戦火拡大4
「敵、対艦ミサイル接近!」
「個艦防御」
『ノースカロライナ』のCICが一気に騒がしくなる。
敵の対艦ミサイルが到達し始めたのだ。
だが、旗艦の『ノースカロライナ』に到達する前に、多くのミサイルが防空駆逐艦によって仕留められているため、飽和攻撃には程遠い。
「やはりエッグの巡航ミサイルは、超光速機関搭載型でなければなんとかなるな」
神がかったコントロールで艦隊防空網の内側に落ちてくる『アニサキス』はアメリカ海軍に取って畏怖するべき兵器であるが、普通に飛んでくるだけのミサイルなら十分に対処可能である。
「本艦に向かってくる敵ミサイル、全て撃墜!」
艦長が宣言すると、わあと歓声が上がる。
乗組員の士気は高いとスプルーアンスは判断した。
「よろしい。では艦隊反転! 砲撃戦に移行する」
◇◆◇◆◇◆◇
「敵主隊、左方向へ転舵!」
「来たわね」
プレスコットは敵の転舵を、砲撃戦へ移行する意図と読んだ。
単縦陣で進んでいる艦隊は、後方から追撃してくる艦隊に対して、ほとんど砲を指向できないからだ。
ましてや、こちらは前方への打撃力を重視した魚鱗陣。射程に入る前にどちらかに転進するのは当然の判断である。
「プレスコット司令!」
「なに!?」
脇からかかった通信士官の声に、思わずプレスコットは怒鳴り返してしまった。
「……ごめんなさい。熱くなってたわ。
報告を」
「コーラルキャッスルの近衛隊参謀部からの通信です」
プレスコットは内心舌打ちした。
せっかく海戦が盛り上がってきたというのに、邪魔をしないで欲しい物だと思ったのである。
「繋いで」
「参謀部分析官のホッチンスです。司令」
「手短にお願い。こっちはこれからドンパチが始まる所なの」
まあ砲撃戦のさなかに、司令官であるプレスコットの仕事があるのかと言われれば、結構微妙な所ではあるのだが。
「存じ上げております。
つきましては、敵増援の可能性を考慮して、弾薬の温存をお願いします」
「なんですって!」
プレスコットの予定では、ある程度砲撃戦が推移したタイミングで、『エンハンスド・アニサキス』を放って敵に致命的なダメージを与える予定だった。
艦隊は『エンハンスド・アニサキス』の三分の二程を消費しているので、もう一戦分のリソースを残すなら、これ以上は使えない。
そういう事はもっと早く言って欲しいものだと、プレスコットは内心悪態をついた。
だが、今更砲撃戦は止めらられない。
すでに状況は、プレスコットが砲撃戦を仕掛け、敵がそれに応じた状況だからである。
「参謀部の話はわかったけど、隣接管区の騎士団の増援もこっちに向かっているんでしょう? はっきり言って、もう出し惜しみしてる時期じゃないわ!」
「騎士団の艦隊の到着は、おおよそ十八時間後となっています」
十八時間後とは絶妙な時間だとプレスコットは思った。十八時間あれば、敵に残存戦力があった場合もう一戦行けるだろう。
そして、アメリカという国はその一戦を行えるだけの軍を抱えている国だ。
「エッグの内海に入った艦隊は?」
「そちらは、エッグ内部の敵殲滅まで留まると聞いています。
民を安心させる為、だそうです」
くっ。とプレスコットは唸った。
確かに騎士団の『イクチオステガ』が空を漂っていれば、それを見た市民は安心するだろう。
だが、外で戦っている身としてはカケラも安心できない。
「プレスコット司令! 敵艦隊左転舵を完了。我が艦隊の左方向へ進行中。
敵艦隊の編成は『アイオア』級戦艦一、巡洋艦または巡洋戦艦四、駆逐艦……捕捉しているだけで七!」
プレスコットの通信に割り込んで、レーダー士官が叫ぶ。
「『アイオア』級を射程に収めた艦から、順次砲撃戦を開始! 『ゴーストヴェール』があるからこっちが有利よ! 落ち着いて狙って!
