認めないどころか、楽に死なせてやる気もないけどね」

 言いながらもガブリエルは周囲のカビの胞子を使って、生命反応を探す。

 ……いた。

 反応は下。数は五。

 幹部だけで集まって逃げているとは考えにくいので、護衛が居るのだろう。

 どうもクリックがガブリエルを足止めしている僅かな時間で、下の階に逃げたらしい。

「エント。攻撃指示。指定座標を砲撃せよ」

 ネットワーク経由で、エントに対して攻撃座標を指示する。

 程なくして、ドンドンという低い音が聞こえ始めた。

 それを確認して、ガブリエルは奥の階段へ向かう。

 流石にティルトの大ボスがエレベータで逃げたとは考えにくいので、階段だ。

 ガブリエルが非常階段と書かれた鉄扉に手をかけると、パリンという音がした。直後にパアン! という破裂音。

「ブービートラップってやつ?」

 おそらくピンを抜いた手榴弾を小瓶に入れた物が、防火扉向こう側の取手の上に置いてあったのだろう。

 ノブを回すと、瓶が床に落ちて割れ手榴弾が作動するという物だ。

 原始的な罠だが、撤退ついでの置き土産としては手頃な物と言えるだろう。

 もっとも、それも仕掛ける扉が引いて開けるタイプだった場合の話だ。

 押すタイプの扉では、扉が盾になるので被害は殆どない。ましてや金属製の防火扉では、手榴弾では傷もつかない。

「よっぽど急いでいたのね……いや、警報としてはちゃんと仕事をした。とも言えるわね?」

 階段スペースを伝って、下層からドンドンという音が聞こえ始める。

 エントが砲撃を始めたのだ。

「じゃあ行きましょうか」


 ガブリエルが下層に向かうにつれ、エントの砲撃が音から衝撃に変わっていく。

 時折、衝撃と共に剥がれた壁面のコンクリートがガブリエルの保護障壁を叩く。

「二階……いえここは中二階ね」

 よくビルなどにある、ビルの管理者しか入れないフロアがここのようだ。

 その中二階の防火扉が開け放たれている。

 扉は血まみれ。その袂には、もはや原型が何だったのかわからない肉塊が転がっていた。どうも誰かが運悪くエントの砲撃に当たったようだ。

「これは扉をちんたら閉めてる暇なんかないわね」

 仮に閉めて逃走ルートを隠蔽しようとしても、ここまで大量の血が流れていては隠せる物も隠せない。

 当然、生存者も大量に返り血を浴びたのは間違いなく、その足跡と思しきものが廊下の奥へと続いている。

「エント。再び砲撃の照準補正よ」

 ここは地上階ではないので、逃走のためには下のフロアに下る必要がある。

 その際に利用されるのは、ビル奥側のスタッフ用階段。あるいは覚悟を決めて飛び降りるか。

 ドラゴンなら飛び降りる一択だが、逃走している連中にドラゴン以外が混ざっていれば、その動きは大きく制限される。

 ……どちらに転んでも問題ない。

 ガブリエルの魔法のレパートリーなら、現状考えうるいかなる状況にも対応できる。

 その瞬間。バッと物陰から飛び出す影。

 伏兵だ。

「つまらないわね?」

 飛び出す影を追って、壁床天井。あらゆる面から無数のツタが伸る。

 ツタは一瞬で伏兵を捉え、床に叩きつける。

 伏兵はドラゴンだった。

 ツタで全身……文字通り頭の天辺からつま先までの全身……をぐるぐる巻きにされたそれは、かろうじてへし折れた翼を持ってドラゴンと判断ができる。

「こんにちわ」

 そのぐるぐる巻きのツタを自分の顔の高さまで上げ、ガブリエルは言った。

「そしてさようなら。バイバイ」

 ガブリエルの言葉に答える様に、ツタが一瞬しなったかと思うと、捉えた伏兵の胴体が二つに千切れた。

 ツタを開放して、二つに増えた伏兵の体を投げ捨てる。

 まだ息はあるかもしれないが、内蔵をぶちまけて生きていられる生き物は居ない。

 ガブリエルはその千切れた伏兵の体に、数粒のひまわりの種を撒いた。

「手向けの花よ。サービスしとくわ」

 一瞬で背丈が二メートルにも達するひまわりが、何本か伏兵の体から生える。

 それを見届けてから、ガブリエルは廊下を進んだ。


 ガブリエルはスタッフ用の通路に続く扉を抜け、ビル裏側にあたるガラス張りの廊下に抜ける。

 本来なら、さらなる待ち伏せを警戒するべき状況だが、周囲の空間は全てガブリエルが掌握している今、そんなことをする必要はない。

 なにより、エントが攻撃対象を捕捉したという通知がガブリエルの元に届いた。

 交戦位置はロビーの中央階段付近。階段を降りれば、正面なり裏口なり好きな方向から逃げられる。

 だが、その階段はモロにエントの射界のど真ん中であり、階段ゆえ遮蔽物も確保できない。

 ガブリエルがロビーにエントを入れたのが、見事に刺さっている状況である。

 これでガブリエルが背後を取れば、階段ではさみ撃ちという、理想的な盤面を作れる。

 それで終わり。


「最後に残ったのは人間とは……」

 ガブリエルが階段に到達したとき、階段近くの太い柱を遮蔽にして、二人の人間がエントの攻撃を凌いでいた。

 両方男性。老人と比較的若い男だが、なるほどその道の顔をしているとガブリエルは思った。

 まあどうでもいい話だが。

「《ナパームの果実》デプロイ」

 先制攻撃は当然ガブリエル。

 床から奇妙な形の植物が生じると、一瞬で熟れた果実が生み出される。マンゴーのような歪んだレモンのようなその果実が、ティルトの幹部が遮蔽にしている柱に向かって撃ち出された。

 ベチャ。と音を立てて、果実は床で潰れそこから果汁が流れ出す。

 若い方の男が、恐怖に満ちた顔をガブリエルに向けた。

 直後、若い男は老人をめいいっぱい突き飛ばした。

「素晴らしい判断だわ」

 ガブリエルはその行為を絶賛する。普通この状況で自分以外を率先して逃がすというのは、とても崇高で尊い行為であると言える。

 ボッ! と炎の揺らぐ音と共に、果汁が発火する。

 |《ナパームの果実》によって生み出された果実が蓄えた果汁は、ナパームという名からわかるように、高温で燃える燃焼促進剤である。

 保護障壁越しに熱が伝わってくる。保護障壁の外は早くも一〇〇度を超え始めている事をVMEが伝えてきた。実際に燃焼している果汁の至近距離の温度は押して知るべしだ。

「ぐっ……うわ……」

 と炎越しに、苦痛の声が上がる。

「まだ生きてるのね、いま楽にしてあげましょう……

 |《野火》」

 |《野火》は既に燃えている植物の燃焼範囲を拡大する魔法だ。|《ナパームの果実》もガブリエルの木の系列の魔法なので、当然燃焼範囲を拡大することができる。

「センチュリアだと、こういうのをコンボって言うそうよ」

 そよ風……火炎旋風に変わりつつある炎に流れ込む風……を感じながら、ガブリエルは言った。

 とてつもない絶叫。そしてその絶叫はすぐに静かになる。焼死したのか、単に高温の空気を吸い込んで喉を焼いたのかのかは不明だが、やがて炎に巻かれた男の動きは感じられなくなった。

「こいつはボスっぽくないから、ラストがボスね」

 そうすると、こいつもボスを逃がすためにガブリエルに向かってきたことになる。

 なかなかに愁傷な心がけだとガブリエルは思った。

「さて」

 燃え上がる炎を避け……ガブリエルは火の魔法が使えるわけではないので、任意の消火はできない……ティルトの大ボスを追った。

 もっとも、追うといってもすぐそこだが。

 ロビーの大階段の中程で、夥しい量の血と共に老人が倒れている。

 その老人には足がなかった。

 エントの砲撃を足に食らったのだろう。

 エントの方は、動く攻撃対象が居なくなったので待機状態に移行している。

 実に面白くない展開だ。

 ガブリエルは階段を老人の所まで降りて、生きているのかも怪しいその体を蹴り転がす。

 力なく床に転がった老人の周囲の床から、無数の蔦が伸びて老人を宙吊りにする。

「……す……」

「驚いた! まだ生きてるなんて!?」

 老人の口が小さく動き、何事かを話し始めたのを見て、ガブリエルは驚愕した。

「……助けて……くれ」

「二重に驚くわね?