後『エンハンスド・アニサキス』は温存するように! 艦隊各艦に送って! 返信は不要よ!」
取りあえず、砲撃戦の指示をプレスコットは出した。
これで長話の最中に一方的に撃たれる。などという馬鹿みたいな状況にはならない。
「参謀部の意向は理解したけど、まさかそれで敵艦隊を殲滅しろなんて言わないわよね?」
「なるべく敵に打撃を与えつつ、艦隊の保全に努めて下さい」
「無理よ! 適当にお茶を濁して、敵には帰っていただく方針しか取れないわ」
当然である。『パンデリクティス』級という艦は、『エンハンスド・アニサキス』を運用するプラットフォームであり、その打撃力は『エンハンスド・アニサキス』に依存する。『エンハンスド・アニサキス』を温存しつつ、敵艦隊を打通するなど不可能だ。
◇◆◇◆◇◆◇
「……思ったほど、敵の攻撃に苛烈さがありません。司令官」
「あまりやる気がない。か」
スプルーアンスは、司令官シートで頬杖をついた状態で戦術ディスプレイを眺めていた。
戦術ディスプレイの隣に設置された外部映像では、『パンデリクティス』級がまばらに砲撃してくる様子が見える。
「統制射撃もしていない個艦毎の砲撃……おそらくは兵装の温存命令でも出たのだろう」
こちらの残存兵力がわからない以上、エッグ側としても余力を使い切るような戦い方はできないという判断であると、スプルーアンスは予想した。
もしそうなら、今はあまり熱を上げて戦うシーンではない。
「各戦列艦に通達。エッグの艦隊への肉薄攻撃は禁止とする。六〇万マイル以上の距離を保ちつつ、牽制射撃に終始せよ」
各艦の砲術関連部署からは不満が出るだろうが、現状を鑑みると敵に被害を与えるのは得策ではないとスプルーアンスは判断した。
敵の司令官はスプルーアンスに逃げてほしいのだ。
エッグフロントから味方を収容し次第遁走したいスプルーアンスと、さっさと逃げてほしい敵の司令官。
結果として、奇妙な事に敵味方であるスプルーアンスとエッグ側の思惑は一致し、お互いにダンスでも踊るように牽制射撃を繰り返す時間が続く。
「……我々を……逃がしてくれるのでしょうか?」
アーレイバークが心配そうに言う。
「敵の司令官は今この瞬間も、我々の首筋に食らいつこうとしているよ」
スプルーアンスは何故かハルゼーの顔を思い浮かべた。
「だがエッグの上層部はそれを許さない。
上層部の目的はエッグの首都防衛だ。現場指揮官とは、そもそもの目的が違う」
戦艦の砲戦を期待していた部下達も、スプルーアンスに同じような感情を抱いているに違いない。
「……では、撤収作業を急がせます!」
敬礼をして、アーレイバークは去っていった。
「まあ、今ここで我々を襲って来ないだけだ。首都を攻撃して民間人に被害を出した以上、報復はあって然るべきだが」
誰もいなくなった虚空に向かって、スプルーアンスはそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇
総旗艦A5126の提督席に座って、プリシラはディスプレイの情報を眺めていた。
ディスプレイに表示されているのは周辺の船舶情報や、エッグ近海の戦術情報などである。
プリシラは現在、休んでいるレクシーに変わって提督業務を遂行中ではあるのだが、これらの情報を見ることに特に意味はない。
アイオブザワールドの第一第二艦隊は、未だ聖域のリム部分に停泊している。
待つ以外に特にやることもないので、乗組員のシフトも最低限だ。
レクシーもかれこれ八時間ばかり私室から出てこない。
「提督もぐっすり休めているといいけれど……」
プリシラの呟きに答えるように、ブリッジ後方の扉が圧搾空気が漏れる音と共に開いた。
「おはよう。プリシラ」
「アイ。レクシー提督! おはようございます」
プリシラは席を立って、レクシーに譲る。