 ティルトはわたしが嫌いなんじゃないの? わたしが嫌いだから、売国してエッグをめちゃくちゃにしたのでしょう?」

 手にしたひまわりの花を、老人の鼻先に向けてガブリエルは続ける。

「わたしもティルトが嫌いだから、誰も生かしておくつもりはないし、なんなら楽に死なせてやるのも惜しいと思ってる。

 ……でも、文句はないでしょう? わたしは当代のマザードラゴン。ガブリエル=ファー=レイン。あなた達が本来標榜とする敵、そのものなんだから」

 ティルトが反ガブリエルを掲げるなら、どうせどこかのタイミングでガブリエル自身に対してテロを仕掛けてきたことだろう。

 そうなれば、順序が違うだけで結局最後は同じになったはずだ。

 いや、その場合ティルトはきっとユーノ辺りに壊滅させられるはずなので、今の状況はティルトにとっての理想盤面と言えるだろう。

「……ま、て。

 取引……取引を、したい」

 息も絶え絶えで、老人は命乞いを続ける。

「取引材料なんかないと思うけど?」

「……この件の、黒幕……国を教える……」

 まあ交渉テーブルに乗せる材料は、ティルト側にはそれしかないだろう。

「喋ってみなさい。答えが気に入ったら助けてあげる」

「……ティルトに接触してきたエージェント……」

「なんて言うとでも思ってるの!」

 喋り始めた老人の顔面に、ガブリエルの蹴りが突き刺さる。

 樹脂スパイク付きのブーツが、安々と老人の鼻と頬肉を削り落とした。

「わたしは今最高に腹が立ってるのよ!」

 ガブリエルの言葉に答え、蔦が老人の体を持ち上げ、地面に叩きつける。

「おとなしくしてたから目溢ししてたけど……とんだ失策だわ。ここまでのクズ集団だとわかってたら、最優先で皆殺しにしたのに!」

 再び持ち上げられた老人の体が、ガブリエルの眼の前まで運ばれてくる。

「でも、もうただ殺すだけじゃ飽きたらないわ。

 アナトミープランテーション。聖域の古き王国が定めた禁忌の魔法」

 ガブリエルが握った一粒のヒマワリの種が、紫色に魔力を帯びる。

 その魔力を帯びた種子を、老人の右目の眼窩に差し込む。

「おおお……」

 弱々しい悲鳴が上がる。

「《アナトミー・プランテーション》……デプロイ」

 魔法王国が禁忌と定めるこの魔法は、動物の体を植物に置き換えるという物である。

 被術者は、意識を保ったまま体が植物化していると考えられており、実際に被術者の脳は地中で根の中心部分に保持される。

 この効果があまりにも邪悪なため、《アナトミー・プランテーション》は禁忌に指定されているのだ。

 かくして、エッグを危機に陥れたティルトの総帥は、頭を内側からふっとばされ、脳も内蔵もまぜこぜになりながら地面の中に引き込まれていく。

 数秒後、今度は地面から細い木が生えてくると、その枝にいくつかの可愛らしい紫色の花が咲いた。

「売国奴の墓標としては豪華すぎるわね。まあわたしの慈悲だとでも思って頂戴。聞こえてるのかどうかは知らないけどね」

 ガブリエルは踵を返した。

「エント。残敵掃討をお願い。友軍識別ができない動体は全部攻撃していいわ」

 ガブリエルの命令を受けて、エントが動き出す。

 その時、動いた根の先端がティルトの総帥だった物に触れた。

 そのショックで総帥の木は、中程であえなく折れた。

 それを見てガブリエルは肩をすくめた。

「楽に死んだわね。運が良い。

 ……エント。動く時は周りに注意して動いて」


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