「たっぷり寝たわ……何か変わった事は?」
「エッグの近海で、近衛隊とアメリカ海軍が交戦。三〇分程の砲戦の結果、アメリカ海軍の戦艦を含む任務群は逃走。被害も戦果もなし。
と、戦術情報が流れて来ています」
「戦果なしは、上層部が日和ったのね……
それはそうと、ウチの王様はどこへ行ったのかしら?」
王様とはアベルの事だ。そして、アベルの姿はブリッジにはない。
「どこかに出かけられました。
IDの権限上、危険な区画に出入りすることは不可能ですので、別段止めませんでした」
「どこにいったのかしら?」
「昨日は、機関部の工作室で電子機器の修理をされていたようです。機関部員からの評判も上々のようです」
「ふうむ」
予想に反して、レクシーは微妙な表情で腕組みをした。
「なにか問題があるようでしたら、警備に言って探させますが?」
「そこまではしなくていいわ。
ただ、わたしとしてはドラゴンマスターに、あまり乗組員と親しくしてほしくないのよ」
言葉を選びながら、レクシーは言う。
「それはまた、なぜ?」
指揮系統の上位の者が現場に顔を見せるのは、海戦の真っ只中とかいう状況でなければ良いことであるとプリシラは考えている。
「第一第二艦隊の乗組員は大体八〇〇〇。
海戦の後の報告書で、十名死亡と書いてあったとして、王様はそれを見てどう思う?」
「八〇〇〇分の十なら、海戦の結果次第ですが……大勝利と考えると思います。
……あっ!」
「理解したかしら?」
「アイ。提督。
数字上の死者が、顔を知ってる誰かの死に変わる、と」
プリシラやレクシーにとっては、顔を知っている誰かが死ぬのは、ある意味仕事の範疇である。
実際、第一次聖域海戦からこっち常勝のレクシー艦隊も、全くの無傷というわけではないのだ。
「ウチの王様の場合、前のドラゴンナイトの時みたいに想像を絶する行動を取る可能性があるから、なるべくそういう事は避けたいの」
「……そこまで考えが及びませんでした……申し訳ありません提督。
どうすれば良いか、ご指示を願えますか」
遥か未来と他者の頭の中まで見通すとレクシーの眼に驚愕と畏怖しつつも、プリシラはなんとか言葉を続けた。
「政治の話よ。つまらないから覚えなくていいわ。
それはそうと……そうね。王様を呼び出してランチにでもしましょう。ランチの誘いなら、どこにも角が立たないわ。
わたしもお腹すいたし」
確かに幹部クラス専用食堂を利用すれば、いい感じにドラゴンマスターと乗組員を分離できる。
「なるほど。確かにその通りです提督。
さっそく手配することにします」
◇◆◇◆◇◆◇
「ドラゴンマスター! ドラゴンマスターはおいでですかーッ」
「ここに居る! 工作室の奥だ! が、ちょっと待て」
機関部で機関部員と雑談していたアベルだが、話の流れで壊れて電源の入らなくなったオシロスコープを治すことになっていた。
オシロスコープといっても、中身はほとんど汎用的なコンピュータなので、アベル的にはそんなに難しい話ではない。
だが、難しくはないと言っても損傷した電源周りのチップコンデンサを、半田ごて二刀流で剥がしている最中に作業を止めるのは、さすがに困難である。
「なんかコンピュータのジャンク基板とかないか? 壊れて動かないやつ」
「それなら、ゴミ箱に……」
言うが早いか、アベルはゴミ箱から何かの基板を拾って、回路を少し追う。
「多分このLDOの後ろの回路三ボルトくらいだろ。このコンデンサをもらおう」
これまた半田ごて二刀流で剥がし、さらにそのまま修理したい箇所に置くという高等テクニックをアベルは行う。
「これで、治っただろ」
一応テスターをあちこちに当てながら、アベルは言う。
「さて、オレに用があるのは?」
「警備のシンシルファです、レクシー提督とプリシラ艦長が一緒に食事でもどうか? とおっしゃっています」




